十二 焙烙頭巾

文字数 1,405文字

 夕刻。
 日野道場に戻った徳三郎は、穣之介と坂本右近、そしてあかねに、六助の事件と三名の辻売りの件を説明した。

 徳三郎の説明が終ると、唐十郎はあかねと連れだって日野道場を出た。
 秋晴れの日和が夕刻になって曇ってきた。 
「先ほどの話、探ってみましょう」
 神田横大工町の長屋への帰路、あかねは事も無げに言う。あかねは忍びだ。香具師の藤五郎を探るのは苦もないだろう。
「気をつけてください。それにしても藤五郎の話す事に嘘は無いように思えたが・・・」
「唐十郎様でも心が読めぬとは、如何なる人でしょう」
「わからぬ」
「探れば、何かわかるでしょう・・・」


 途中、唐十郎とあかねは、浅草元鳥越町の六助の長屋へ寄った。藤兵衛と太助たちも六助を連れて長屋に着いたばかりだった。
 唐十郎とあかねは六助の父太助にお悔やみを告げて六助に手を合わせ、明日午前の葬儀に出席すると述べて長屋を出た。
 曇り空の西の空が夕陽でほの明るく見えた。

 宵五ツ(午後八時)
 神田横大工町の長屋で、藤兵衛と正太が居ない、唐十郎とあかねとお綾だけの静かな夕餉ををすませ、唐十郎とあかねは早めに寝床についた。

 あかねと婚礼をする以前、唐十郎は日野道場近くの寺町通りで、物売りに扮した忍びのあかねから、授けられた妖刀を日々帯するように言われた。そして、その後、授けられた妖刀をいつも帯している。
 いつかあかねに、誰の命によって、どのような謂れの刀が授けられたか訊こうと思ったが、いざ訊こうとすると、いつも唐十郎は訊くのを忘れた。授けられた妖刀の影響で忘れたと思えたが、近頃は授けられた妖刀が心身に馴染んだのか、あかねに訊く事さえ忘れている唐十郎である。

 この夜。唐十郎は、いつものように妖刀を床の間の刀掛けにおいて寝床についた。授けられた妖刀を帯する以前に愛用した刀は、床の間横の刀箪笥に保管してある。


 夜九ツ(子の刻、午前零時)。
 今宵は新月の曇り空である。唐十郎の長屋の屋根から、忍び装束の者が屋根伝いに闇に消えた。同時に長屋の通りを、黒の着流しに黒頭巾の者が、音も立てずに、忍び装束の者が消えた方角へ走り去った。

 二つの人影が、日本橋安針町の町屋と小舟町三丁目の堀にそった通りを北へもつれ合うように歩いている。
 新月で夜空に雲があり星明りはない。通りを照らす町屋の軒に下がる提灯に浮きあがる(まげ)焙烙頭巾(ほうろくずきん)から、町人と坊主頭の者と思われた。
 二人は酔っているように見えた。堀ぞいの通りをふらふらと酔歩で進みながら、何やら語り合っている。

 二人がふらふらと堀に近づいた。焙烙頭巾の者が町人の肩に手を載せて、肩を組むような仕草をした。酔漢が和気あいあいと語りあいながら帰宅路についているように見えたのは、ほんの一瞬だった。
 まもなく、焙烙頭巾の者の手が動いた。語り声がやみ、町人が通りに崩れ落ちた。
 焙烙頭巾の者は、崩れ落ちた町人を枝垂れ柳の下の堀の縁に座らせて、堀の石積みから脚を堀へ垂れ下げ、そのまま腰と肩を押した。町人は声も立てずに、堀の石積みにすがるよう、ずるずると堀へ落ちていった。
 町人が堀に沈むのを確認して、焙烙頭巾の者は北へ歩き、安針町と本小田原町二丁通目の辻を西へ折れた。

 安針町の町屋の屋根から、忍び装束の者が屋根伝いに焙烙頭巾の者を追った。
 安針町に接する本舟町南西の角から、黒の着流しに黒頭巾の者が現れて、焙烙頭巾の者が西へ折れた辻へ走った。
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