二十四 目撃者

文字数 1,869文字

 その日の午後。
 鍼師、室橋幻庵の葬儀が行われた。

 その頃。
 徳三郎から探りの指示を受けた小間物売りの与五郎は、新材木町の材木問屋、木曽屋の勝手口にいた。
「あたしゃね、見たんだよ。何をって、亀甲屋の旦那が六さんと歩いてるのをさ」
「いつの事ですか」
「いつって、六さんが堀からあがった前の夜中だよ」
「詳しく聞かせてくださいまし。あっしの仕入れ先のご主人が六さんと親しくしていたものですから、何があったか教えてあげたいと思いまして・・・」
「あたしゃね、ここの裏の長屋に住んで、ここで下女をしてる。
 下女でも御店の仕事が気になってねえ。雨が降ると商売に響くんだよ。
 あの夜、明日の天気が気になってさ。五ツ半(午後九時)過ぎに、長屋から出て、表通りを見たのさ。そしたら、六さんと亀甲屋の旦那が堀端を歩いてたのが見えたんだ。
 帰りの遅い六さんを、旦那が気にかけてるんだと思って、そのまま長屋へ戻ったわさ」
「それで?」
「それだけだわさ」
 下女のおみのは、その後の事は見ていない、と言った。

 これ以上聞いても、何も聞けない。小間物売りの与五郎はそう感じた。
「おみのさん、ありがとうございます。礼と言っては何だが、この玉簪、半値にしておきますよ。仕入れ先の人も、話を聞けば、少しは気がおさまるってもんですよ」
「わるいねえ・・・」
 おみのは懐から巾着袋を出して、玉簪のお代を与五郎に渡し、
「するってえと、やっぱり、亀甲屋の旦那が六さんを殺ったんで、鎌鼬に首を刎ねられたのかい」
 おみのは自分の思いを確かめるように、与五郎の顔色を見た。

「あっしには、そこまではわかりませんよ」
「でも、あんた。あっちこっちでいろいろ聞くでしょう。世間はどうなんだい」
「まあ、おみのさんが思っているような噂ばかりですよ」
「やっぱりね・・・」
 おみのは独り納得して頷いている。
「では、あっしは、木曽屋さんに挨拶しますんで、これで失礼しますよ」
 与五郎は、勝手口に拡げた小間物箪笥の引き出しを箪笥に戻して、風呂敷に包んで背負った。
 店の下女たちに小間物を商うにも、御店に筋を通しておけば揉めずにすむ。与五郎はいつも訪れる御店にそうしているため、気軽に大店の勝手口に出入りできた。

 幻庵先生のお悔やみで何も聞けなかったが、これで重要な証言を得た・・・。
 早く日野先生に知らせねばならない・・・。
材木問屋木曽屋の御店に挨拶して、与五郎は徳三郎との連絡場所、大伝馬町の自身番へ急いだ。


 大伝馬町の自身番に着くと、探索に出ていた唐十郎たちと与力の藤堂八郎たちが戻っていた。日本橋室町の小間物屋平助もいた。
「平助さん。どうしたんですか」
「日野先生に知らせたい事があってね。何かあったら、藤兵衛の棟梁に知らせてくれと頼まれたものの、棟梁の長屋へ行ったら、棟梁は御用の筋で出ていると言うから、棟梁の長屋からこっちに戻ってきましたよ・・・」
「もしやして、平助さんも、何か聞き込んだんですか」
「与五郎さんもか」
「はい。日野先生。六助さんは、亡くなる前の夜五ツ半(午後九時)過ぎ、亀甲屋の藤五郎といっしょでした」
 与五郎は、おみのから聞き込んだ事を説明した。

 平助は瀬戸物町のお内儀から聞き込んだ事を説明した。 
「山形屋吉右衛門が亡くなった夜中。瀬戸物町のお内儀が御店の二階から、安針町の通りを歩く山形屋吉右衛門と亀甲屋の藤五郎を見てました。
 藤五郎は焙烙頭巾を被って幻庵先生らしくしていたと言ってました。
 幻庵先生は藤五郎より背丈があるから、ちょっと見ただけで、幻庵先生でなくて藤五郎だとわかった、とお内儀は言ってました。幻庵先生と藤五郎は体つきがちがうのに、藤五郎が焙烙頭巾から羽織まで幻庵先生に似せていた、と説明してくれました・・・」
「二人とも、よく調べてくれた。礼を申す」
 与五郎と平助の話を聞いて、徳三郎と唐十郎は深々と頭を下げた。

「与五郎と平助が得たこれら証言と、藤五郎の部屋から見つかった二つの銀の簪から見て、六助と山形屋吉右衛門を殺害したのは藤五郎と判断してまちがいないですな。
 藤堂様。簪が凶器になるのを知っているのはあと二人。
 幻庵先生の家宅を改めて、家人を吟味した方が良いように思いますが、如何か」
 徳三郎は藤堂八郎の意向を尋ねた。

「私もそう考えていた・・・。
 日野先生、唐十郎さん、二人とも家宅改めと吟味に同席してください」
 藤堂八郎は、意を決したようにそう言った。
「あいわかりました。それとな、藤堂様・・・」
 徳三郎は即答し、密かに幻庵について思い当る事を藤堂八郎に話した。
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