九 鍛冶鉄

文字数 1,468文字

 小間物屋平助からの帰路、徳三郎と唐十郎は、神田鍛冶町に鍛冶場を兼ねた店、鍛冶鉄に、鍛冶職人の鉄次郎を訪ねた。鉄次郎は、弟子の鉄治とともに仕事の手を止めて、店の奥の間へあがってください、と言った。
 徳三郎は、唐十郎とともに挨拶をすませて、仕事のじゃまをして申し訳ない、と断って、
「親方。平助から話は聞きましたよ。喜んで仲人を引き受けますよ」
 と平助からの依頼を承諾した旨を丁寧に告げた。

 徳三郎たちの声を聞きつけて、鍛冶場から奥へ続く土間の通路に、鉄次郎の妻おみねが現れた。鍛冶場の奥の間の上り框に茶菓を用意して、徳三郎たちと弟子の鉄治にくつろぐよう促している。
「では、遠理なくいただこうか」
 徳三郎と唐十郎は上り框に腰を降ろした。
「仲人をお引き受けくださり、ほんとうにありがとうございます」
 鉄次郎はおみねともども何度も徳三郎に御辞儀して礼を告げ、
「藤兵衛の棟梁を通じて日野先生に頼んでくださるよう話しておりやしたが、平助がじかに日野道場へ挨拶に伺うと話していたもんで」
 平助との祝言に関する決め事を語った後、鉄次郎は六助について触れた。

「六は残念でやした。あっしは頼まれた品物を作って六に渡すだけでしたが、六はいつも品物を気遣って、丁寧に車に積んでやしたよ。
 天下普請で使う鋤や鍬など、ちっとやそっとで壊れねえのに、これも商売物だと気づかって、丁寧に荷を積んで・・・」
 鍛冶職人鉄次郎が俯いた。ここでも気は優しくて力持ちの六助の評判を耳にする徳三郎と唐十郎だった。
「六助は、皆に好かれていたのだな・・・」
 唐十郎はそう呟いていた。
「職人仲間で、六を悪く言う者はおりません。雇主もです。だから御店の仲間内でやっかまれていたようです・・・」
 鉄次郎は六助からではなく、噂になっている亀甲屋の内々の話を語った。大筋は平助が語った内容と一致していた。

「それで給金のピン撥ねとはな・・・」
 唐十郎ともども徳三郎はあきれている。これでは強盗や強請(ゆすり)をする無頼漢(ごろつき)と同じだ。そもそも香具師の本質はそう言うものなのだろう・・・。
「あっしはね。六が酔って堀に落ちたとは思えねえんでして」
「町方は酔って堀に落ちたと検分した」と唐十郎。
「そうでやすか・・・」

 鉄次郎の思いを察して、唐十郎は六助の事件から話を変えた。
「ところで、鉄次郎さんは鍬や鋤の他に何を打つのか。藤兵衛の家で車輪の外輪と留め金を見たが、あれも鉄次郎さんの作か」
 唐十郎は錐や千枚通しの類を聞きたかったが、六助の死因に関係すると勘ぐられるのを避けてそのように訊いた。
「そうです。町人や百姓が使う物や、他は箪笥や車などの留め金くらいでして」
「それなら、天下普請で忙しいな」
「へい。忙しくて、うれしいやら、何やら、わかりません。鉄治もこうして手伝ってくれるんで、何とか仕事をこなしております」
「働き者の弟子だと藤兵衛から聞いている。鉄治にも女房を探してあげねばならぬな」
 徳三郎はそう言った。六助の件から話がそれて唐十郎は安堵した。

 鉄次郎の子供はおゆきだけだ。いずれは、姉の子供の鉄治に鍛冶鉄を継がせる気で鉄治を弟子にしている鉄次郎だ。鉄治も鉄次郎の思いを知って修業に励んでいる。
「日野先生。唐十郎様。ぜひ、鉄治にも良い相手を見つけてやってくださいまし。
 こいつは姉の子ですが、あっしの息子も同じです。なにとぞよろしくお願いします」
「そうか、そうか。引き受けた。何とかしようぞ」
 徳三郎は胸をドンと叩いていた。

 神無月(十月)初旬、曇天の午後の微風が、いずこから金木犀の香りを運んできていた。
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