五 母

文字数 567文字

 昼近く。
「母上、昨日、日野道場へ向う途中・・・」
 母を訪ねた唐十郎は、妖刀を見せて受けとった経緯を語った。母は何も話さずに聞いている。
「天子様とは何処の方ですか。それに、私の定めとはいったい何ですか」
「母にもわかりませぬ。隠しているのではなく、本当にわからないのです」
 母は顔を曇らせた。
「この刀の素性を父上も知らぬのですな」
「そのように思います」
「では、忍びは」
「忍びとは、いったい何ですか」
「いや、何にも・・・」
 唐十郎はそれ以上訊かなかった。母は何も知らぬ。知っていても語らぬ、と思えた。

「穣之介が、母上によろしく、と言っていました」
「皆様、お元気ですか・・・。今月の分です」
 母は懐から紙包みを取りだして、畳の上をすっと唐十郎の膝元へ滑らせた。
「旦那様との約束とは言え、あなた様にはあまりにむごい仕打ち。
 しかし、旦那様を怨んではなりませぬ。何事も藩政のため・・・」
 そこまで言いかけて母は口を閉ざした。父は須坂に居る。妖刀の由来と忍びについて父に聞く手立てはない。
「少し早い刻限ですが昼餉を用意させましょう。母とともに食べてくださいますか」
 唐十郎を気にかける母の思いが感じられる。
「いただきます」
 刀となれば伯父の日野徳三郎が詳しいが、今日は多忙で訊けぬ。そう思いながら昼餉をすませて、唐十郎は母に挨拶し、上屋敷を出た。
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