十二 事実を話せ

文字数 1,302文字

 昼八ツ(午後二時)前。
 神田の香具師の元締、権助の家に本所の香具師の元締、押上の又三郎が現れた。
「権助。姐さんからは、
『皆は藤五郎の手下の香具師だ。何があっても騒ぎを起こしてはならぬ』
 と言われている。騒ぎを起こさずに、こっちからしかければいい」
 そう言って又三郎はにたりと笑った。
「どうやってしかけるんですかい」
 権助は思案顔だ。

「今回の刺客が始末されたことで、町方は四方八方へ聞きこみや探りをかけている。
 儂らは何も悪事を働いていないから、茂平が探った事を、福助一味の香具師仲間から聞いたと言って、
『福助が、水戸徳川家上屋敷の足軽を刺客に雇って、藤五郎の頭と親しかった者たちを始末したが、その刺客が何者かに始末されたので、今度は下屋敷から新たな刺客を雇って、頭と親しかった者たちを始末しようとしている。
 福助は、誰が頭と親しかったか探っている。全て香具師の縄張りを拡げるためだ。いずれ、福助と敵対する香具師たちも始末される』
 と町方に知らせればいいだけだ。
 これは、茂平が持ってきた、三吉からの文だ。茂平の探りを裏づけてる」
 又三郎は茂平が届けた三吉の文を権助に見せた。

『藤五郎の頭の亡きあと、あいさつにも現れず、まことにあいすみません。
 姐さんは藤五郎の頭の養女なのを何も話さず、黙って江戸所払いになった。おかげで、御上は、俺と茂平を藤五郎の頭の一家ではないと認めた。
 こうして香具師として江戸にいられるんは、姐さんの機転のおかげだ。その事は忘れちゃいません。一日も早く福助を討って、日本橋を姐さんの手に戻してやれてえ。そう思って、吉次郎や福助の言うことを聞いて、機会を待っていました。
 福助はこれまで、水戸徳川家上屋敷の足軽を刺客に雇い・・・・・。

 ・・・・福助は、今後は、水戸徳川家下屋敷の中間部屋にたむろする浪人に刺客を依頼するつもりです。刺客は吉田屋で福助から、誰を殺るか指示されます』

 文を読んで権助は思い違いをしていたと痛感した。
 藤五郎亡きあと、お藤の江戸所払いが決った。日本橋界隈の藤五郎の香具師の縄張りは吉次郎のものになって、その後、福助のものになった。そのあいだも三吉は日本橋に居座って、吉次郎や福助の言いなりになった。
 藤五郎一家の香具師は、藤五郎やお藤に恩がある三吉が、藤五郎一家に加わらず日本橋に留まった事から、三吉を藤五郎やお藤の恩に報いぬ不心得者と見ていたが、この文で、三吉が何を考えているか、はっきりした。この文が町方の手に渡れば、三吉自身も何らかの咎を受ける。三吉は覚悟の上で文をしたためた・・・。
 権助は三吉の決意を感じた。

「儂はすでに、町方が聞きこみに来たら、この文の事を話すよう、藤吉や末吉に手配した」
「わかりました。儂も又三郎親分の指示どおりにいたしやす」
 権助は納得した。
「心配いらぬ。儂らは事実を知らせるだけじゃ。騒ぎを起こしてはおらぬ。
 では、お願いしますよ」
 はい、と言う権助に御辞儀して、又三郎は神田の香具師の元締権助の家を出た。

 まもなく、
「ごめんよ。ちょっと話を聞かせてくれ」
 同心松原源太郎と野村一太郎と手下が権助の家に聞きこみに現れた。
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