十三 手口

文字数 1,738文字

 秋晴れの翌早朝。
 小舟町の米問屋屋山形屋吉右衛門の遺体が、本舟町側の江戸橋の袂から引き上げられた。
 知らせを受けて、ただちに町方が駆けつけた。与力の藤堂八郎は、山形屋吉右衛門の死因を六助と同じと判断したが、山形屋の番頭の久市には、酔った挙句の溺死と伝えた。

「岡野。日野先生と松月先生に知らせろっ」
 藤堂八郎は同心岡野智永に指示した。
「日野先生は六助の葬儀に列席すると聞いていますが、如何しますか」と岡野。

 六助の葬儀は昼四ツ(午前十時)と聞いている。現在、明け六ツ(午前六時)を過ぎた時分だ。早駕籠を使えば充分葬儀にまにあう。藤堂八郎はそう判断して指示した。
「葬儀は昼四ツ(午前十時)だ。日野先生と松月先生に、早駕籠にてお越しくださいと伝えてくれ。急げば葬儀にまにあう」
「鶴次郎。すまぬが、急いでいってくれ。途中、唐十郎さんにも伝えてくれ」と岡野。
「わかりやしたっ」
 岡野の指示で岡っ引きの鶴次郎が走り去った。
「番屋へ運んでくれ」
 山形屋吉右衛門は、同心と岡っ引きたちによって、大八車で大伝馬町の自身番へ運ばれていった。


 一時(いつとき)ほど後。
 神田佐久間町の町医者竹原松月は、大伝馬町の自身番で仏を検視して呟いた。
「手口が六助と同じですな・・・」
 仏となった山形屋吉右衛門から酒の匂いがする。後頭部の首筋上部に蜂が刺したような傷痕がある。
「いかにも。この手のやり方に長けた者の仕業と思う。松月先生は如何か」
 徳三郎は竹原松月に確認した。
 同じ傷痕の仏が二人続けば、とうてい酔った挙句の事故などではない。下手人は段取りをつけて殺害していると唐十郎は思った。
「そうですな。殺しにまちがいないでしょう・・・」
 竹原松月は溜息をついている。

「如何なされた」
 藤堂八郎は竹原松月の溜息が気になった。何か知っているのではないか。
「日野先生の話すとおり、下手人は医術の心得があるように思える。と言うのは・・・」
 竹原松月はその訳を医学的に説明し、
「死因はこの傷痕にまちがいないが、医者の道具にこのような物はない・・・」
 竹原松月は考えこんでいる。

 小間物屋の平助が説明したように、刺されても血も出ず、痛みもない特殊な道具は作れる。特殊な物を人頼みで作れば足がつく。それなりに口が堅い者が作ったか、下手人本人が作ったか、あるいは作った者はすでに口封じされたかであろう、と、昨日、六助の傷痕を検視した徳三郎が話したが、未だ口封じされた者が見つかっていない。六助と山形屋吉右衛門を殺害した凶器は、下手人本人が作ったのであろうと唐十郎は思った。

 竹原松月の言葉に、藤堂八郎は口を開いた。
「岡野。松原。凶器がどのような物か、察しがつくか」
「はい」
「周囲の者に悟られぬよう、凶器の出所を探れ」
「はい」
「まもなく山形屋の番頭が主を引き取りに来る。私は、番頭からいろいろ事情を聞くゆえ、昼までここに居る。何かわかったらすぐに知らせてくれ」
「わかりましたっ」
 藤堂八郎の指示で、同心の岡野智永と松原源太郎は岡っ引きたちをつれて大伝馬町の自身番を出ていった。

「では、私はこれにて失礼します」と竹原松月。
「松月先生、日野先生。検視検分、ありがとうございました」
 藤堂八郎は竹原松月と徳三郎に礼を述べた後、徳三郎たちに言った。
「日野先生たちは、六助の葬儀の後、六助と山形屋吉右衛門の足取りを探っていただけまいか」
「わかりました。儂と唐十郎は葬儀がすみしだい、戻ってこよう」
 徳三郎はそう言って、唐十郎と竹原松月とともに大伝馬町の自身番を出た。
 五ツ半(午前九時)過ぎだった。


 四ツ半(午前十一時)前に六助の葬儀が終った。
 唐十郎と徳三郎は昼前に大伝馬町の自身番へ戻った。
「藤堂様。番頭から何か聞けましたかな」
 徳三郎は藤堂八郎に訊いた。
「めぼしい事はござらん」 
 藤堂八郎は、主の山形屋吉右衛門を引き取りにきた山形屋の番頭久市に、主の昨夜の行動を問いただしたが、番頭は何も知らなかった。
「このあと、藤堂様は如何いたしますか」
 徳三郎は藤堂八郎にそう訊いた。
「藤五郎の手下が来るであろうから、二人の仏について訊いてみようと思う」
「では儂らは、仏の足取りと凶器について探ろう」
 徳三郎は唐十郎を連れて大伝馬町の自身番を出た。
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