二十三 吟味

文字数 1,310文字

 その日、昼前。
「この簪は与五郎が商った物か」
 大伝馬町の自身番で藤堂八郎は徳三郎と唐十郎、そして同心や特使探索方を交え、小間物売りの与五郎に、香具師の藤五郎が隠していた二本軸の平打簪と玉簪を見せた。
「はい、まちがいありません。私が鍼師の幻庵先生に商った物です」
 与五郎は、鍼師の室橋幻庵が妻のおさきに簪を買い求めるまでの経緯を説明し、幻庵とおさきの夫婦仲はとても良かったと言った。

 藤五郎が二本軸の銀の平打簪と玉簪を隠し持っていたのだから、藤五郎は鍼師の室橋幻庵から、簪に特別な使い方があるのを聞いていたと考えられる。
「なぜ、室橋幻庵は簪を四本も注文したのか、理由を聞いているか」
 藤堂八郎の問いに、与五郎は疑問が湧いたらしく妙な顔になった。藤堂八郎は問いについて説明する。
「お内儀も簪はいくつか持っておろう。なぜ、いちどに四本なのかと思ってな」
「そうでしたか・・・。
 幻庵先生は、お内儀がいつも簪をどこかで無くす、と言ってやした。
 潜り戸を抜ける時や、花見で桜の梢の下を歩く時など、髪が引っかかって簪が抜けますんで・・・」と与五郎。

「お内儀の、いつも使っていた簪が何かわかるか」
「平打簪や玉簪のおちついた感じの物でした。
 よその簪を買っていなけりゃあ、あっしが商った二本軸の平打簪と玉簪の、金と銀の四本だけのはずです。
 だけど、ここに銀の簪があるんだから、お内儀が持っているのは金の物を二本だけになります。はい」
「使っている簪は、年相応と言う事か・・・」
 幻庵がこっそり、内儀の二本軸の簪を特別な目的で使っていた可能性もある・・・。
 そう思って、藤堂八郎は指示した。
「松原。岡野。ふたりは奉行所へ行き、奉行所の番所で、この夏、酔って堀に落ちて死んだ者を調べてくれ」
「わかりました」
 同心たちは大伝馬町の自身番を出て奉行所へ向った。

「商いと探りで忙しい時にすまなかったな。案ずるな。おぬしに嫌疑はかからぬ。
 元締めの藤五郎亡き今後も、日野先生の探索方として協力してくれ」
「心得ております、藤堂様」
 そう言って与五郎は藤堂八郎に御辞儀している。

 徳三郎が指示する。
「与五郎たちは、引き続き、六助と山形屋吉右衛門と室橋幻庵の、亡くなる前の足取りを探ってくれ。連絡はここでだ」
「わかりました。ではこれで」
 徳三郎の指示を受けて、小間物売りの与五郎、飴売りの達造、毒消し売りの仁介は大伝馬町の自身番を出ていった。

 小間物売りの与五郎が鍼師室橋幻庵に商った二本軸の簪二本が、香具師の藤五郎の元から発見された。藤五郎が事件に関与していたと判断できるが、与五郎が商った二本軸の銀の平打簪と玉簪が香具師の藤五郎の部屋から見つかっただけで、全ての事件が藤五郎の手によって成されたとは限らない。死人に口無しである。
 二本軸の平打簪や玉簪を凶器に使えると知っているのは幻庵と藤五郎だけではない。鍼師の幻庵の元で修業を積んでいる幻庵の子息和磨と義二も、二本軸の簪簪が特殊な凶器になり得るのを知っていただろう・・・。
 そう考えながら、唐十郎は、徳三郎と藤兵衛と正太を見た。徳三郎は唐十郎の意を感じ、目配せを返してきた。藤兵衛と正太も頷いている。
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