六十八 地球と動物達

文字数 2,251文字

 シズクは、自身の中に広がる様々な感情に飲み込まれて、我を忘れて、無言で立ち上がると、月世界人類に、三度、掴みかかろうとする。



「またそれなのだ。無駄だし、野蛮なのだ」



 月世界人類が、迫って来たシズクをひらりとかわし、シズクの足に自身の足をかけた。



 シズクは、声を上げる間もなく、前のめりに転んでしまい、地面に倒れ伏す。



 シズクの両目から、涙がどんどん溢れ出し、シズクは、嗚咽し始めた。



「もう行くのだ。付き合っていられないのだ。チュチュ。ソーサ。こっちに来るのだ」



「女王様が、泣き止むまで待って欲しいむ」



「シラクラシズク。永遠の別れではありません。束の間の別れです。我らは大丈夫ですから、もうそんな事はしないで下さい」



「女王様。こっちは大丈夫ですめ。だから、泣かないで下さいめ」



 チュチュとソーサとチュチュオネイが、シズクを気遣ってそう言ってくれた。



「嫌だ。こんなの絶対に嫌だ。諦めない。私の諦めないはここだから」



 シズクは立ち上がり、両手で両目を擦ると、月世界人類に向かって行く。



「まったく。何度やっても意味ないのだ。バカの一つ覚えなのだ」



 月世界人類が、自分に向かって伸びて来た、シズクの手の片方を片手で掴み、掴んだシズクの手を捻りつつ、体をシズクの背後に回り込ませ、シズクの両方の足に片方の足をかけて、掴んでいるシズクの手をぐいっと前に押した。シズクは体のバランスを崩し、また倒れてしまう。



「これでもう動けないのだ。抵抗はやめるのだ。あんまり逆らうなら、対抗策を考える時間はやらないのだ。皆の気遣いが無駄になるのだ」



 シズクは、顔を上げようとしたが、月世界人類が片手を掴んでいた手を放し、その手でシズクの頭を地面に押し付け始めた為に、顔を上げる事ができなくなった。



「諦めない。皆を助けるんだ」



 口の中に入って来た土の味を感じながら、シズクは言う。



「月世界人類。もうやめるめ。早くチュチュオネイ達を連れて行けめ」



 チュチュオネイの言葉を聞いた、シズクは、チュチュオネイ。駄目だよ。私は大丈夫だから。と言おうとしたが、言葉を出す前に、チュチュが、カラスちゃん達が来たむ。と言ったので、カラスちゃん? カラスちゃんがどうして? カラスちゃんまで捕まっちゃうかも知れないのに。来ないで。カラスちゃん。こっちに来ちゃ駄目。と声を上げた。



 数十羽はいそうな程の、翼の羽ばたく音が聞こえ、その音がやむと、シズクの周囲に、烏達が集まって来る。



「シズク。もう大丈夫だかー。助けに来たかー。それにしても随分と酷い事をしてくれてるなかー。このお返しは必ずするかー」



 シズクの傍まで来た烏ちゃんが、シズクの顔に、自身の顔を擦り付けながら言った。



「烏ちゃんが、しゃべって、いる?」



 シズクは、何が起きているのか理解ができずに、そんな言葉だけを漏らす。



「月まで行く程の技術がありながら、この愚かさとはかかー。人類とはおかしな種族だかかー」



 烏ちゃんとは別の烏が言った。



「な、な、な、なんなのだ? 何が起こっているのだ?」



 月世界人類が酷く驚いた様子で言い、シズクの頭を押さえ付けていた手の力が抜けた。



 シズクは、何がなんだか分からないけど、チャンスだ。と思うとすかさず立ち上がり、チュチュオネイとミーケに向かって手を伸ばす。



「やった。チュチュオネイとミーケを取り戻した」



 シズクはあっさりと、月世界人類の手から、チュチュオネイとミーケを奪い取ると、嬉しさのあまりに思わずそう言った。



「烏。何をしてるにゃ。人の前では言葉は使わないと決めたはずにゃ」



 今度はミーケがそんな事を言う。



「え? あれれれ? なんだろう、これ。これは、あれかな? ひょっとして、月世界人類とか、その辺りからの事は、全部、夢、とか、なの?」



 シズクはミーケの顔を見つめる。



「夢ではないかー。シズクが寝ていた千年の間に、動物達も進化したんだかー。シズクが寝ていた事とかは、猫ちゃん達に聞いたり、小さな人類達の話を盗み聞きしたりして知ってるんだかー」



「夢じゃ、ないんだ」



 シズクは、飛んで来て、自分の肩にとまった、烏ちゃんの方に顔を向けて言った。



「シズク。あいつを、いや、あいつらをどうして欲しいかー? シズクには前に助けてもらってるかー。その恩を今から返すかー。烏達にできる事ならどんな事でもしてあげるかー」



「こんな、事が、起こるなんて、これは、凄い事なのだ。烏も猫ちゃんも持って帰るのだ」



 月世界人類の声が、裏返ったような妙に高い声になった。



「お前は、この星にいる、人類外のすべての動物達を敵に回す覚悟はあるのかかー? これ以上、ちょっかいを出すなら、人類以外のこの星のすべての動物達が、命を懸けて、お前達を排除するかー」



「烏ちゃん。私達の為に、命を懸けるとか、そんなの駄目」



「これはシズク達の為だけじゃないかー。今後の事を考えての事もあるんだかー。ここで、こいつのこの蛮行を許してしまったら、いずれ、この星の生き物は、すべて、こいつらの好きにされてしまうかー。動物達は、もう、こいつらの、いや、人類達の好きなように、扱われるのは、嫌なんだかー。そんな事になるなら、命を懸けてそれを阻止する為に戦うつもりなんだかー。これは、こういう事態が起きた時に、こうしようと、動物達の間で取り決めた、決まり事なんだかー」



 烏ちゃんが言い、シズクの顔に、また自身の顔を擦り付けた。
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