三十五 新たなる来訪者

文字数 2,391文字

 ナノマがアップデートを始めてから、どれくらいの時間が経ったのか。



 短いようにも、長いようにも、シズクには、感じられたが、自身のお尻が、痛くなって来ていたのと、太腿の部分が痺れて来ていたので、もう随分と時間が経っているみたい。ナノマ、大丈夫なのかな? どうして、動き出さないんだろう。とシズクは思い、今までよりも、さらに心配し始める。



「シズク。すまん。遅くなった。大丈夫か?」



 廊下の方から、四足歩行動物が走っている時の、独特の足音が聞こえて来たと思うと、キッテが血相を変えて、シズクのいる部屋の中に飛び込んで来た。



「キッテ。心配かけてごめん。全然平気。ナノマは優しいから、凄く心配してくれて、それで、連絡してくれて」



「そうか。それなら、まあ、よかった」



 キッテが言い、ベッドの傍に来てお座りをする。



「ねえ、キッテ。ナノマが動かないの。アップデートするからって言ってから、もう結構時間が経っていると思うんだけど」



 シズクはナノマを抱いたまま、膝立ちになって、ベッドの上を移動し、キッテが座っている側のベッドの端まで行くと、そこに座ってから言った。



「アップデートの話なら聞いてる。自我を得るためだと言ってたが、どうなるか。俺の場合は自分で何かをしたわけじゃないからな。何か、ナノマのためにしてやりたいが、何をどうしていいのかが皆目かいもく分からない」



「ナノマ、大丈夫なのかな? 壊れたりしないよね?」



「大丈夫だ。心配ない。もしこのまま復帰しなくても、バックアップデータがある。多少、アップデートする直前の情報、いや、この場合は記憶といった方がいいか。それが抜けてるだけですむ」



 シズクは視線を落とすと、ナノマの顔を見つめた。



「もう。なんで、泣いたりしちゃったんだろう。私が泣いたりしなければ、ナノマがアップデートをする事もなかったのに」



 不意に、ナノマの体が、頭部の方から、空間に溶けるようにして、消えて行き始める。



「何これ? キッテ。ナノマが」



 シズクは声を上げた。



「シズク。落ち着け。大丈夫だ。これは、アップデートのせいで、ナノマの形態に変化が起きてるだけだ」



「形態に変化って、別の形になるって事?」



 ナノマの体が、シズクの手の中から、完全に消える。



「そういう事だ。アップデートによって、得た情報から作られる、何かしらの別の形の物になる」



 キッテが頷いてから言った。



どんな形もでもいい。なんでもいいから、早く戻って来て。シズクは、ナノマを抱いていた自分の手をじっと見つめて、そう思った。



「なあ、シズク。こんな時になんだが、ちょっと頼みがあるんだ。俺と一緒に、外に行ってくれないか?」



「ごめん。私、ここで、ナノマの事を待っていたい」



シズクは、顔を上げると、キッテの方を見る。



「そこを、なんとか、頼む。実はな。ちょっとした客が来ててな。そいつがシズクに会いたがってる。追い返そうとしたんだが、どうしても直接シズクに会ってみたいと言っててな。俺も、そいつにはあんまり強く言えない立場でな。シズクが、顔だけでも見せてやってくれると、助かるんだが。どうしても駄目か?」



「キッテが、強く言えないって、何者なの?」



 キッテがとても困ったような顔をしていたので、シズクはそう言った。



「何者か聞いても怒るなよ?」



「私が怒るような相手なんて、この世界にはいないと思う」



「前に言ってたじゃないか。この世界を管理してるAIに文句を言ってやるって」



 シズクは、驚きながら、そんな人、じゃない、そんなAIが、何をしに来たんだろう? と思う。



「まあ、驚くよな。だが大丈夫だ。何かあっても俺がいる。だだ、ちょっと注意されたり、お願いされたりはするかも知れない」



「注意されるって何?」



 シズクは、え? え? 私、何かやらかした? と思った。



「それがな。カラスちゃん達の件でな。この世界に、シズクが干渉し過ぎてるんじゃないかと言って来ててな」



「どういう事?」



「チュチュ達に、チュチュ達の文明が持ってる技術よりも、もっと進んだ文明の持ってる技術なんかを教えたり、そういう技術で生み出された物なんかを、与えられないみたいな事を前に言っただろ? そういう事と同じような感じの事でな。シズクがカラスちゃん達を、こっちに連れて来た事に関して、気になってるらしくってな」



 シズクは、微かに目を伏せる。



「そんな事言われても。別にわざとやったんじゃない。たまたま、ああなっただけなんだけど」



「シズクが悪くない事は分かってる。だから、謝ったりする必要はない。ただ、まあ、向こうにも向こうの言い分というか、この世界の秩序を保って行くためには、色々あるからな。とりあえず、話を聞いてやればいい。その後で、どうするかは、シズクが決めていい」



「私が決めていいの? それで、後で、揉めたりしない?」



「しない。何か言って来ても、俺が黙らせてやる」



 シズクは嬉しくなって、くすくすと笑った。



「ねえ、キッテ。自分の言っている事がおかしいって気が付いている?」



「ん? どういう事だ?」



「だって。それなら、私が言う事を聞かないって言ったら、話なんて聞きに行っても、行かなくっても同じじゃん」



 キッテが、ちょっと驚いたような顔をした。



「シズクにしては鋭いな。その通りだ」



「あ、そっか。だから、顔だけでも見せてやってくれると、助かるんだが。なんだ」



「まあな。それで、どうだ? 行ってくれるか?」



「なんか、キッテも色々大変なんだね。分かった。行く。ナノマの事は、心配だけど、きっと、ここにナノマがいたら、キッテ先輩のためにやるナノマーって言うと思うし」



 シズクの言葉を聞いたキッテが、嬉しそうに微笑んだのを見て、シズクはベッドの上から勢いよく飛び降りた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み