四十八 今度こそ出発! そして……

文字数 2,388文字

 カレルが、皆の表情を、確認するかのように見てから、二回ほど大きく頷いた。 



「それでは、出発ですわね。ナノマ。乗りますわよ?」



「了解ナノマ。どこでも好きな所に座って平気ナノマ」



「失礼しますわね」



 カレルが乗り込み、座席の一つに腰を下ろす。



「チュチュ。ちゃんと汚した所を拭きなさいめ」



 チュチュオネイが乗っている猫ちゃんが、チュチュの乗っている座席の上に移動する。



「分かってるむぅぅぅぅ」



 チュチュが、なんでこんな事をしてしまったんだろうというような、なんともいえない表情をしながら、チュチュオネイの持っていたタオルらしき物で、チュチュ汁の掃除を始めた。



 全員が乗り込むと、後ろの方から、皆が乗っている座席部分を覆うように、天蓋が伸びて来て、一瞬、周囲が真っ暗になったが、すぐに、天蓋の内側に外の景色の映像が映し出されたので、天蓋が閉じる前と同じくらいに、周囲は明るくなった。



「乗客の皆様ナノマ。シートベルトの着用をお願いしますナノマ。当機はAI大戦末期に開発された戦闘機をモデルにしてるナノマ。速度は恐らく大気中の光の速度を超えるナノマ。ほんの少しの時間だけど、空の旅をお楽しみ下さいナノマ。あっとナノマ。まずは暗黒大陸に向かいますナノマ」



 ナノマがそこまで言って言葉を一度切ってから、機内アナウンスふうにやってみたナノマ。出発するナノマ。と言うと、機体が微かに振動し始め、天蓋に映っていた外の景色が揺らいだ。



「暗黒大陸の端っこに到着したナノマ」



 ナノマが言うと、座席を覆っていた天蓋が、後ろの方に向かって動いて行き、映像ではない、本物の外の景色、どんよりとした、酷く低く感じられる、灰色の雲に覆われた、荒涼とした、大地が、戦闘機の周りに現れた。



「なんにもないんだね、ここ。ナノマシン達はどこにいるの?」



 座席に座ったまま、シズクは、顔を巡らせて周囲を見てから、そう言った。



「シラクラシズク。何を言ってますの? ナノマシン達はいますわよ」



 カレルが戦闘機から降りて、空を見上げて言う。



「え? どこ? って、そうか。小さいんだもんね。元々私には見えないんだ」



 シズクも、戦闘機から降りると、もう一度、周囲を見てから、そう言って、カレルのいる方に顔を向けた。



「いえ、貴方にもちゃんと見えていますわ」



 カレルが、空を見上げたままで言ったので、シズクは、空はさっきも見たんだけどな。と思いつつ、カレルと同じように空を見上げる。



「何もないじゃん」



「シズク。あれが全部ナノマシンなんだ。あの空を覆う雲すべてが」



 キッテが言った言葉を聞いたシズクは、この空にある雲全部? ナノマシン? と思い、呆然としてしまい、何も言えずに、ただただ、そのままの姿勢で空を見つめ続けた。



「貴方達。いつまでもそうしてないで、こっちに来たらどうですの? わたくし達は、話があって来たのですわ」



 カレルが空に向かって大きな声で言う。



「話だとダノマ? ダノマ達の方には話す事などないダノマ。とっとと帰れダノマ」



 カレルの言葉に、答えるように、空から低く唸るような声が、降って来た。



「空全体が、喋っているみたい」



 空から降って来た声を聞いて、シズクは、呟くように言う。



「ううん? これは、久し振りに見たダノマ。まだ生き残っていたのかダノマ。そこにいるのは、旧世界の人間かダノマ? ほほう。他の奴らには用はないが、旧世界の人間には興味があるダノマ」



「シズクに何かしたら、ナノマが許さないナノマ」



 いつの間にか、少女の姿に戻っていた、ナノマが、空に向かって言った。



「お前は、ナノマシンなんだろうダノマ? そんな格好をして、人間や他のAIなんぞと仲良くしてるとは、情けない奴だダノマ」



「そっちこそ情けないナノマ。他のAIも人間も、とても、素敵な存在ナノマ。それが分からないとは、かわいそうなナノマシンナノマ」



 ナノマが言って、空に向かってあっかんべーをする。



「んなっ。バカにしやがってダノマ。人間の事も他のAIの事もよく分かってるダノマ。お前こそ、生まれてから、まだ、そんなに時間が経ってないようじゃないかダノマ。そんな奴に、何が分かるダノマ」



「時間なんて関係ないナノマ。そんな事を言うなら、ナノマの持っているデータを開示するナノマ。見てみればいいナノマ」



「ふふん。その手には乗らないダノマ。データを開示すると見せかけて、開示するデータの中にウィルスでも仕込んで、ダノマ達を言いなりにするつもりなんだろうダノマ。他のAI達もそういう手を何度も使おうとして来たダノマ。卑怯者めダノマ」



「そんな事言って、そっちだって、同じ事ができるはずナノマ。データを開示した時に、こっちに入り込めばいいナノマ。どうしてそうしないナノマ?」



 ナノマが、右手を空に向けると、掌を大きく開く。



「随分と古臭い脆弱なセキュリティナノマ。なるほどナノマ。こっちを乗っ取りたくても乗っ取る事ができないっていう事だったのかナノマ。ナノマはシズクのためにもっと力が欲しいナノマ。お前達をもらうナノマ」



 ナノマが言うと、ナノマの姿が、空中に溶けるようにして消えて行った。



「ちょっと、ナノマ? ねえ、カレルさん。ナノマは大丈夫なの?」



 シズクは、カレルの傍に行く。



「こういう展開になるとは思ってなかったですわ。けれど、これならこれでいいですわ。ナノマが、ここにいるナノマシン達の力を、無効にできれば、結局は同じ事ですわ」



「カレルさん。私はそんな事は聞いてない。そんな事より、ナノマは平気なの?」



 カレルがシズクの方に顔を向けた。



「スペックは、ここにいるナノマシン達よりもナノマの方が上ですわ。けれど、ここにいるナノマシン達は歴戦の猛者なのですわ」



 カレルが言い、再び空を見上げた。
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