四十三 ナノマ、愛を知る?
文字数 2,130文字
近付いて来た少女が、シズクの目前で足を止めたので、シズクは、少女の姿をまじまじと見た。
さらさらとしていそうな髪の色は桃色で、長さは、少女の華奢な肩にかかるくらい。眉毛は黒色をしていて、そこそこの太さのせいもあってか、桃色の髪との対比で、酷く目立つ。そんな目立つ眉毛の下にある目は一重で、どこか、眠たげだったが、その目の中にある赤色の瞳は、何かしらの強い意志がこもっているような、輝きを放ちつつ、真っ直ぐに、シズクの方に向けられていた。
「シズク。ナノマは自我を得て戻って来たナノマ」
少女、いや、ナノマが、ほっそりとした唇を動かすと、そう言った。
「ナノマ、なの? どういう事?」
シズクは、頭に中に浮かんだ言葉をそのまま口にする。
「シズクのために何ができるかナノマ。そればかりを考えてたナノマ。それで気が付いたらこうなってたナノマ。シズクはもう一人ぼっちじゃないナノマ」
「ナノマ」
シズクは、ナノマの気持ちが嬉しくて泣きそうになってしまい、それだけしか言葉を返す事ができなかった。
「ナノマ。記憶の方はどうだ? 抜けてるとかはないか?」
キッテがシズクの横に来る。
「大丈夫ナノマ。アップデートは正常に行われたナノマ」
ナノマが言って、にこりと、かわいらしい笑顔をみせた。
「きぃぃー。ずるいむぅ。チュチュも〜、大きくなりたいむぅ〜」
チュチュがシズクの掌の上で転がり始める。
「チュチュちゃん。こっちに来てみるナノマ? シズク以外の掌の上に乗ってみたら、少しは気持ちが和むかも知れないからナノマ」
「はん? チュチュちゃん? いつからそんな呼び方をするようになったむぅぅ? ふん。馴れ馴れしいむぅ。それに、ちょっと何を言ってるか分からないむぅ~。チュチュがこんなふうになってるのはナノマのせいむぅぅ」
「でも、ほら。物は試しって言うでしょナノマ」
ナノマが言ってずいっと体を前に出すと、シズクとチュチュにぐっと近付いた。
「な、なんか、押しが強いむぅ。な、なんだか、ちょっと、乗ってみたくなって来ちゃったむぅ」
「いいよ。ほら。シズク。チュチュちゃんをちょっと貸してもらっていいナノマ?」
「え? うん。いいけど」
シズクは言って、チュチュの乗っている手をナノマに近付けた。
「チュチュちゃん。はい。こっちにおいで」
ナノマが言い、シズクの手に、自分の手を近付ける。
「むぅぅ〜。むむむぅ〜。どうしようむぅ」
「ほら。チュチュちゃん。怖くない怖くない」
ナノマが優しい声で言った。
「分かったむぅ。じゃ、じゃあ、ちょっとだけ、そっちに行くむぅ。け、けど、そっちに行ったからって、調子には乗らないで欲しいむぅ。チュチュはそんなに軽い女じゃないんだからむぅ」
チュチュが言い終えると、ナノマの掌を上に移動する。
「どう、チュチュちゃん。ナノマの手の感触はナノマ?」
「悪くはないむぅ。でもまだ、転がってないむぅ。ちょっと失礼するむ」
チュチュが言ってから、ごろごろと転がり始めた。
「危ないナノマ」
ナノマが大きな声を上げたと思うと、掌の上にいたチュチュを、ぎゅっと握った。
「な、何むぅ? どうしたむぅ?」
ナノマの手の中から、顔だけを出す格好になっている、チュチュが言う。
「落ちそうになってたからついナノマ」
ナノマが言って目を細める。
「それは助かったむぅ。でももう放してくれていいむぅ」
「うふふふふ。チュチュちゃん。このまま放すと思うナノマ? シズクはナノマの物ナノマ。邪魔者は排除するナノマ」
ナノマが至極悪そうな顔になって言った。
「は、はひぃ? ど、どういう事むぅ?」
チュチュが酷く驚いた顔をする。
「チュチュちゃんは、もう、ナノマの手の中にあるナノマ。どうしようとナノマの自由ナノマ」
「むぶふむぅぅ~。助けてむぅぅ。誰か~、助けてむぅぅ」
チュチュが声を上げると、すぐにナノマのもう片方の手が伸びて来て、その手の人差し指がチュチュの口を塞ぐ。
「むぐうぅむぅぅ。むぐぐむぅぅ」
チュチュが何かを言おうとするが、ナノマの指がそれを阻み続けた。
「あ、あの、ちょ、ちょっと、ナノマ?」
今までの成り行きをじっと見ていたシズクは、これは、何かの冗談だよね? と思いつつ、一応、ナノマに声をかける。
「シズク。邪魔者は排除するナノマ。そんでもって、シズクと二人だけの幸せな世界を作るナノマ」
ナノマが、シズクの方を見ると、にこりとかわいらしい、無邪気な笑みを顔に浮かべて言った。
「おい。ナノマ、何を言ってるんだ? とりあえず、チュチュをこっちに渡せ。そのままじゃチュチュがかわいそうだ」
「それは無理ナノマ。チュチュちゃんは、シズクとナノマにとっては邪魔者ナノマ。だから、チュチュちゃんには消えてもらわないといけないナノマ」
キッテの言葉を聞いた、ナノマの顔から笑顔が消え、冷たい目がチュチュに向けられる。
「ナノマ? どうしちゃったの? 駄目だよ。チュチュが嫌がっている」
「シズク? シズクは、ナノマの事が一番じゃないナノマ?」
ナノマが言って、とても悲しそうな顔をした。