十九 大きなお世話

文字数 2,512文字

 ンテルの乗るマシーネンゴットソルダットが、シズクの乗るキッテの傍に来て足を止める。



「その烏は周りにいる仲間達が逃げ惑う中、一羽だけで、あの自身よりも、大きな鳥に向かって行ったのだす。気高く強い心を持った烏なのだす」



「そこは、そうかも知れないけど、あんなにたくさん仲間を連れて来ていたんだよ? 本当に強い子だったら一人で戻って来ると思うけど。それに。元々は、あんたが悪いんでしょ。なんでそんなに偉そうなの」 



 シズクは言い、ンテルの方に顔を向けた。



「女王。お前はどうしてそうなんだす? 確かに、お前の言う事は、道理を得ているような気はするす。だが、なんというのか、物事というのは、そんな、簡単に、決め付ける事ができる物ではないはずだす」



「どうしてそうなのか、なんて、言われても分かんない。私は、ただ、思った事を、そのまま言っているだけだもん」



 ンテルが、片手の指と掌てのひらを、自身の顎あごと、唇の辺りに当てる。



「女王よす。もっと、色々な可能性の事を考えてみたらどうだす? 今ならば、その烏の事や、余の事でだす。その烏の行動から、何かしらを想像する事はできるはずだす。余の事もそうだす。様々な事を想像してみれば、考えてみれば、また、違った言葉が、頭の中に浮かんで来ると思うす」



「色々な可能性?」



「そうだす。女王よす。お前の頭は固いと思うす。もっと柔軟に、物事を考えた方がいいと思うす」



「そんな事をして、私になんの得があるの?」



「損か、得かかす。損も得もないのだがなす」



「何それ? もう、何が言いたいのか全然分かんない」



 シズクは、もう。面倒臭いな。と思う。



「女王よす。今の固い頭のお前の言葉には、余裕や、相手に対する気遣いみたいな物が、ないような気がするのだす。女王なら、そういう事も大事だす。ただ、自分が正しいと思っている事だけを、そのままの言葉で、言っているだけでは、民達はついては来ないす」



「大きなお世話だと思うんだけど」



 シズクは唇を尖らせる。



「確かに、その通りかも知れないなす。だが、余も、お前と同じような立場にいるからなす。どうも、お前を見ていると、色々と言いたくなってしまうようだす。女王よす。お前のその不慣れな様子というか、幼い様子というか、そういう物が、余の昔の姿に重なっているような気がしてなす。ついつい、余計な事をしてしまっているのかも知れないす」



「そんなふうに言われると、なんか、文句が言い辛くなる」



「シズク。ンテルの話を聞くのは、シズクの勉強になるかもな」



 キッテが言ったので、キッテの顔の方に目を向けると、キッテが、優しい目をシズクに向けて来る。



「勉強って。勉強なんてする意味ある? こんな世界なのに?」



「キッテ。女王。お前達には、大きな借りができてしまっているす。余にできる事ならなんでも協力するす」



 シズクは、もう。何よ。二人して。私は勉強なんてしたくないんだから。と思い、ぷいっと、キッテの目から視線を外して、なんとなく、烏の顔を見た。



 烏がむくりと体を起こすと、シズクの顔を、漆黒しっこくの羽よりも黒い瞳で、じっと見つめて来る。



「ちょちょ、ちょっと。キッテ。烏が、烏が」



 シズクは、烏の瞳に見据えられ、その瞳から目を離せなくなりながら、必死に声を絞り出した。



「烏よす。お前の相手は余のはずだす。こっちに来いす」



 ンテルの、勇ましくも、畏敬いけいの念の混じった声が、響く。



 烏が、ゆっくりと、ンテルの方に顔を向けた。



「だ、駄目よ。あんたの相手は、私。あっちに行っちゃ駄目」



 シズクは、行かせちゃ駄目だ。烏の方がンテルよりも絶対に強いもん。この烏が落ちて来る時は何もできなかったけど、今回は、なんでもいいから、やるんだ。と思うと、両手を伸ばし、烏の体を左右から挟むようにして掴んだ。



 烏がシズクの手の中から抜け出ようとして、激しく体を動かす。



「あ、あの、駄目。暴れないで」



 烏の嘴くちばしが、シズクの手を突つつこうとする。シズクは、襲って来るであろう痛みに耐える為に、目を閉じて、体を強張らせる。



「ん? あれ?」

 

 痛みは襲っては来ず、手の中にいるはずの烏の動きも感じられなくなったので、シズクは、言いながら、目を開けた。シズクの手と烏が、緑色の雲のような物に覆われていて、烏の体の動きも、その雲のような物が、しっかりと押さえ込んでいる様子が、シズクの視界の中に入って来る。



「ナノマ。いい仕事だ」



「キッテ。ナノマが、まだ、ちゃんと守ってくれているって、知っていたの?」



「もちろんだ」



「もう。それならそうと言ってくれればいいのに。キッテの意地悪」



 シズクはそう言ってから、ナノマ。ありがとう。と、手と烏を覆っている、緑色の雲のような物に向かって言った。



「女王。怪我をしなくてよかったす。それと、余の為に、ありがとうす」



 ンテルが言って、頭を下げた。



「べ、別に、あんたの為なんかじゃない」



 シズクは、照れ臭くなって、ぷいっと顔を横に向ける。



「ンテル。何かあっても困るから、念の為に、すぐにロボットの中に戻ってくれ。ナノマ。悪いが、そのままその烏をどこか、遠くまで、連れて行ってくれないか? いつまでも、シズクに烏を持たせてるわけにもいかないからな」



「いや。余はここにいるす。烏の方は、その場で放して欲しいす」



「ちょっと。いい加減にしてよ。なんで、そんなわがままばっかり言うの」



 シズクは、もう。本当に、意味分かんない。と思うと、物凄く、不機嫌になった。



「すまんす。女王よす。これだけは、譲れないす」



「ンテル。分かった。烏を放す。だが、悪いが、こっちも、これだけは、譲れない。ロボットの中に戻ってくれ。」



「キッテ?」



 シズクは、キッテの顔をじっと見つめる。



「このままだと、シズクにもその烏にもよくないからな。大丈夫だ。ンテルか烏のどちらかが怪我をしそうになったら、すぐに俺が止めに入る」



「何を言っているの? 戦わせる気なの?」



 シズクは、絶対に戦わせたりなんてしないんだから。と思いながら言った。
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