五 絶滅

文字数 3,058文字

 キッテが、人類達の、国民達の、近くまで行って足を止めると、国民達の姿がはっきりと見えて来る。



「女王様。オムライスという物はキッテ様が初めて作ってくれたらしいんだむ。それを食べて、チュチュ達の先祖は、キッテ様について行こうと決めたと伝わってるむよ。オムライスがなかったら、チュチュ達は、今こうして、キッテ様とは一緒にいなかったかも知れないむ。それに。キッテ様が、長い間、チュチュ達を守ってくれたからこそ、この平和があるむ。その辺へんの事をちゃんと理解すれば、国旗の事をバカにする事は」



「チュチュ。おい。チュチュ。シズクは、全然聞いてないぞ」



「ぶひゅむー。女王様ったら酷過ぎむぅぅ」



「皆、チュチュと同じような格好をしている」



 シズクは、チュチュの言葉など、まったく聞かずに、国民達の事を見つめていて、ほとんどの国民が色こそ違うが、チュチュが着ているのと同じような、チュニックワンピースを着ているのを知って、そう呟いた。



「俺がもっと手を出せば、色々と変えられるんだが、あまり手出しをしてもな」



 キッテが言って、伏せをする。



「別に、いいんじゃない? 皆よく似合っていてかわいいと思うけど」

 

 シズクは言ってから、んん? なんだろう? この変な感じ。と思う。



「女王様。キッテ様から降りるむ。降りたら、国旗をオムライスの上に挿すむ」



「うん」



 シズクは、んー。なんだろう。なんか引っかかる。と国民達を見つめながら思い、うわの空でチュチュの言葉に返事をした。



「女王様? どうしたむ?」



 チュチュがシズクの顔をじっと見つめて言う。



「あ! ああー!! 分かった」



 シズクは大きな声を上げてから、チュチュとキッテの顔を見た。



「ど、どうしたむ?」



 チュチュが、両足の付け根を擦こすり合わせるような、おかしな動きをしつつ言った。



「シズク。急に大きな声を出すな。いくら、自分達よりも大きな者達と、接する事に慣れてはいても、そんな事をしたら、さすがに皆が驚く」



「ごめん。でも、皆を見て、なんか、変だなって、思っていたんだけど、その理由が分かったから、つい」



「ち、違うむ。これは、これは、えっと、ええっと、これは、また、別の種類の、チュチュ汁む。まさか、女王様が急に大きな声を出したから、その声に驚いて、ちびったとかじゃないむ」



 唐突に、チュチュが泣きそうな顔で言った。



「チュチュ? ちびったって、あんた、まさか」



 チュチュの言葉を聞いたシズクは、この子ったら、漏らしたって事? と思い、責めるような口調で言う。



「ごめんなさいむ」



 チュチュが、慌てた様子で、シズクの言葉を遮るように言い、着ている服でシズクの掌てのひらの上を拭き始めた。



「チュチュ。ああ。チュチュ。ごめん。いいよ。そんな事しなくたって。しょうがないよ。しょうがない。私だって、こんな私みたいな巨人に、すぐ近くで大きな声出されたら、どうなるか分からないもん」



 シズクは、チュチュの体よりも、何倍も大きな自分の手の上で、蹲うずくまるようにして、自分の手を懸命に拭いている、チュチュの姿を見て、急に激しく、かわいそうな事をしてしまった。と思うと、そう言った。



「女王様」



 チュチュが言い、ゆっくりと立ち上がる。



「チュチュ。平気だからね。漏らしちゃったって。もう、責めたりしないから」



「女王様」



 チュチュが嬉しそうに微笑み、おもむろに服を脱ぎ始める。



「チュチュ?」



「ぶむひゅひゅひゅひゅっひゅ。女王様のお許しが出たむ。チュチュ汁マックスで行くむぅ」



 チュチュが、興奮した様子で言い、シズクの手の上で、ごろごろ転がり始める。



「あ〜。もう。私の罪悪感をどうしてくれるのよ。チュチュ。そんな事するなら手から落とすからね」



 シズクは、こいつは、調子に乗りやがって。と思い、言った。



「ぶむふぃー。ごめんなさいむ。体が勝手にぃぃ。この体が悪いむ。こいつめぇ。こいつめぇ」



 チュチュが、自分の頭を、ぽふぽふと、叩いてから、正座をして服を着始める。



「二人とも仲がいいな。なんだか、俺は、しんみりとしちまった。この国を作ってよかった」



 キッテが、目を潤ませて言った。



「キッテ、何をどう見ていたら、そう思うの?」



「女王様。そんな事はどうでもいいむ。皆が待ってるむ。旗を早くオムライスの上に挿すむ」



「ああ! そうだった。ごめん。チュチュ。すっかり忘れていた」



「シズク。また、声が大きい」



「ま、また、ち、ちびったむ」



 チュチュが、シズクには聞こえないような、小さな声で言う。



「じゃあ、今からそっちに行くから。皆、気を付けて」



 シズクは、声の大きさを抑えて言ってから、できるだけ、国民達を驚かさないようにと、ゆっくりとした動きで国民達の近くに行き、国旗を受け取ると、オムライスの上にぷすっと挿した。



 国民達の間から、割れんばかりの拍手と歓声が上がり、キッテが、とても嬉しそうに、トラの顔を笑顔にする。



「キッテ。チュチュ。さっき言っていた分かった事ってね。こういう事なんだけど、この国って、女の人しかいなくない?」



 シズクは、キッテの傍に戻り、キッテとチュチュの顔を、交互に、まじまじと、見てから言った。



「ああ。それな。そうだぞ。この国、というか、この世界には、もう、男はいない。人類は、女性という性別の生き物のみで生きて行く事を選択したんだ。男性という性別の生き物は、意図的に絶滅させられた」



「男性? それは何む?」



 チュチュが、首を傾げて言った。



「チュチュ達とは、体の形が少し違う人類が、昔はいたんだ。だが、ちょっとした問題があってな。女性だけの方が、世界がうまく回るという話になった。戦争の後は、色々と大変だったからな。人類の数を減らすという意味でも、その方が、都合がよかったんだ」



「何それ? 酷くない? どうやって絶滅させたの?」



「数百年かけて、自然に減っていくように仕向けてだ。俺は、最後の一人と友達で、彼を看取みとったが、彼は、とてもいい人生だったと、言ってたよ」



 キッテが言って、懐かしい物でも見ているような目を、遠くに向ける。



「そう、なんだ。でも、そうだったら、この世界の皆って、どうやって、増えるの?」



「シズク。シズクはエッチだな」



「女王様は、エッチなのむ? いや~んむ」



 チュチュが頬を赤く染め、自身の体を両腕で抱き締めて、体をくねくねとくねらせた。



「エッチじゃねえし。というか、普通、気になるでしょ?」



「それも、そうか。きっと俺も聞くな。やる事は昔と変わらない。愛し合う二人が、その手の行為に及べば、女性同士でも、子供ができる。そういうふうに人類は進化した、というか、自分達を変えた、というか。細かい事は、言っても分からないだろうからな。端折はしょってしまうが、とにかく今はそうなってる。ちょっと前までは、AI達が、その辺の事、人類の数の増減に関する事は、管理していたんだがな。もう、その必要もないくらいには、地球の環境は回復して来てるからな」



 シズクは、改めて、人類達の、国民達の、姿を、顔を巡らせてみた。



「なんか、凄いね。人類っていうか、科学っていうか。そういうのって。まるで、魔法みたい」



 シズクは、言ってから、キッテの方に顔の向きを戻す。



「魔法か。確か、昔、十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない。と言った作家がいたはずだ」



 キッテが言った。
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