三十一 発露
文字数 2,609文字
テレビの画面には、幼い頃の自分と、そんな自分に抱かれている、縫いぐるみのキッテと、シズクの姿を優しく見守っている、父親と母親とが映っていた。
「私が抱いている縫いぐるみあるでしょ? あれがキッテだよ」
シズクは、これは、また、なんていうか。今は、見ない方がよかったかも。と思ってから、その思いをごまかすように、言葉を出した。
「そうなのナノマ?」
「うん。言葉を話す縫いぐるみだったの。これに映っている頃の私は、キッテの事をそういう縫いぐるみだって思っていた。でも、キッテは、自我を持つ世界でただ一つの凄いAIだったんだ。十一歳の時かな。そういうふうな話を親から聞いた」
「自我ナノマ?」
「うん。意味はよく分からないけど」
「データベースに聞いてみるナノマ」
ナノマが言って、少しの間、沈黙してから、分からないナノマ。これは難題ナノマ。と言う。
「ね。難しいでしょ」
映像の中では、シズクの誕生日会が行われ始め、幼いシズクの目の前に、蠟燭ろうそくが七本立っているデコレーションケーキが運ばれて来る。
「七歳の時の誕生日の映像だったんだ。キッテ目線だけじゃなくって、お父さんとお母さん以外の、誰かの目線でも、撮られているのに、こんなの撮られていたなんて、全然覚えていなかった。カメラとか向けられたら、覚えていると思うんだけどな」
「ナノマはナノマシンが撮ってたと考えるナノマ。千年前ならもう撮影機能を持ってるナノマシンもあったナノマ」
「そっか。それなら撮られているのも分からないか。さすがナノマ」
シズクは、そういう事か。けど、キッテが撮っていた事もそうだけど、お父さんもお母さんも趣味が悪い。これじゃまるで盗撮じゃない。と思う。
「これは誕生日会という物ナノマ? シズクはとても嬉しそうにしてるナノマ」
「そうだよ。ナノマにはお誕生日とかってないの?」
「生まれた日というのを、製造された日だと考えればあるナノマ」
「いつ?」
「西暦三千九十九年の五月五日ナノマ」
シズクは、ナノマの顔、――小さなオウギワシの顔をじっと見つめた。
「私の誕生日と一緒じゃん」
「それは、とても素敵ナノマ」
「あとさ。歳も一緒じゃない? ナノマって作られてから十三年経っているから、十三歳って事でしょ?」
「シズクは十三歳ナノマ?」
「うん。あ。いや、違うのかな? 正確には、千十三歳?」
「細胞の老化は進んでないからセーフナノマ。一緒ナノマ。凄い偶然ナノマ」
「なんか、気を使わせてしまっているような気がするけど、ありがと」
「シズク。次の誕生日が来たら、誕生日会をするナノマ?」
「そうだね。ナノマと一緒なら楽しそう」
テレビの方から、一際、嬉しそうな楽しそうな、シズクと両親とキッテの声が聞こえて来る。シズクは引き寄せられるようにして、テレビの画面に目を向けた。
「なんだって、私だけ眠らせたかな。自分達だって眠ればよかったのに」
シズクは、この部屋に戻って来て、昔の自分の部屋の様子と、今のこの部屋の様子とが、まったく同じ様子だと気が付いてから、感じていたいくつかの思いを、吐き出すように、そんな言葉を呟いた。
「シズクは、どうして自分だけが冷凍睡眠してたか知らないナノマ?」
「うん。だって、普通に夜寝ただけだもん。普通に夜に寝て、次に起きたら千年後。本当に意味不明。キッテに聞けば何か分かるはずだけど、まだ聞いてないし」
「興味がないナノマ?」
「起きたばっかりの時はそうだったかな。でも、今は、そうじゃないっていうか」
「記録映像に、何か、メッセージみたいな物は、映ってたりはしないナノマ?」
「映っているのかな」
シズクは言いながら、テレビの下の棚に目を向けた。シズクから見て、左側から右側に行くにつれて、振られている数字が大きくなって行っている、ゲル状記録装置、ゲルニカの入った容器を、数字の小さい方から、順番に見て行くと、百という数字が書かれているゲルニカが、最後の物だという事が分かった。
「何か、それらしいタイトルが書いてあるラベルのはないね。それにしても、多いとは思っていたけど、百個もあったんだ」
「最後の記録映像を見てみるのはどうナノマ? 何かを調べようとしてデータベースに聞いてた時に、最後の物に何かしらの重要な事が書かれてる事が多かったナノマ」
「見てみよっか」
シズクは言い、百と書かれているゲルニカに向かって片方の手を伸ばしたが、もしも、お別れの言葉とかを言われていたりしたら、なんか、もう、二度と会えないような気がしちゃいそう。と思うと、途中で手を引っ込めた。
「シズク?」
「なんか、見ちゃったら、お父さんとお母さんに、もう、二度と会えないような気がするんだもん」
シズクは、言ってから、自分の言った言葉に、妙な違和感を覚える。
「シズク。シズクの両親はもう亡くなってるはずナノマ。会う事はできないナノマ」
「ああ。うん。そうだよね。そうだった。私ったら、何を言っているんだろう」
シズクは言って、目を伏せる。
「シズク? どうしたナノマ?」
「なんか、変な感じなんだよね。千年前なのに、ずっと寝ていたから、まるで昨日の事みたいに感じられていて、それなのに、皆いないって、キッテに言われていて、実際に会えていなくって。昔の事が、懐かしくって、寂しいって思っていると思うんだけど、やっぱり、時間が経っている感覚がないから、それもまた、なんだか、納得がいかないっていうのか」
「シズク。それは、今すぐには、ナノマには、何をどう言えばいいのかが分からないナノマ。ごめんなさいナノマ」
束つかの間まの沈黙の後、ナノマがそう言った。
「謝る事なんてないよ。私だって、こんな事誰かに言われたら、どう答えればいいかなんて分からないもん」
シズクは、こんなふうに謝ってくれるなんて、ナノマって本当に優しいいい子なんだな。と思うと、百と書かれているゲルニカに向かって、もう一度手を伸ばした。
「見るナノマ?」
「うん。いつか見ると思うし。だったら早い方がいいかなって」
「キッテ先輩が来てからの方がいいと考えるナノマ」
「平気だよ。ナノマがいてくれるんだから」
「シズク」
百と書かれているゲルニカを手に取ったシズクは、もう片方の手で、テレビと一体になっている、ゲルニカレコーダーの操作を始めた。
「私が抱いている縫いぐるみあるでしょ? あれがキッテだよ」
シズクは、これは、また、なんていうか。今は、見ない方がよかったかも。と思ってから、その思いをごまかすように、言葉を出した。
「そうなのナノマ?」
「うん。言葉を話す縫いぐるみだったの。これに映っている頃の私は、キッテの事をそういう縫いぐるみだって思っていた。でも、キッテは、自我を持つ世界でただ一つの凄いAIだったんだ。十一歳の時かな。そういうふうな話を親から聞いた」
「自我ナノマ?」
「うん。意味はよく分からないけど」
「データベースに聞いてみるナノマ」
ナノマが言って、少しの間、沈黙してから、分からないナノマ。これは難題ナノマ。と言う。
「ね。難しいでしょ」
映像の中では、シズクの誕生日会が行われ始め、幼いシズクの目の前に、蠟燭ろうそくが七本立っているデコレーションケーキが運ばれて来る。
「七歳の時の誕生日の映像だったんだ。キッテ目線だけじゃなくって、お父さんとお母さん以外の、誰かの目線でも、撮られているのに、こんなの撮られていたなんて、全然覚えていなかった。カメラとか向けられたら、覚えていると思うんだけどな」
「ナノマはナノマシンが撮ってたと考えるナノマ。千年前ならもう撮影機能を持ってるナノマシンもあったナノマ」
「そっか。それなら撮られているのも分からないか。さすがナノマ」
シズクは、そういう事か。けど、キッテが撮っていた事もそうだけど、お父さんもお母さんも趣味が悪い。これじゃまるで盗撮じゃない。と思う。
「これは誕生日会という物ナノマ? シズクはとても嬉しそうにしてるナノマ」
「そうだよ。ナノマにはお誕生日とかってないの?」
「生まれた日というのを、製造された日だと考えればあるナノマ」
「いつ?」
「西暦三千九十九年の五月五日ナノマ」
シズクは、ナノマの顔、――小さなオウギワシの顔をじっと見つめた。
「私の誕生日と一緒じゃん」
「それは、とても素敵ナノマ」
「あとさ。歳も一緒じゃない? ナノマって作られてから十三年経っているから、十三歳って事でしょ?」
「シズクは十三歳ナノマ?」
「うん。あ。いや、違うのかな? 正確には、千十三歳?」
「細胞の老化は進んでないからセーフナノマ。一緒ナノマ。凄い偶然ナノマ」
「なんか、気を使わせてしまっているような気がするけど、ありがと」
「シズク。次の誕生日が来たら、誕生日会をするナノマ?」
「そうだね。ナノマと一緒なら楽しそう」
テレビの方から、一際、嬉しそうな楽しそうな、シズクと両親とキッテの声が聞こえて来る。シズクは引き寄せられるようにして、テレビの画面に目を向けた。
「なんだって、私だけ眠らせたかな。自分達だって眠ればよかったのに」
シズクは、この部屋に戻って来て、昔の自分の部屋の様子と、今のこの部屋の様子とが、まったく同じ様子だと気が付いてから、感じていたいくつかの思いを、吐き出すように、そんな言葉を呟いた。
「シズクは、どうして自分だけが冷凍睡眠してたか知らないナノマ?」
「うん。だって、普通に夜寝ただけだもん。普通に夜に寝て、次に起きたら千年後。本当に意味不明。キッテに聞けば何か分かるはずだけど、まだ聞いてないし」
「興味がないナノマ?」
「起きたばっかりの時はそうだったかな。でも、今は、そうじゃないっていうか」
「記録映像に、何か、メッセージみたいな物は、映ってたりはしないナノマ?」
「映っているのかな」
シズクは言いながら、テレビの下の棚に目を向けた。シズクから見て、左側から右側に行くにつれて、振られている数字が大きくなって行っている、ゲル状記録装置、ゲルニカの入った容器を、数字の小さい方から、順番に見て行くと、百という数字が書かれているゲルニカが、最後の物だという事が分かった。
「何か、それらしいタイトルが書いてあるラベルのはないね。それにしても、多いとは思っていたけど、百個もあったんだ」
「最後の記録映像を見てみるのはどうナノマ? 何かを調べようとしてデータベースに聞いてた時に、最後の物に何かしらの重要な事が書かれてる事が多かったナノマ」
「見てみよっか」
シズクは言い、百と書かれているゲルニカに向かって片方の手を伸ばしたが、もしも、お別れの言葉とかを言われていたりしたら、なんか、もう、二度と会えないような気がしちゃいそう。と思うと、途中で手を引っ込めた。
「シズク?」
「なんか、見ちゃったら、お父さんとお母さんに、もう、二度と会えないような気がするんだもん」
シズクは、言ってから、自分の言った言葉に、妙な違和感を覚える。
「シズク。シズクの両親はもう亡くなってるはずナノマ。会う事はできないナノマ」
「ああ。うん。そうだよね。そうだった。私ったら、何を言っているんだろう」
シズクは言って、目を伏せる。
「シズク? どうしたナノマ?」
「なんか、変な感じなんだよね。千年前なのに、ずっと寝ていたから、まるで昨日の事みたいに感じられていて、それなのに、皆いないって、キッテに言われていて、実際に会えていなくって。昔の事が、懐かしくって、寂しいって思っていると思うんだけど、やっぱり、時間が経っている感覚がないから、それもまた、なんだか、納得がいかないっていうのか」
「シズク。それは、今すぐには、ナノマには、何をどう言えばいいのかが分からないナノマ。ごめんなさいナノマ」
束つかの間まの沈黙の後、ナノマがそう言った。
「謝る事なんてないよ。私だって、こんな事誰かに言われたら、どう答えればいいかなんて分からないもん」
シズクは、こんなふうに謝ってくれるなんて、ナノマって本当に優しいいい子なんだな。と思うと、百と書かれているゲルニカに向かって、もう一度手を伸ばした。
「見るナノマ?」
「うん。いつか見ると思うし。だったら早い方がいいかなって」
「キッテ先輩が来てからの方がいいと考えるナノマ」
「平気だよ。ナノマがいてくれるんだから」
「シズク」
百と書かれているゲルニカを手に取ったシズクは、もう片方の手で、テレビと一体になっている、ゲルニカレコーダーの操作を始めた。