四 変態とオムライスと国旗

文字数 3,264文字

 広場に近付いて行くにつれて、どこかで嗅いだ事のあるいい匂いがして、シズクは、これは、何か、食べ物の匂いだ。歓迎ってチュチュが言っていたけど、何か料理を出してくれるのかな? そうだったら嬉しいな。と思う。



「ぐむへへへへへ。女王様の手を堪能たんのうするむ。もうこうなったら服も脱いでしまうむー。全身むぅ。全身で楽しむむぅ」



 シズクの耳に、チュチュのとち狂った言葉が聞こえて来る。



「チュ、チュチュ? な、何をしているの?」



 シズクは、何か、聞いてはいけない事を、聞いてしまったような、なんとも言えない気持ちになりながら言った。



「女王様? 何か問題でもあるむ?」



 チュチュが、ぽぽぽいっと着ていた、茶色のチュニックワンピースを脱ぎ捨ててから、不思議そうな顔をして、首を傾げた。



「え? ええ?」



 シズクは、それだけを言って、言葉を失う。何? なんなの? この国ではこれが普通って事? 変だよね? 変って言うか、これは、もう、ただの変態だよね? ここは、あれなの? あれな人達がいる、変態の王国なの? シズクは、そう思い、酷く追い込まれた気分になると、キッテに向かって、声をかけようとする。



「女王様。はあはあ。女王様。はあはあ」



 チュチュが、シズクの手の上で寝転び、右に左にと、ごろごろと転がり始める。



「ひ、ひいぃぃぃー」



 シズクは思わず悲鳴を上げてしまう。



「シズク。どうした?」



 キッテが言う。



「キッテ。大変。チュ、チュチュが。チュチュが」



 シズクは、キッテの顔の方に目を向けて言う。



「チュチュがどうしたむ?」



「へ? あれ? チュチュ、さっきまで、裸で」



 チュチュの言葉を聞いて、今度は、チュチュの方を見たシズクは、いつの間に服を着たのか、服を脱ぐ前の、なんでもない、普通の格好に戻っているチュチュを見て、声を上げた。



「シズク? 大丈夫か?」



 キッテが、目を細め、心配そうに言う。



「女王様は、きっと、さっきの出来事で、まだ、動揺してるむ。キッテ様。大丈夫む。女王様にはチュチュがついてるむ」



「そうか。チュチュ。悪いな。シズクはそんな図体ずうたいだが、まだまだ子供だ。チュチュも子供だが、チュチュはしっかりしてるからな。シズクの面倒を見てやってくれ」



「了解む」



 チュチュが言って、にこりと微笑む。



「え? あの、え?」



 シズクはチュチュの顔と、キッテの顔を交互に見た。



「ぶむひひひ。キッテ様はちょろいむ。女王様。さっきの事はキッテ様には秘密む。言ったら、チュチュは」



 幼くかわいい顔に、悪そうな笑み浮かべて、言い始めたチュチュが、途中で言葉を切る。



「な、何? 言ったら、チュチュはどうするの?」



 シズクは恐る恐る聞く。



 チュチュが、眉間みけんに皺しわを寄せ、難しい顔すると、首を傾げ、空を見上げ、それから、顔を俯ける。



「チュチュ? 何をするの?」



 チュチュの作る妙な間に、シズクは、恐怖心を激しくかき立てられ、更に言葉を出す。



「チュチュは女王様にちゅーをするむ。ほっぺにぶちゅっとやるむ」



 チュチュが顔を上げて、嬉しそうに言い、爽やかに微笑んだ。



 え? えー? 何? 意外と普通じゃない。って、ちがーう。なんなのこの子。というか、まさか、さっきも思った事だけど、この国の国民って、皆、こんなだったりしないよね? キッテに内緒って、これ、私、どうすればいいの? シズクは、チュチュの笑顔を見つめたまま、そう思いつつ、途方に暮れ、気が遠くなって行くのを感じた。



「シズク。ここが広場だ」



「うえ?」



 キッテの言葉に、反射的に、間抜けな声で応答してから、シズクは、我に返る。



「ぎぎぎむぐへっへっへ」



 我に返ったシズクの目に、最初に飛び込んで来たのは、おかしな笑い声を上げつつ、また手の上で裸になって、転がり回っている、チュチュの姿だった。



「ま、また。もう、なんか、変な汁とか手に付いているし、最低。気持ち悪い」



 シズクは、思わず、虫でも払うように、手を動かしそうになったが、チュチュが飛んで行ったら大変。と思うと、慌てて手の動きを止めた。



「がびむーん。ショックむ。変な汁とか、最低とか、気持ち悪いとか、言われたむ。け、けど、へ、変な汁は、涎よだれ、あ、違うむ。それは、えっと、そう、そうだむ。それはチュチュ汁む。無害で、舐めると甘い味がする、不思議な汁む。決して、涎、あふ、また違ったむ、ではないむぅ」



 最初こそ、大きな声で言い出したチュチュだったが、途中から、小さな声になり、最後の方は消え入るような、声になって言い終えると、がっくりと首こうべを垂れ、酷く落ち込んだ様子で、その場に正座をし、のろのろとした動きで服を着始める。



「チュチュ。あの、その、なんか、ごめんなさい。反射的に言っちゃっただけで、本気では、思ってないというか、なんていうか」



 シズクは、そう言ってから、なんで、私、謝っているんだろう? チュチュ汁なんて絶対に嘘なのに。けど、涎とか、また、言って、ぼろくそに言うと、チュチュが、また、落ち込むだろうし。と思う。



「女王様も、結構ちょろいむ? なんだか心配になって来たむ」

 

 チュチュが、小さな声で何事かを言ったが、シズクの耳には、その声は届かない。



「え? チュチュ。ごめん。聞こえない」



「なんでもないむ。女王様。あっちを見てみるむ。皆が待ってるむ」



 服を着終えたチュチュが、言って立ち上がり、広場の方に向かって、片手を伸ばす。シズクは、チュチュの声に促されるようにして、チュチュの指差す方向に目を向けた。



 街並みが途切れた先に、何もない、石畳が敷かれただけの大きな広場があり、そこに、大勢の人類達が集まっているのが見える。その人類達の真ん中に、大きな、といっても、シズクから見れば、シズクの掌くらいの大きさの、フライパンのような物の上に、黄色い何かしらの塊が、乗っている物体があった。



「何、あれ? 何かに似ているけど、なんだろう?」



 シズクは、じっと、黄色い何かしらの塊を見つめて言う。



「オムライスか。随分と大きいじゃないか。頑張ったんだな。それに、凄く、うまそうだ」



 キッテが嬉しそうに言った。



「キッテ様が前に言ってたむ。女王様はオムライスが大好きってむ」



 チュチュが言ってから、さささっと服を脱ぐと、その服を両手で持ち、体の上に持って行って、大きく左右に振り始める。



「また、裸!?」



 シズクは思わず大きな声を上げる。



「なんだ? シズク、どうした?」



「女王様。また、とはどういう事む?」



 チュチュが言い、意味ありげに、片方の眉だけを上げた顔で、ちらりっとシズクの方を見る。



「えあ、ええっと、それは、あの、ま、間違えた」



 シズクは、チュチュの言葉を聞いて、その顔を見て、慌ててそう言い、私ったら、この子のこういう変な押しの強いところに、どうも弱いみたいだ。と思った。



「キッテ様。女王様。そんな事より、皆の方を見るむ」



 シズクは、チュチュの姿から視線を外し、広場の方に目を向ける。



 大勢いる人類達の間から、旗の部分が、縦が七センチくらい、横が十センチくらいで、旗棒の部分が、十センチくらいの長さの、赤地の旗布に金色の糸で、何かの模様の刺繍ししゅうが施ほどこされている旗が、にょきっと生えるようにして現れた。



「おお。あれは、国旗か? いつの間に作ったんだ。味な真似をするじゃないか」



 キッテが、また、嬉しそうに言う。



「国旗?」



 シズクは言って、国旗をまじまじと見つめた。すると、模様が、はっきりと見えて来て、先ほど見た、オムライス入りのフライパンを口に咥えている、一匹の大きなトラらしい生き物であると分かった。



「何あれ。格好悪い」



「女王様。酷いむ。なんて酷い事を言うむ。オムライスがあって、キッテ様がいたからこそ、この国は、この国になったむ」



 チュチュが、とても悲しそうな声で言った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み