十 来訪者

文字数 2,703文字

 ミーケの体毛はとても優しくて柔らかく、その得も言われぬ感触に、シズクは、ただ、ただ、感動し、何も考えられなくなって、ミーケを撫で撫でし続ける。ミーケが、気持ちよさそうにしつつ、まるで、シズクに話しかけでもするかのように、ミャウミャムミャム。と鳴いた。



「ちぃぃぃ。あの泥棒猫むぅ。チュチュの女王様をぉぉ」



 チュチュが言い、ミーケを睨み付けながら、シズク達に近付いて行く。



「チュチュゥゥ。そういえば、その体は大丈夫なのめ?」



 チュチュの元に駆けて行き、チュチュに追い付くと、チュチュオネイが言った。



「はん? チュチュの体にはなんの問題もないむ」



 チュチュが、吐き捨てるように言う。



「チュチュぅぅ。そういう冷たいところも、たまらないめぇぇ。かわいいめぇぇぇ」



 チュチュオネイが身悶えした。



「このど変態めがむぅ」



 チュチュが、チュチュオネイから逃げるように走り出す。



「待つめぇぇ」



 チュチュオネイも走り出し、チュチュを追いかけ始める。



「もう、本当にかわいいねえ」



 シズクはミーケを抱き上げ、ミーケに頬擦ほおずりをしたり、ミーケの体に顔を埋うずめたりして、ミーケを堪能たんのうする。



「まったく。皆、夢中になれる事があって羨ましい」



 シズクやチュチュ達の姿を、見ていたキッテが、少し寂しそうにしながら言った。



「あの、キッテ様」



 そんなキッテに、騎士団の団員の一人が、声をかけた。



「ん? どうした? 何かあったのか?」



「それが、あれですの。門の所に、誰かが来てるようなのですの」



「ああー。あー。気が付いてなかったなんて事はないぞ。大丈夫だ。心配するな。ナノマシンから情報が来てる。知ってた知ってた。あれは、ええっと、ちょっと待て。おお。そうだそうだ。あれは、第六帝国の奴らか。また、これは、厄介なのが来たな」



 キッテが言い、山のようになっている所と、地面との境の辺りにあった、一つの洞窟のような所に目を向けた。



「キッテ様。どうしますの?」



「そうだな。どうするかな。俺が相手をしてもいいが、あれかな。シズクに相手をしてもらった方が、皆が、まだ、近くにいるからな。うまくやればシズクの株も上がるだろうし。シズクに、女王として会ってもらってみるかな」



 キッテが、シズクの方に目を転じる。



「はあああ〜ん。猫ちゃんいいなあ。昔、うちでも飼いたいって言ったんだけど、飼ってもらえなくってさ。キッテはいたけどやっぱり本物よね。はあああ〜。たまらん。たまらん」



 シズクは、今度は、ミーケの体のあらゆる部位に心を昂たかぶらせ、思わず大きな声を出した。いよいよ猫ちゃんの魅力に、没入ぼつにゅうして行こうとする、シズクの肩に、キッテが前足を乗せた。  



「シズク。楽しんでるとこすまないが、ちょっと頼みたい事がある」



 シズクはキッテの方に顔を向けると、露骨ろこつに厭な顔をしてしまう。 



「えー。何? 今、猫ちゃんと遊んでるんだけど」



 キッテが、小さな子をあやす時の母親のような、優しい目をすると、シズクの目をじっと見つめた。



「分かった。分かりました。そんな目で見ないでよ。キッテにはたくさん助けてもらってるから、言う事聞いたげる」



 シズクは、唇をちょこんと前に突き出し、わざと少し不満そうに言って、ミーケを地面に下ろす。



「猫ちゃん、バイバイ。また、遊んでね」



 ミーケが、ちょっと寂しそうな顔をしつつ、ミャーフスー。と鳴いてから、騎士団の方に戻って行った。



「シズク。ありがとう。それで、頼みというのはな、今、この国に訪問者が来てるんだ。その相手を、女王としての、シズクにしてもらいたい」



「え? ちょっと、ええっと、でも」



 いきなり、女王として、相手をしろって。そんなのできない。それに、私は何もしなくてもいいとかって、キッテ、前に言ってなかったっけ? シズクは、そう思いながら、キッテの目を見つめる。



「大丈夫だ。心配ない。俺も傍にいるし、チュチュやチュチュオネイ達も一緒にいる」



「そっちのが心配だよっ」



 シズクは大声を出した。



「お、おう? 俺じゃ駄目か?」



 キッテがしょんぼりする。



「違う。キッテは別。チュチュとチュチュオネイの事」



「ああ、そうか。それならよかった。いや、よくはないか。だが、ああ見えてもな、あの二人はしっかりしてる。大丈夫だ。それに、まあ、そんなに緊張するな。相手をすると言ったって、皆、小さいんだ。シズクを一目見れば、向こうだって、それなりの態度をとるはずだ」



「でも、女王としてなんて、どうやればいいの?」



「前にも言ったが、シズクの好きにすればいい。シズクの思う女王様を演じるんだ。昔、両親や、友達なんかと、女王様ごっことかしてなかったか? ほら、それと、女王様の出て来る御伽噺おとぎばなしとか、絵本とか、結構好きだったろ?」



 シズクは、そんな事やっていたっけ? と首を傾げる。



「ああ~。思い出した。違う。キッテ、それは、お姫様ごっこで、お姫様役になれなかった時にだけ、女王様役とかを、やっていただけなの。あんなの誰もやりたくない役なんだから。御伽噺も絵本そう。お姫様目当てだったの」



「そうか? シズクは、かなりのハマり役だったろ? なんなら、俺の持ってる記録映像を見てみるか? 女王様横暴傾国編とか、甘える女王様、姫を困らせる編とか、女王様一行の贅沢旅編とか、他にも、いくつかあるぞ」



「何それ?」



「ほら。シズクの両親から、シズクのお守りを頼まれてただろ。それで、シズクの事をよく撮影してたからな。色々、編集して、映像を保存してある。そうだな。変わったところだと、シズクの成長記録なんてのもあるぞ」



 キッテが、言い終えると、誇ほこらし気な顔をした。



「うげぇぇ。そんなのあったんだ。ごめん。絶対に見たくない。というか、今すぐに消して欲しい」



「なんでだ? 凄くかわいいぞ。後は、なんかあったかな? ああ。シズクの友達や、両親が映ってるのもあるな」



 キッテが言ってから、何かに気が付いたかのような、顔をする。



「そうなの? 皆が、映っているの?」



 シズクは、言ってから、そういえば、皆って、今、何をしているんだろ? ……。そうだ。そうだった。すっかり忘れていた。もう、皆、この世界にはいなんだ。と思う。



「シズク。すまん。変な事を言ったな。配慮が足りなかった」



 キッテが心配そうな顔になる。



「大丈夫だよ。キッテもいるし、ど変態だけど、チュチュ達もいるんだから」



 シズクは言いながら、ちょっと、寂しくなったかも。なんか、少し、実感しちゃった。そうか。もう、皆、いないんだった。と思った。
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