十八 墜落

文字数 2,125文字

 空中から、一際ひときわ、激しい烏達の鳴き声と、鳥達の体が接触したような、軽く鈍い音が聞こえたので、シズクは、音のした方に顔を向けた。



 一羽の烏が、頭を真下に向けたまま、地上に向けて、落下して行く姿が、シズクの目に入る。



 危ない。シズクは咄嗟にそう思ったが、ただ、呆然と、落下して行く烏の姿を見つめ続けるだけで、動く事も、声を出す事すらも、できなかった。



「怪我はさせないナノマ」



 オウギワシの声がし、一羽のオウギワシが、まるで弾丸か何かのような、凄まじい速度で、降下すると、落下して行く烏を追い抜き、烏をその背に乗せるようにして助けた。



「よかった。助けてくれてありがとう」

 

 シズクは、安堵の息を吐いてから、オウギワシに聞こえるようにと、大きな声を出した。



「こんな事は、朝飯前ナノマ。それで、この烏はどうするナノマ?」



「こっちに連れて来てくれ。目を覚ますまで、俺達が見ておく」



「分かったナノマ」



 烏を助けたオウギワシが飛んで来ると、シズク達の傍に降り立ち、烏の乗っている背中を、シズクの方に向けて来る。



「どうすればいいの?」



 シズクは、戸惑いながら、烏を見つめた。



「触れるか? 触れるなら、受け取って、それから、俺の背中の上にでも、置いてやってくれないか?」



「ちょっと怖いんだけど、やんなきゃ、駄目、だよね」



「無理なら、俺が口で受け取る。ただ、何事も経験だからな。やっておいて、損はないと思うぞ。女王様」



「別に、できるけど。キッテって、時々、女王様使いが荒くない?」



 シズクは、言ってから、動物園で、小さな鳥には触った事はあるけど、こんなに大きい鳥には触った事はないからやっぱり怖い。いきなり、目を覚まして、くえぇっ。とか鳴いて噛かんだりしないよね? と思いながら、両手を伸ばし、恐る恐る、烏を受け取った。



「残っている烏達を追っ払って来るナノマ」



 オウギワシが言って、空を見上げる。



「うん。気を付けて行って来て。ないとは思うけど、ナノマも、こんなふうにならないようにしてね」



「シズク。今話しているのは、シズクがナノマと呼んでいる個体群ではないナノマ」



「そう、なの?」



 個体群って、ナノマシンの塊って事、だよね? とシズクは思う。



「そうナノマ。けど、安心するナノマ。シズクがナノマと呼んでいる個体群以外は、この戦いが終わったら、皆、元の仕事に戻るナノマ」



「いなくなっちゃうって事?」



 シズクは、なんだか寂しくなったので、そう言った。



 シズクの言葉を聞いた、オウギワシが、何やら不思議そうな顔をする。



「どういう意味ナノマ?」



「どういう意味って。ええっと、なんて言えばいいのかな。ええっと、また、会えるの?」



「会う? 会うとはどういう意味ナノマ?」



「ええっと、だから、こんなふうに、話を、したりするって事、かな」



「シズクがナノマと呼んでいる個体群が、今回のように呼びかける事がなければ、もうないナノマ」



「じゃあ、ナノマが呼んだら、また来てくれるって事?」



「そういう事ナノマ」



「私が、呼んでも駄目、かな?」



 シズクは、私が呼んでも来てくれたら、凄く嬉しんだけどな。と思い、そう言ってみた。



「それは、ちょっと待つナノマ。ナノマに聞いてみるナノマ」



 オウギワシが言ったので、シズクはオウギワシの顔を、期待に満ちた目で見つめながら、返事を待つ。



「ナノマが、シズクの呼びかけには答えるようにと言っているナノマ。シズクが呼んだら、シズクの元に行くナノマ」



「本当に? 本当に来てくれるの?」



「行くナノマ。今、シズクと話をしているこの個体群が、どうしても行く事ができなければ、他の、シズクの傍にいる個体群が代わりに行くナノマ。シズクは、これからどこにいても、ナノマシンと一緒ナノマ」



「何それ。凄く嬉しい」



 シズクは言って、キッテの顔の方に目を落とす。キッテが、シズクと同じようなタイミングで、シズクの方に顔を向けたので、キッテとシズクの目が合った。



「シズク。兵隊は駄目だぞ」



「分かってる」



 シズクは、でも、これは、やっぱり、何かやった方がいいんじゃないかな。と、ちょっと、興奮気味に思ったりしてしまう。



「では、行くナノマ。またどこかで会うナノマ」



 オウギワシが言って、飛び立って行く。



「うん。また。元気でね」



 シズクは、オウギワシの背中に向かって声をかけた。



「その烏をこちらに渡して欲しいす」



 ンテルの声が聞こえ、マシーネンゴットソルダットの足音が近付いて来る。



「どうする気? 動けないうちに、何か酷い事するの?」



 シズクは、マシーネンゴットソルダットの頭の上にいる、ンテルを睨むように見た。



「そんな事はしないす。元々は、この烏を、マシーネンゴットソルダットで、ぶん殴った余が悪いのだ。だから、この烏が、余に対して抱いている気持ちを汲くんでやる事にした。この烏は、大した奴だす。この烏が、どうしてこんな事になったのかを見ていて、心を動かされてしまったす」



「どういう事?」



 シズクは、言って、気を失っている烏の、艶のある漆黒しっこくの毛に覆われた、顔を見つめた。
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