三十 女王の部屋

文字数 2,740文字

 烏ちゃんが、大きく旋回を始めると、上昇気流を捕まえたのか、どこまでもどこまでも、続いているような空の中に、吸い込まれようにして、上昇して行き、あっという間に、小さな点になった。



「チュチュったら、はしゃいじゃって」



 シズクは空を見上げながら言う。



「あの調子なら、帰って来る頃には、もうすっかり仲良しになってるな」



「シズク。何かあったら困るから、ナノマはついて行くナノマ」



「烏ちゃんなら平気だと思う。ナノマはうちに来たら」



「そう言ってもらえると嬉しいナノマ。けど、シズクを手伝うと決めたナノマ」



「ナノマはもうじゅうぶん私を手伝ってくれている。あんまり頑張り過ぎても駄目なんだからね」



「そうだぞナノマ。あんまり頑張ってるとシズクが何もしなくなるからな。俺はこっちでまだやる事があるから、俺の方で、上空にいるナノマシンにチェックさせておく。だからナノマは、ゆっくりして来い」



「キッテ先輩。ありがとうナノマ。では、そうさせてもらうナノマ。シズク。一緒に行くナノマ」



 ナノマが言って、キッテの背中から飛び上がると、シズクの肩の上にとまる。



「ふふふふ。じゃあ、ナノマ。一緒にだらだらしよう」



「だらだらするナノマー」



「ナノマ。やっぱり、あんまりシズクと一緒にいない方がいいかも知れないな。シズクのだらだら病がうつる可能性がある」



「キッテ。何それ。ナノマ。キッテの言う事は気にしないでいいからね。一緒にだらだら病になっちゃおうね」



「なるナノマー」



「まったく」



 キッテが言って、大げさに苦笑してみせる。



「よーし。ナノマ。走って行くよ。少しでも早く、そして、長く、だらだらしよう」



 シズクは、言い、猛ダッシュし始めた。



「俺も後で様子を見に行くからな」



 背後から、そんなキッテの言葉が聞こえて来たので、シズクは振り返り、分かった。来たら一緒にだらだらしようね。と言葉を返してから、にやりと笑った。



 部屋に戻ったシズクは、ナノマに、好きにしていて。私はちょっと、シャワー浴びて来る。と言って、お風呂場に向かう。



「了解ナノマ。見た事がない物がたくさんあるナノマ。データベースに早速聞くナノマ」



 ナノマの言葉を聞いて、シズクは、顔を綻ばせながら、脱衣所に入ると、服を脱ぎ始める。



「あ。そうだ。天使の輪っかとかは、どうすればいいんだろ」



 服を脱ぎ終わり、お風呂場に行く途中にあった、洗面台の鏡の前を通ったシズクは、鏡に映った自分の姿を見て、足を止めた。



 シズクは、消えろとか言ったら消えたりして。と思うと、消えろ。と言ってみる。



「おおー」



 ぱっと、天使の輪っかと背中の翼とが消えたのを見て、シズクは思わず声を上げた。



「じゃあ、出ろ」



 今度はぱっと輪っかと翼が出現する。



「何これ、すっご」



 シズクは、これならいつもで飛べるじゃん。と思って喜びつつ、お風呂場に入ると、シャワーからお湯を出して、体を洗い始めた。



「ふいー。気持ちよかった」



 シャワーを浴び終わり、着替えも終えたシズクは、部屋に戻ると、そう言ってから、ナノマはどうしているのかな? と思い、ナノマの姿を探すために顔を巡らせる。



「これが千年前の世界の映像ナノマ。実に興味深いナノマ」

  

 独り言を言いながら、テレビの画面をじっと見つめている、ナノマの姿を見付けると、シズクは、あんなに夢中になっちゃって。と思いつつ、だらだらするためのお菓子や飲み物といったセット――だらだらセットを用意し始める。



「冷凍睡眠から起きた時には、部屋の中は、あんまりちゃんと見てなかったんだよね。でも、これは」



 シズクは、部屋の中の様子が、自分が眠る前に生活していた部屋の中の様子と、まったく同じだという事に気が付くと、言葉を途中で止めた。



「シズク。お風呂から出たナノマ? ナノマは、テレビで記録映像を見てたナノマ」



「うん。だらだらセットを用意したら、すぐそっちに行く」



 ナノマの言葉を聞いて、ナノマをさそっておいてよかった。キッテはいないし、ナノマがいなかったら、一人ぼっちになっていたもん。部屋の中を見ていたら、なんていうのか、懐かしいっていうのか、そのせいで寂しいっていうのか、なんか、よく分からない、気持ちになって来たけど、ナノマがいてくれているっていうのがあるから、なんていうか、ちょっと、心強いかも。と思いながら、シズクはナノマに言葉を返す。



「で、何を見ているの?」



 両手で抱くようにして、用意し終わった、だらだらセットを持ったシズクは、ナノマの傍に行くと、テレビの画面に目を向けた。



「これはシズクの成長を記録してる記録映像みたいナノマ。ラベルなどにそう書いてあったナノマ」



「げっ。マジ? それ、どこにあった?」



「テレビの下の棚の中にあったナノマ」



「うっそ。何これ。キッテがあるっていっていたけど、これは、あまりにも、多過ぎる」



 テレビの下の棚には、「シズクの成長記録」と書かれ、ナンバリングされているゲル状記録装置の入った容器が、いくつも並んでいた。



「それにしても不思議ナノマ。この記録映像に映ってる、幼いシズクらしい人物の周囲にある物も、今いるこの部屋の中にある色々な物も、様々な時代の物が入り混じってるナノマ。ゲル状記録装置は、使用されるようになったのが、千年前くらいの物なのに、テレビの方は、それよりもかなり古い物ナノマ」



「ああ。それは、単に、そういうのが流行っていたの。懐古主義かいこしゅぎとかっていっていたかな。古そうに見える物はそういうふうに作っているだけで、見た目だけなんだよ。今、ここにある物は分からないけど、映像の中の物は、どれも全部、そのゲルニカ、えっと、そのゲル状記録装置と同じ時代に作られていた物なんだから」



 大量にある「シズクの成長記録」シリーズをなんとかしなければと考えていたシズクだったが、ナノマの言葉を聞き、そういえば、そういうの流行っていたな。と思うとそう言った



「どうして懐古主義という物が流行ってたナノマ?」



「うーんとね。ええっと、なんだったっけかな。……。そうだ。あの頃は、戦争に向かって行っていたから、なんだって。だから、昔はよかったなーって、皆、そんなふうになっていたらしいよ」



 言葉を出してから、なんだか、やっぱり、これって、昔の事が、懐かしくなって来てしまっていて、寂しくなって来ているのかも知れない。昔の事っていっても、ずっと寝ていたから、昨日の事のような気もするんだけど、なんだか、凄く変な感じ。そんな事を思いながら、シズクは、「シズクの成長記録」が並んでいる棚から、目を転じて、テレビ画面の方を見た。
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