二十五 女王、有翼となりて飛翔する?

文字数 2,414文字

 ナノマが先導するように、シズクの前方をゆっくりと飛び、シズクはその後を追いかけて行く。



 眼下に広がる緑豊かな森は、隙間なく木々が生い茂っていて、繊細に作り込まれた美しい緑色の絨毯ように、シズクには見えていた。



 ナノマの姿を視界の中に入れつつ、移ろい行く森の景色を眺めていると、シズクの腕の中にいる烏が、ごそごそと動き出したので、シズクは烏の方に顔を向けた。



「どうしたの?」



 烏が、シズクの言葉に応えるように、シズクの目を見つめて、かあ。と鳴き、翼をばたばたと動かす。



「そういえば、少し前にも、こんなような事があったけど」



 シズクは言ってから、拳を握っていた手を開くと、止まれ。と言った。



「どうしたナノマ?」



 すぐにナノマが、シズクの傍に来る。



「烏ちゃんが」



 シズクは言い、腕の中で翼を動かしている烏を、ナノマに見せるように体の向きを変えた。



「これは、前の時は、仲間達の事があったから、すぐに仲間達の所へ行きたいのではないのかと、考える事ができたけど、今回は、そうナノマ。今回も、仲間の所に行きたいのかも知れないナノマ」



「仲間達の所に、戻りたくなったって事? でも、戻ったら、また、襲われちゃうかも知れないのに」



「大丈夫ナノマ。もしも、そうなったとしても、ちゃんと、ナノマが守るナノマ。だから、何も心配はいらないナノマ」



「ナノマ。いつもありがとう。……。そうだね。仲間達と一緒にいるのが、この子にとって、一番いいんだもんね。戻れるのなら、戻った方がいい。じゃあ、どうしよっか。ええっと、ここで放して、急に飛べなくって、落っこちちゃったら困るから、一度、下に降りてからこの子を放そう」



 シズクは言ってから、降りろ。と言って、拳を握った手を下に向けた。



 緑が萌える森の木々の、枝々の間を通り抜け、地面に降り立つと、シズクは、烏を地面に降ろす。



 地面の上を歩き回りつつ、きょろきょろと辺りを見回している烏を見つめながら、シズクは、烏ちゃん。好きにしていいんだよ。と思った。



「これは、困ったナノマ」」

 

 烏が、シズクの足元に寄り添うように近付いて、動きを止め、シズクの顔を見上げたのを見て、ナノマが言う。



「うーん。この子は、何がしたかったんだろう」



「シズク。ごめんなさいナノマ。ナノマの考えは的外れだったみたいナノマ」



「ナノマ。ナノマは何も悪くなんだから謝らないで。んん。ちょっと待って。ひょっとしたら、あれかな。抱き方とかが、悪かったとかなのかな」



 シズクは、しゃがんで、烏を抱き上げると、烏の体に当たる腕の位置を、先ほどまでと変えてみた。



「シズク。シズクは優しいナノマ」



「もう。急にどうしたの? そんな事言わないで。なんか、凄く恥ずかしくなるから」



 シズクは言って、顔をぷいっと横に向けた。



 烏がまた、ごそごそと動き出し、翼をばたばたと動かし始める。



「あれ? やっぱり、違ったのかな」



 シズクは、烏を抱く腕の位置を、もう一度、別の位置にずらしてみた。



 少しの間だけ、じっとしていたが、すぐに、烏が、また、ごそごそ動き始める。



「抱き方じゃないみたい」



「これは、まったく、分からないナノマ。どうすればいいんだろうナノマ」



「うん。どうすればいいんだろう」



 シズクは言ってから、地面に一度降ろそう。抱っこしているとこのまま動き続けちゃいそうだもん。と思うと、烏を地面に降ろす。



 地面に降りた烏が、周囲を見回してから、不意に、飛び上がる。



「烏ちゃん」



 シズクは思わず大きな声を出した。



「心配ないナノマ。すぐに追いかけるナノマ」



 ナノマが飛び上がろうとしたが、烏が、シズクを中心にするようして、円を描くように飛び始めたのを見て、飛ぶのをやめる。



「これは?」



 シズクは、自分の周りを旋回する烏を見て、そう言葉を漏らした。



「シズク。飛んでみるナノマ。これは、ひょっとしたら、一緒に飛びたいという事なのかも知れないナノマ」



「一緒に?」



 シズクは、本当にそうだったら、凄く嬉しい。と思うと、空に向かって手を真っ直ぐに伸ばし、拳を握ってから、飛べ。と言った。



 シズクの背中の四対のうちの一対の翼が羽ばたき、シズクの体が浮かび上がって、どんどんと高度が上がって行く。



「凄い凄い。烏ちゃんがついて来る」



 自分の上昇する速度に合わせるようにして、一緒に高度を上げて行く、烏を見て、シズクは喜びの声を上げる。



「シズク。烏と一緒に飛べて、よかったナノマ」



「うん。このまま帰ったら、皆驚くだろうね」



 シズクは、キッテやチュチュやチュチュオネイの、驚く姿を想像して、帰るのが物凄く楽しみになった。



 ナノマが、少し、シズクの前を飛び、シズクと烏は並んで、森の上を滑るようにして飛んで行く。



「よーし。烏ちゃん。ナノマ。競争しよっか?」



「競争ナノマ?」



「うん。えっと、ええっと、この森って、そのうち終わるんでしょ?」



「このままの方向に向かって飛んでいれば、いずれは終わるナノマ。その先には草原が広がっていて、その草原の向こう側に、シズクのいた国があるナノマ」



「じゃあ、森が終わるまで競争」



 シズクはそう言ってから、加速しろ。と言ってみる。



 今までは、地面に立っていたままの、地面に対して足を向けたままの格好で、飛んでいたシズクの体が、徐々に背中にある翼に引っ張れるようにして、角度を変えて行き、シズクの体は、いつしか、地面に対してうつ伏せになっているような、地面に対して平行になっているような格好になった。



「シズク。待つナノマ。負けないナノマ」



 ナノマが言って、加速を始める。



「かあかあ!!」



 烏が鳴いて、烏も加速を始めた。



「もっともっと速く。ナノマと烏ちゃんに負けなくらいに」



 追い付いて来たナノマと烏を見たシズクは、笑いながら大きな声で言った。
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