三十七 カレル

文字数 1,810文字

 シズクは、AIの表情を見て、心が引き込まれるような、心がざわつくような、なんともいえない、不思議な感覚を覚えた。



「キッテ。シラクラシズクとわたくしだけで、話をしたいのだけれど、いいかしら?」



 ふいっと、キッテの方に顔を向け、AIが言う。



「すまないが、それは駄目だ。シズクとお前とを二人きりにはさせられない」



「キッテ。いいの。大丈夫」



 シズクは、AIの顔を見つめたまま言った。



「シズク」



 キッテが言いながらシズクの顔をじっと見つめる。



「そんな事は許さないむ。二人きりなんて絶対に駄目むぅぅぅぅ」



 チュチュが、シズクとAIとの間に走りこんで来て、大きな声で言った。

「チュチュ」



 シズクは、踏んじゃったら危ないじゃない。と思うと、しゃがんでチュチュを片手の掌の上に乗せる。



「この手の温もり~、久し振りむぅぅぅ」



 チュチュが言い、服を脱ごうとし始めた。



「それはいいから。そんな事より、踏んだりしちゃうかも知れないんだから、いきなり足元に走って来ちゃ駄目」



「はあはあ。女王様が心配してくれてるむぅぅぅ。はあはあ」



 チュチュが、頬を上気させ、上目遣いにシズクを見て、体をくねくねと動かした。



「チュチュ汁出したら、国の外に向かってぶん投げるから」



 シズクは、チュチュに蔑さげすむような目を向けると、酷く冷たい声で言う。



「がびーんむぅぅ」



 チュチュが、何かしらの攻撃でも受けたかのようによろけてから、がっくりと頭を垂れて、シズクの掌の上に片膝を突く。



「まったく。チュチュは相変わらずシズクの事が大好きだな」

 

 キッテが笑いつつ言ってから、周囲を見るように顔を動かした。 



「ん? そういえば、烏ちゃんはどうしたんだ? さっきはチュチュと一緒にいたのに、今は、姿が見えないようだが」



「カラスちゃんなら、団員を二人乗せて、飛んで行ってますめ」



猫に乗ったチュチュオネイが、シズクの傍に来て言う。



「それって、猫ちゃん達みたいに、烏ちゃんも団員になったって事?」

 

「それはいい考えですめ。帰って来たら、烏ちゃんに正式に団員になってもらいますめ。空から監視ができるようになれば、国防がかなり楽になるはずですめ」



 チュチュオネイが言って、嬉しそうに微笑んだ。



「こらこら。貴方達。駄目ですわ。わたくしは、シラクラシズクとわたしくだけで、話をしたいのですのよ。チュチュも、チュチュオネイも、どうして、こっちに来てしまったのですの?」



 AIが、不満そうな、責めるような、声を出す。



「二人きりは駄目だと言ってるむぅ。カレルが女王様を狙ってる事は前から知ってたむぅ。この泥棒カレルめむぅ」



 チュチュがしゃっと立ち上がり、片方の手を伸ばして、AIを指差すと、猛烈な勢いで言った。



「カレル?」



シズクは言い、チュチュに目を向けた。



「わたくし、この世界の人達には、わたくしの事を、カレル。と呼ぶようにと言ってますの」



 AI改めカレルがそう言った。



「そう、なんだ」



 シズクは、カレルの方を見ると、なんか、ちょっと格好いい名前かも。でも、どうしてカレルっていうんだろう。それと、私もそう呼んでもいいのかな? と思う。



「カレルっていう名はな。昔の小説家の名前からとってるんだ。今でこそ、この世界を管理するという仕事をしてるが、元々は、カレルは、いや、このAIは、小説を書くために作られたAIだったんだ」



「凄い。どんな物を書いていたの?」



 シズクはキッテの言葉に飛び付いた。



「大した物はないですわ。わたくしも、わたくしの書いた小説も、体裁ていさいだけが整ってる、ただの量産品ですわ」



 カレルが、どこか、寂しそうな顔になって言う。



 シズクは、その顔を見て、さっきもそうだったけど、あんなふうな顔なのに、表情が変わっているのがちゃんと分かる。そういう事ができるのに、どうして、あんなふうな顔と体なんだろう。もっと、ちゃんと作ればいいのに。と思った。



「どうしましたの? そんなにわたくしの顔をじっと見つめて」



 カレルが、左右で大きさの違う、目であろうと思われる、レンズのような物で、シズクの目をじっと見つめて言う。



「え? いえ、あの、その」



 シズクは、顔を俯けた。



「またそんな反応ですの? 何かあるのなら、なんでも、遠慮をしないで言っていいのですのよ」



 カレルが、優しい声音になって、そう言った。
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