四十七 出発できず

文字数 2,525文字

 チュチュが、あ~っと声を上げ、座席の上に寝転ぶと、ごろごろと転がり始める。



「はい? 何? どうして? チュチュちゃん?」



 ナノマが驚いた様子で声を上げる。 



「これは、まずい事になったむぅぅぅぅ。チュチュ汁が〜、チュチュ汁が出ちゃったむぅぅぅぅ」



 チュチュ汁が座席の上に撒き散らされ、チュチュが転がりながら、至極悪そうな顔で、にやりと笑った。 



「うわっ。チュチュ。なんて、恐ろしい」



 シズクは思わず言葉を漏らす。  



「これは、このままでは、座席が一つ使えませんわ」



 カレルが、心底困ったような表情を、顔に浮かべた。



「ごめんないめ。チュチュ。また、そんな事をしてめ。皆が困ってるめ。バカな事はやめて、すぐに汚した所を拭きなさいめ」



 チュチュオネイが、皆に向かって頭を下げながら言う。



「チュチュオネイは悪くないですわ。悪いのはチュチュですわ。だから、チュチュオネイは謝らなくていいのですわ」



「チュチュ。喧嘩はよくないぞ」



 カレルの言葉に続けるようにして、キッテが言った。



「これは、喧嘩なんかじゃないむぅぅぅ。これは、女王様を賭けた、女と女の戦いむぅぅぅぅ」



 チュチュが叫び、一層激しくチュチュ汁を撒き散らす。



「チュ、チュチュ汁が付いた所が、なんか、べたべたするナノマ。ねちょねちょするナノマ」



 ナノマが悲鳴のような声を上げた。



「ぐへへへっへむぅぅぅ。ナノマ~。女王様を諦めると言えむぅぅぅ。そうしないと、チュチュの体の中にあるチュチュ汁を、全部ここにぶち撒き散らしてやるむぅぅぅ」



 チュチュが立ち上がり、狂気じみた笑い声を上げながら叫ぶ。



「いや~。やめて~ナノマ~。でも、でも、でも、シズクの事は、シズクの事は、諦められないナノマ~」



 ナノマが悲痛な声で叫ぶ。



「お、おい。ちょっと、お前達。落ち着け。とりあえず、落ち着こう、な?」



 キッテが、二人の迫力に気圧けおされたのか、ちょっと、引き気味になりつつ、そう言った。



「チュチュは落ち着いてるむぅぅぅ。いたって冷静むぅぅぅぅ。いくらキッテ様でも、これ以上は、邪魔をしないで欲しいむぅぅぅぅ」



「ナノマは頑張るナノマ。シズクのために頑張るナノマ。ナノマは頑張るナノマ。シズクのために頑張るナノマ」



 チュチュが目を血走らせながら叫び、ナノマが自分自身に言い聞かせるように、小さな声で、ぶつぶつと、同じ言葉を繰り返す。



「いや、これは、シズク。これ、どうする? 俺は、もう、なんだか、どうしていいのか、分からなくなって来た」



 キッテが、言ってから、深い溜息を吐いた。



「私に言われても。私だって、どうすればいいか分かんない」



「そうだむぅ。いい事を思い付いてしまったむぅぅぅぅ。女王様が選ぶむぅぅぅぅ。チュチュかナノマか、どっちがいいか選ぶむぅぅぅぅ」



 チュチュが、目をぎらぎらと光らせつつ、そう言った。



「シズク。そうして欲しいナノマ。シズクが決めた事ならナノマはなんでも従うナノマ。だから、シズクが、ナノマの事を、嫌いだと、言っても、言っても、頑張って納得するナノマ〜」



 ナノマが言い終えると、かわいい顔をくしゃくしゃにして、泣き出し始める。



「ちょっとキッテ。キッテが変な事言うから、なんか面倒臭くなったじゃん」



「面倒臭いむ? 女王様、それは、酷いむぅぅぅぅ」



「シズク。それは、それは、流石さすがに酷いよナノマ。もう、ナノマは、もう、死ぬナノマ。ナノマなんていない方がいいんだナノマ〜」



 シズクは、うわ~。もう、これ、本当に、どうするの? と思い、途方に暮れる。



「じゃ、じゃあ、チュチュも死ぬむぅぅぅ。女王様の愛が得られないなら、死んでやるむぅぅぅ」



 チュチュが、今までで、最も激しく、チュチュ汁を撒き散らす。



「シラクラシズク。こうなったら、なんでもいいから、どっちもでもいいから、選ぶのですわ。チュチュ。ナノマ。二人とも、シラクラシズクが選んだら、その事に関して、一切文句を言っては駄目ですわ。それと、自暴自棄になっても駄目ですわ。シズクの決断をしっかりと受け止めて、ちゃんとこれから生きて行くのですわ。それでいいですわね?」



「分かったむぅぅぅ。それでいいむぅぅぅ」



 チュチュが大きく頷いた。



「ナノマもそれでいいナノマ。シズク。さあ、どっちかを選ぶナノマ」



 ナノマが泣き止むと、静かだが、強い意志のこもったような声で言う。



「え〜? ちょっと、私、嫌だよ〜。どっちかなんて決められるわけないじゃん。面倒臭いなんて言って悪かったから、そういうのは許して」



 シズクは、心底困り果てながら、言葉を出した。



「むぅぅぅぅ。それじゃ駄目むぅぅ。決めてくれないなら、やっぱり、今すぐ死ぬむぅぅぅ」



 シズクの言葉を聞いたチュチュが、唸るように言う。



「シズク……。お願いナノマ。選んでナノマ。ナノマも、選んでくれないと、死ぬナノマ」



 ナノマが消え入るような声で言う。

 

「もう~。どうなっても知らないからね」

 

 シズクは考え込み始める。



「ごめん。駄目だ。やっぱり、どっちかなんて選べない」



 しばらくの間、必死になって、考えてみたが、やっぱり選べない。と思うと、シズクは、チュチュとナノマに向けてそう言った。



「むぅぅぅぅ。むぅぅぅぅん。女王様が、一生懸命考えてる姿を見てたら、なんか、女王様を苦しめてるような気がして来たむ。だから、もう、しょうがないむぅぅぅぅ。選ばなくっても、いいむぅぅぅ」



 チュチュが、とても、難しそうな顔をしながら言う。



「ナノマも、ナノマも、それで、いいナノマ。シズクがナノマの事で、悩む姿は、もう、見たくないナノマ」



 ナノマが言い、ぎこちないが、優しい笑みを顔に浮かべた。



「いいの? 本当に?」



 あ〜、もう、一時はどうなる事かと思ったけど、とりあえずよかった。でも、これから大丈夫なのかな? なんか、こんな事思ったら悪いとは思うけど、二人の気持ちが重いんだよな。いつか、また、本気で告白とかされたりしたらどうしよう? などと思いつつ、シズクは、じいーっと、二人の顔を交互に見つめてから、言葉を出した。
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