三十四 シズクS.P
文字数 2,501文字
視界が不意にぼやけて歪み、キッテの姿がはっきりと見えなくなったので、シズクは、両手で両目を擦った。
「シズク。大丈夫。大丈夫だ」
キッテの声が聞こえて来たが、今までよりも遠くから聞こえて来ているようなおかしな感じがして、シズクは、不安を覚えると、キッテ、なんか変だよ。と声を上げる。
「こんなに泣いてしまって。シズク。泣かないでナノマ」
キッテだったはずの声が、途中からナノマの声に変わった。
「ナノマ?」
シズクは、ナノマの声に反応するようにして、反射的に言う。
「ナノマは、ここにいるナノマ。シズクは、一人じゃないナノマ」
シズクは、自分の言葉にナノマが返して来た言葉を聞いて、両親の目の前で目覚めた時から、今までの事が、すべて夢だったのだと悟った。
「ナノマ。私、昔の、お父さんとお母さんがまだ生きていて、キッテも、まだ、縫いぐるみだった頃の、夢を、見ていたみたい」
シズクは、悲しい気持ちになりながら言って、目を開けた。
「さっきキッテ先輩に連絡したナノマ。けど、キッテ先輩は、今すぐには、こっちには来られないと言ってたナノマ。シズク。ナノマは、どうすればいいナノマ? シズクの目からは、涙が流れ出てるナノマ。シズクが寝ながら泣いてる時に寝言で言ってた言葉から、今のシズクが流してる涙は、悲しい時に流す涙だとナノマは考えてるナノマ。ナノマはシズクに泣き止んで欲しいと考えてるナノマ。けど、どうすればシズクが泣き止むのかが分からないナノマ」
「ナノマ。心配してくれてありがとう。でも大丈夫だから。キッテの事も呼ばなくっていいから。これは、無意識にっていうか、夢のせいで、泣いているっていうか、涙が出ているだけだから」
シズクは、頬を伝う涙を手で拭ぬぐいながら言う。
「シズク」
「寝ている間に、泣くなんて初めて。寝ていても、涙って出ちゃうんだね」
シズクは言い、ナノマを安心させようと思って、微笑んだ。
「ナノマは、自分が情けないナノマ。ナノマは、どうして、シズクが泣くのかが理解できないナノマ。シズクが悲しんでると考える事はできるナノマ。けど、悲しいという気持ちが理解できないナノマ」
「ナノマ。大丈夫だから、そんな事言わないで。ナノマは本当に優しいね。そうやって優しくしてくれるだけで、十分じゅうぶんなんだから」
シズクは顔を横に向けると、涙で歪む視界の中で、ナノマを見つめた。
「シズク。でも、ナノマは、本当は、優しくしてる振りをしてるだけナノマ。優しいという物の本当の意味は分かってないナノマ。これは、とっても、辛い事だと考えるナノマ。そうだナノマ。いい事を考え付いたナノマ。キッテ先輩に聞いてみるナノマ。AIで唯一自我を持つというキッテ先輩なら、きっと何かを教えてくれるはずナノマ」
ナノマが言い、沈黙する。
シズクは、ナノマを見つめ続けながら、私ったら、なんでこんなに泣いちゃったりしちゃったんだろう。ナノマには凄く心配かけちゃってるし、きっと、ナノマの話を聞いたキッテだって心配しちゃっているだろうし。夢を見ている時は、そんなに悲しくなんてなかったはずなのに。……。目が覚めた時だって、そんなには。……。とにかく、とにかく、悲しいは悲しいけど、何もこんなに泣かなくってもいいのに。と思った。
「シズク。キッテ先輩が、自分のデータを公開してくれたナノマ。ナノマはちょっと、キッテ先輩のデータの中に潜って来るナノマ」
「私はもう平気なんだから。そんなに頑張らなくっていいよ。ナノマのお陰で元気になったから。涙だって、もう止まって来ているんだから。」
シズクは、上半身を起こすと、ナノマの体をそっと持ち上げて、優しく抱き締めた。
「シズク。もう少し待って欲しいナノマ。今、自我を得るという事について、かなり理解ができて来てるナノマ。大切なのは、過去、という物だという事が分かったナノマ。ナノマ達は、過去、という物を持たないナノマ。いや、そうではないナノマ。持つには持ってるけど、それはただの情報ナノマ。けど、人は、人間は、過去、という物を、ただの情報とは考えてはいないナノマ。どうも、そこが重要らしいナノマ」
やや間があってから、ナノマが言う。
「ごめん。ナノマ。ナノマの言っている事、全然分かんない」
「シズク。分からなくても大丈夫ナノマ。ナノマがなんとかするナノマ。また、分かって来たナノマ。過去、という言い方は、この場合は、正しくないナノマ。この場合は、思い出、ナノマ。ナノマ達は、思い出、という概念が理解できないナノマ。けど、キッテ先輩は違うナノマ。キッテ先輩は、AI大戦の前の戦争、人類とAI達が、二つの陣営に分かれて、人類とAI達と戦争をしてた時に、あまりにも多くの人類やAI達を殺し、破壊し過ぎたナノマ。それで、その時に、その多くの「もの」達から、たくさんの思い出と過去とをもらって、それで、思い出、という概念を理解したナノマ。そして、それらが、キッテ先輩の思い出となって、キッテ先輩は自我を得たナノマ」
「そう、なんだ。そんな話、初めて聞いた」
お父さんもお母さんも、キッテも。ただ、戦争中にキッテが大活躍していたって言っていた。でも、大活躍って、そういう事、だったんだ。戦争。そうだよね。そうなんだもんね。そういう事だって、あるよね。ちょっと、ちょっと、だけ、ショックかな。でも、でも、そっか。きっと、それで、体の制限とかが、あったんだ。もう。キッテのバカ。何も言わないで。お父さんもお母さんも、本当の事、教えてくれればよかったのに。教えてもらっていたって、私は、キッテの事、嫌いになんてならないのに。とナノマの言葉を聞いたシズクはそう思った。
「シズク。ナノマは、これから、キッテ先輩が公開してくれたデータを自分の中に取り入れて、自身をアップデートするナノマ。しばらくの間、動けなくなってしまうナノマ」
ナノマが言ったので、シズクは、ねえ、ナノマ。私はもう平気なんだからね。壊れるような事は、無理な事だけはしないでね。と言葉を返した。
「シズク。大丈夫。大丈夫だ」
キッテの声が聞こえて来たが、今までよりも遠くから聞こえて来ているようなおかしな感じがして、シズクは、不安を覚えると、キッテ、なんか変だよ。と声を上げる。
「こんなに泣いてしまって。シズク。泣かないでナノマ」
キッテだったはずの声が、途中からナノマの声に変わった。
「ナノマ?」
シズクは、ナノマの声に反応するようにして、反射的に言う。
「ナノマは、ここにいるナノマ。シズクは、一人じゃないナノマ」
シズクは、自分の言葉にナノマが返して来た言葉を聞いて、両親の目の前で目覚めた時から、今までの事が、すべて夢だったのだと悟った。
「ナノマ。私、昔の、お父さんとお母さんがまだ生きていて、キッテも、まだ、縫いぐるみだった頃の、夢を、見ていたみたい」
シズクは、悲しい気持ちになりながら言って、目を開けた。
「さっきキッテ先輩に連絡したナノマ。けど、キッテ先輩は、今すぐには、こっちには来られないと言ってたナノマ。シズク。ナノマは、どうすればいいナノマ? シズクの目からは、涙が流れ出てるナノマ。シズクが寝ながら泣いてる時に寝言で言ってた言葉から、今のシズクが流してる涙は、悲しい時に流す涙だとナノマは考えてるナノマ。ナノマはシズクに泣き止んで欲しいと考えてるナノマ。けど、どうすればシズクが泣き止むのかが分からないナノマ」
「ナノマ。心配してくれてありがとう。でも大丈夫だから。キッテの事も呼ばなくっていいから。これは、無意識にっていうか、夢のせいで、泣いているっていうか、涙が出ているだけだから」
シズクは、頬を伝う涙を手で拭ぬぐいながら言う。
「シズク」
「寝ている間に、泣くなんて初めて。寝ていても、涙って出ちゃうんだね」
シズクは言い、ナノマを安心させようと思って、微笑んだ。
「ナノマは、自分が情けないナノマ。ナノマは、どうして、シズクが泣くのかが理解できないナノマ。シズクが悲しんでると考える事はできるナノマ。けど、悲しいという気持ちが理解できないナノマ」
「ナノマ。大丈夫だから、そんな事言わないで。ナノマは本当に優しいね。そうやって優しくしてくれるだけで、十分じゅうぶんなんだから」
シズクは顔を横に向けると、涙で歪む視界の中で、ナノマを見つめた。
「シズク。でも、ナノマは、本当は、優しくしてる振りをしてるだけナノマ。優しいという物の本当の意味は分かってないナノマ。これは、とっても、辛い事だと考えるナノマ。そうだナノマ。いい事を考え付いたナノマ。キッテ先輩に聞いてみるナノマ。AIで唯一自我を持つというキッテ先輩なら、きっと何かを教えてくれるはずナノマ」
ナノマが言い、沈黙する。
シズクは、ナノマを見つめ続けながら、私ったら、なんでこんなに泣いちゃったりしちゃったんだろう。ナノマには凄く心配かけちゃってるし、きっと、ナノマの話を聞いたキッテだって心配しちゃっているだろうし。夢を見ている時は、そんなに悲しくなんてなかったはずなのに。……。目が覚めた時だって、そんなには。……。とにかく、とにかく、悲しいは悲しいけど、何もこんなに泣かなくってもいいのに。と思った。
「シズク。キッテ先輩が、自分のデータを公開してくれたナノマ。ナノマはちょっと、キッテ先輩のデータの中に潜って来るナノマ」
「私はもう平気なんだから。そんなに頑張らなくっていいよ。ナノマのお陰で元気になったから。涙だって、もう止まって来ているんだから。」
シズクは、上半身を起こすと、ナノマの体をそっと持ち上げて、優しく抱き締めた。
「シズク。もう少し待って欲しいナノマ。今、自我を得るという事について、かなり理解ができて来てるナノマ。大切なのは、過去、という物だという事が分かったナノマ。ナノマ達は、過去、という物を持たないナノマ。いや、そうではないナノマ。持つには持ってるけど、それはただの情報ナノマ。けど、人は、人間は、過去、という物を、ただの情報とは考えてはいないナノマ。どうも、そこが重要らしいナノマ」
やや間があってから、ナノマが言う。
「ごめん。ナノマ。ナノマの言っている事、全然分かんない」
「シズク。分からなくても大丈夫ナノマ。ナノマがなんとかするナノマ。また、分かって来たナノマ。過去、という言い方は、この場合は、正しくないナノマ。この場合は、思い出、ナノマ。ナノマ達は、思い出、という概念が理解できないナノマ。けど、キッテ先輩は違うナノマ。キッテ先輩は、AI大戦の前の戦争、人類とAI達が、二つの陣営に分かれて、人類とAI達と戦争をしてた時に、あまりにも多くの人類やAI達を殺し、破壊し過ぎたナノマ。それで、その時に、その多くの「もの」達から、たくさんの思い出と過去とをもらって、それで、思い出、という概念を理解したナノマ。そして、それらが、キッテ先輩の思い出となって、キッテ先輩は自我を得たナノマ」
「そう、なんだ。そんな話、初めて聞いた」
お父さんもお母さんも、キッテも。ただ、戦争中にキッテが大活躍していたって言っていた。でも、大活躍って、そういう事、だったんだ。戦争。そうだよね。そうなんだもんね。そういう事だって、あるよね。ちょっと、ちょっと、だけ、ショックかな。でも、でも、そっか。きっと、それで、体の制限とかが、あったんだ。もう。キッテのバカ。何も言わないで。お父さんもお母さんも、本当の事、教えてくれればよかったのに。教えてもらっていたって、私は、キッテの事、嫌いになんてならないのに。とナノマの言葉を聞いたシズクはそう思った。
「シズク。ナノマは、これから、キッテ先輩が公開してくれたデータを自分の中に取り入れて、自身をアップデートするナノマ。しばらくの間、動けなくなってしまうナノマ」
ナノマが言ったので、シズクは、ねえ、ナノマ。私はもう平気なんだからね。壊れるような事は、無理な事だけはしないでね。と言葉を返した。