二十三 女王、天使になる?

文字数 2,856文字

 烏達が、シズクの声をかき消そうとするかのように、一斉に鳴き始め、鳴き声の圧力が、森の中に広がって行く。シズクは、言い知れぬ恐怖のような物を、感じ始めたが、すぐに、もう、うるさいな。と思い、その言い知れぬ恐怖のような物を振り払った。



「これじゃ話もできないナノマ」



 ナノマが言うと、緑色の霧のような物が、シズクの周りに出現し、縦に長細いドームのような形状になって、シズクの体を包み込む。



「シズク。これでもう鳴き声は聞こえないナノマ」



「ナノマ。ありがとう」



 シズクは、自分を包むドームを通して見える、ナノマの顔をじっと見つめ、ナノマは頼もしいな。と思う。



「シズク。烏達が鳴いてたようだが大丈夫か?」



 キッテの声が、耳元にある緑色の雲のような物から、聞こえて来る。



「キッテ、まだいたの?」



 シズクは冷たく言い放った。



「シ、シズク?! そ、そんな冷たい」



「ナノマ。もうキッテとは話す事はないから、これ片付けて」

 

「消しちゃっていいナノマ?」



「うん。いいから消して」



「お、おい。シズク。話す事はあるぞ。シズク」



 キッテがまだ何かを言っていたが、緑色の雲のような物が消えると、キッテの声も聞こえなくなった。



「キッテ先輩が、少しかわいそうナノマ」



「そう? キッテが悪いんだからいいよ」



シズクは言ってから、でも、確かに、ナノマの言う通りかも。帰ったら、少しだけ、キッテに優しくしてあげようかな。と思う。



「シズク。それで、これからどうするナノマ? 烏にどんな仕返しをするナノマ?」



「そうだった。どうしてくれよう。この子もいじめられてたし、がつんと」



 シズクは言って、腕の中にいる烏に目を向けた。シズクの視線に何かを感じたのか、烏が、じっと、シズクの目を見つめて来る。



「シズク。仕返しの事じゃないけど、いい事を考え付いたナノマ。この子はシズクにちゃんと懐いてるみたいナノマ。烏は人と一緒に暮らす事もできるらしいナノマ。データベースがそう言ってたナノマ。シズクがこの子を飼うというのはどうナノマ?」



「私がこの子を?」



 動物なんて、飼った事はないけど、私がこの子を飼えば、とりあえず、仲間の所には返せないけど、この子が寂しい思いをする事はないのかも。……。でも、駄目だ。まだ、この子を仲間の所に返すために何もやってない。仕返しなんて言っている場合じゃなかった。烏ちゃんの事を優先しなきゃ。シズクはそう思うと、木々の枝にとまっている烏達の方を見る。



「仕返しは、今は、とりあえず我慢して、この子の事をやらないと駄目だったね。ナノマのその飼うっていうアイディアは、いいと思う。でも、その前に、何か、そうだな。ええっと、うーんっと、何も、いい方法が思い付かないけど、もう、こうなったら、この子をこの子の仲間の所まで、連れて行ってみよっか」



「それは、できるけど、ちょっと、待って欲しいナノマ」



「やっぱり、そんな事をしても、意味ないかな」



 ナノマの言葉を聞いて、シズクは、ナノマは、反対なのかな。そうだよね。そもそもこんな事をしても、上にいる烏達が、逃げちゃうだけだもんね。と思いながら、言葉を返した。



「シズク。誤解しないで欲しいナノマ。意味があるかないかは、やってみないと分からないナノマ。今、ちょっと待って欲しいと言ったのは、どうすれば効率よくシズクを守る事ができるのかと考えたからナノマ。シズクを包んでみて、こういう方法もいいかも知れないと考えたナノマ。けど、もう、烏も鳴き止んでるから、ここまでする事もないと考えたナノマ。でも、あの数の烏の中に行くとなると、いつもみたいに、何かがあった時にだけ、塊を作って、シズクを守るという方法だと危険かも知れないと考えたナノマ。けど、どうすればいいのかが、まだ決められないナノマ。そうだナノマ。また、データベースに聞いてみるナノマ」



 ナノマが言い、沈黙する。



 シズクは、腕の中にいる烏の顔に、再び、目を向けた。烏も、また、シズクの顔を見つめて来る。



「烏ちゃん。ナノマが頑張ってくれている。だから、ナノマと私と一緒に、仲間の所に戻ってみよう」



 シズクは、自分の顔を見つめて来た、烏に向かって言った。



「シズク。よさそうな物を見付けたナノマ」



 ナノマが言うと、ドームが消えて、シズクの背中に、シズクの背丈と同じくらいの長さの、大きな緑色の翼が生え、シズクの頭の上に、緑色の輪っかのような物が出現した。



「これって、天使?」



「正解ナノマ。天使という物の真似をしたナノマ。この形状なら、何かあっても、すぐに、狙われやすい背後や、人体で最も大事だといわれてる部位である、頭部を守れるナノマ。もちろん、全身の守りの事も考えてるナノマ。背中の翼は、シズクの全身を守る盾にもなるナノマ」



 シズクは、頭の上に浮かんでいる輪っかを見つめ、天使。うーん。天使か。ナノマの言っている事は、私のためで、それで、凄くいい事だっていう事は分かるんだけど、なんか、これ、この格好って、恥ずかしいん、だけどな。なんか、別の格好はなかったのかな。このままの姿で、ずっといる事に、私、我慢できるかな。などと考え込み始めてしまう。



「シズク? どうしたナノマ?」



「あ、え、ええっと、ごめん。なんでもない。て、天使って、なんか、いいよね」



 シズクは、咄嗟とっさに、でも、折角ナノマがいいと思ってやってくれたんだから。と思うと、そう言った。



「気に入ってくれてよかったナノマ。他にも候補があったけど、シズクには、これが一番似合うと考えたナノマ。昔、キッテ先輩が言ってたナノマ。シズクは、天使のような子なんだってナノマ」



「私が天使?」



「そう言ってたナノマ。理由を聞いたら、恥ずかしい事を言ってしまった。とかなんとか言って、教えてくれなかったけどナノマ」



「キッテ」



 シズクは呟き、もう。嬉しいけど、余計な事言って。と、顔を、ちょっと、綻ばせながら思った。



「では、シズク。移動を開始するナノマ。まずは、飛べ。と言いながら、手を行きたい方向に向けるナノマ。それで、シズクは飛ぶ事ができるナノマ。誤作動を防止する為に、言葉と手の仕草の二つで、シズクは指示を出すナノマ」



「私、飛べるの?」



「飛べるナノマ。飛べと言って、手を上に向けるナノマ。それで上昇するナノマ。曲がりたい時は曲がりたい方向を言いながら、手を曲がりたい方向に向けるナノマ。止まりたい時は、……。そうナノマ。動きたい時は拳を握った手で指示するナノマ。止まりたい時は手を開くナノマ。手を開いて、止まれというナノマ」



「ええっと、言いながら、拳を握って、手を向ける。止まりたい時は、手を開きながら、止まれっていう。降りる時は?」



「降りる時は、降りるために動くから、拳を握った手を、降りたい方向に向けながら、下とか、降りろとか、言えばいいナノマ」



 シズクは、なんだか、難しそう。私にできるかな? と思いながら、顔を上に向けた。
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