六十九 突入

文字数 2,061文字

 烏達が鳴きながら、月世界人類の周りに集まり、じっと月世界人類を見つめるような仕草をし始める。



「わ、笑わせるのだ。動物達がそんな事を考えるはずがないのだ。全然怖くなんてないのだ」



「そういう軽口は嫌いだかー。それに信じなくてもいいかー。今すぐに立ち去れかー」



 シズクの肩にとまっていた烏ちゃんが言い、シズクの肩から飛び立つと、月世界人類の頭の上にとまった。



「うわっ。頭の上に、なのだ。凄い。烏にとまられたのだ」



 月世界人類が妙に高い裏返ったような声を出した。



「もう、こうなったらしょうがないにゃ。おい。月世界人類。キッテ達を動けるようにしろにゃ。そうしないともっと動物達を、集めるにゃ」



 ミーケが言って、ナノマが変身している、戦闘機の方に目を向ける。



「それは無理なのだ。そんな事したらこれ達は負けてしまうのだ」



「キッテ達を動けるようにするのはいいアイディアだかー。月世界人類。嫌だと言うなら、力ずくで言う事を聞いてもらうしかないかー」



 烏ちゃんが言うと、月世界人類の周りにいた烏達が一斉に飛び立ち、月世界人類の体を覆うように、月世界人類の体のとまる事ができる、ありとあらゆる場所の上にとまった。



「こ、これは凄いのだー」



 また月世界人類が、妙に高い裏返ったような声を上げる。



「お前が着てる防護スーツと、烏の嘴との勝負だかー。どちらかが壊れるまで突くのをやめないかー」



 烏ちゃんが言うと、月世界人類の上にとまっていた烏達が、一斉に月世界人類の着ている防護スーツを突き始めた。



「烏ちゃん。やめて。そんな事をして、皆が怪我をしたらどうするの?」



「そんな事は、もう、考えてないかー。これは、命を懸けた戦いなんだかー。動物達は、もう誰にも屈しないんだかー」



 烏ちゃんが言って、激しく、自分がとまっている足元、月世界人類が身に着けている防護スーツの頭の部分を、突き始める。



「シズク。ミーケを放すにゃ。この土地に住んでる大型の動物を連れて来るにゃ。烏達だけじゃ、きっと、やれてしまうにゃ」



「ミーケ。そんな事より、烏ちゃん達をとめて」



「とめる事ができるとしても、それは、できない相談だにゃ。こうなってしまった以上は、もうやるしかないんだにゃ」



「ミーケ。女王様の言う事を聞いて欲しいめ。さっきまでは、チュチュオネイの言う事を聞いてくれてため」



「こんなふうになってしまっては、もう無理なんだにゃ。動物達が、こんなふうに知性を得てると知られてしまったんだにゃ。人類と動物は、その関係性を見直さなければいけなくなってしまうんだにゃ。だから今までと同じように接する事はできないにゃ」



「私達とも、戦ったりしたり、するっていう事?」



 シズクは恐る恐る聞いてみた。



「それは、そっちの、態度次第だにゃ。今までの関係と同じような関係が続けばいいとは思うにゃ。けれど、ミーケ達がこんなふうにしゃべったり、物事をあれやこれやと考えてると知ったら、人類やAIはどう思うと思うにゃ?」



 ミーケが、じっと、シズクの目を、探るような目で、見つめた。



「何も、変わらないと、思う。……。違う。もっと、今までよりも、もっと、仲良くなれると思う」



「シズク」



 ミーケが、驚いたような顔をしながら、呟くように言った。



「やめるのだ。これ以上やるなら、こっちにも考えがあるのだ」



 月世界人類が言い、体にとまっている烏達を、振り払おうとする。



「無駄だかー」



 烏ちゃんが月世界人類の頭の上から飛び立つと、他の烏達も一斉に飛び立ち、今度は、振り払おうとする月世界人類の手を、飛んで避けながら、月世界人類を突き始めた。



「動物達を傷付けるのは不本意なのだ。でも、こうなったら仕方がないのだ。できるだけ傷付けないで制圧できるような武器を出すのだ」



 月世界人類が言って、烏達を振り払おうとしていた手を、自身のお腹の辺りに持っていって、何やら、防護スーツをいじりはじめる。



 不意に、空の上、月世界人類が乗っていた、母船の方から、低く重々しい大きな音が聞こえて来た。



「今度は何?」



 シズクは空を見上げた。



「帰還命令が出てしまったのだ。一時退却なのだ。このまま帰るのはとっても残念なのだ」

 

 至極、悲しそうな悔しそうな、口調になって、月世界人類が言った。



「もう二度と来るなかー」



 烏ちゃんが突くのをやめて言うと、他の烏達も突くのをやめる。



「作戦の変更に関する会議をするらしいから、それが終わったらまた来るのだ。今、そういう連絡が来たのだ」



 月世界人類が、そこまで言って一度言葉を切ってから、必ずまた来るのだ。その時までお別れなのだ。と言い、母船の方を見上げた。



「あそこに帰るつもりかかー」



 烏ちゃんが言って、母船の方に向かって飛んで行くと、烏達の集団が、その後に続き、烏ちゃんと烏の集団とが、母船の下に開いていた穴の中に入って行ってしまう。



「烏ちゃん? 何をやっているの? 戻って来て」



 シズクは、大きな声で叫んだ。
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