五十九 とある未来

文字数 2,414文字

 泣き止まないナノマに戸惑いながら、もう。ナノマったら、どんな未来を見たんだろう? 私がいなくなるとかって言ってた。……。そりゃそうだよ。私の方が、ナノマよりも。……。そっか。ナノマだけじゃないんだ。私は、キッテとかカレルとか、皆よりも、早くいなくなっちゃうんだ。あ。でも、チュチュとチュチュオネイは、どうなんだろう? あう。チュチュとチュチュオネイだって、私と一緒だ。キッテ達とは違う。何かあったら、いついなくなっちゃうのか分からないんだ。お父さんとかお母さんとかの時の事もあるし。駄目だ。なんだか、私も悲しくなって来たかも。シズクは、そんな事を思うと、目が涙で潤んで来るのを感じた。



「おいおいー。ナノマだけじゃなくって、シズクもか。どうしたー? ナノマにあてられたか?」



 キッテが傍に来て、ナノマとシズクの頭をぽふぽふと、優しくそっと叩く。



「だって。私、皆よりも、先に、死んじゃうって思ったら。なんだか、悲しくなって来ちゃって。お父さんとお母さんの時なんて、千年前の時なんて、誰とも、お別れすらもできなかった」



「うわーん。チュチュもむぅぅぅぅー。女王様と離れ離れになると思ったら、悲しくなって来たむぅぅぅ」



 チュチュが一瞬で脱衣すると、声を上げつつ、ごろごろと転がり始めた。



「皆して泣いちゃったダノマ。どうするんだこれダノマ。ソーサ。こんな未来も予知してたのかダノマ?」



「予知していましたよ。ですから」



 ソーサが言葉を切って、両目をごしごしと、両手で擦る。



「それはなんの真似だダノマ?」



「我も泣きそうになっているのです」



「はい? 未来予知をしてるんだよねダノマ? なんだそれはダノマ? そこは、ほら、何か、こう、対抗策とかじゃないのダノマ? 何かを用意してて慰めるとかダノマ」



「そうしたいのは山々なのですが、ここで泣いてもらわないと、ナノマの未来予知が進化しないのです。これも未来を確定するための、大事なプロセスなのです。ナノマはこの辛さを糧にして、未来予知の力を高めるのですから」



「ちょっと待って欲しいですわね。貴方の未来予知はとんだぽんこつですわ。何が争いのない世界ですの。何が人類が同じ過ちを犯すですの。ほんの些細な、貴方には興味のない事かも知れないけれど、目の前でこうして悲しんでる者達がいるのに、未来を思い通りにするために、慰める事もできないなんて、そんな未来予知に、なんの意味があるのですの?」



 カレルが厳しい口調で言う。



「大事の前の小事です。それに、貴方だって何もしていないじゃないですか」



「わ、わたくしは、こういうのが、苦手なだけですわ。ひ、人を慰めるとか、そういうのは、あまり、やった事が、ないのですわ」



 カレルが、じっと、ナノマとシズクを見つめた。



「わ、分かりましたわ」



 カレルが、ナノマとシズクに近付く。



「ナノマ。泣いててもしょうがないですわ。それと、シズク。元気を出して。それで、あの、ええっと、そう。そうですわ。二人とも、未来の事は、どうなるかは、分かりませんわ、だから」



「うわー。カレルもぽんこつだダノマ。今は、未来予知をしてるダノマ。未来の事は分かっちゃってて、それで泣いてるのにダノマ」



「そう、そうですわね。そうでしたわ。そういう話だったのですわ。そうなると、何か、もっと違う、何かを、言わないと」



 カレルがとても困ったような顔をする。



「キッテもカレルも、慰めてくれて、ありがとうナノマ。シズク。泣いてしまってごめんなさいナノマ。ナノマは、もうちょっと未来を予知してみるナノマ。どうすれば、シズクが、人類が、死という物を乗り越える事ができるのか、探してみるナノマ」



 ナノマが、目から涙を流しつつそう言って、シズクを抱いていた手を放した。



「ナノマ」



 シズクは呟くように言葉を漏らす。



「これで、ナノマの未来予知の力は、高まりました」



 ソーサが言い、すびっと鼻をすすってから、ポーズをとった。



「ねえ、キッテ。ナノマが、人が死ななくなる方法を見付けてくれて、私が死ななくなったら、キッテは、どうする?」



 キッテがお座りをすると、シズクの目をじっと見つめる。



「俺は、シズクとずっと一緒にいる。シズクが、この世界にいる間は、俺も、この世界にいる。そうする事が、俺の幸せだ」



「キッテ」



 シズクは、嬉しくなって、すっかりと上機嫌になって、キッテに抱き着いた。



「これは? これは、なんですの? 何か、おかしいですわ。たくさんの、物音が、足音? がしますわ。あれは、どういう事なんですの? 随分と、大勢の人達が、こちらに来てるようですけれど」



 カレルが言いながら、振り返って、背後を見た。



 シズクも、カレルにつられるようにして、カレルの見ている方向に顔を向ける。



 シズク達のいる場所から、少し離れた所にあった、シズクの、胸くらいまでの高さのある、透明な楕円形の何かに覆われている建物の、下の方にある、出入り口と思しき場所から、大勢の人々が出て来ていて、こちらに向かって、歩いて来ている姿が、シズクの目にも見えた。



「あれは、ナノマを敬う者達です」



「どういう事ですの?」



 不意に空から白い閃光が降って来る。それに続いて、この世界にあるすべての物を、揺り動かすような、凄まじい轟音が鳴り響く。



「何? なんなの?」



 シズクは声を上げた。



「あれは、ナノマシンの雲だダノマ」



 いつの間にか、空に広がっていた灰色の雲の、シズクの立っている場所の上空の部分が、渦を巻き始める。渦は、中心の部分をシズクのすぐ傍に向かって伸ばして来ると、渦ではなくなり、ただの雲の塊になってから、二つに分かれて、巨大な人の足の形になった。



「これって、雲の巨人の、ナノマだよね? なんで?」



 シズクは、暗黒大陸で見た光景を思い出し、空を見上げてそう言った。
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