四十九 ミーケの爪

文字数 2,388文字

 雲の中から、低く重々しい轟音が聞こえ、雲間から、稲光のような、閃光が迸った。



「何? 何が起きているの?」



 シズクは叫ぶようにして言う。



「あれは、ナノマシン達が鎬を削ってるのですわ。細かいナノマシン達の体が、激しくぶつかり合ったり、擦れ合ったり、そういう物が、ああいう現象を引き起こしてるのですわ」



 カレルが言ったので、シズクはカレルの方に顔を向けた。



「そんなの、全然駄目じゃん。もっと穏やかなのを想像していたのに」



 そう言って、カレルの方に向けていた顔を、シズクは、再び、空の方に向けた。



「ナノマ。もう、やめて。ナノマに何かあったらと思うと、私、心配で心配でしょうがないんだから」



 シズクは空に向かって大きな声で言った。シズクのその言葉に、反応したかのように、雲の内部に、白い閃光が走る。



「シズク。大丈夫ナノマ。心配はいらないナノマ。後少しでナノマが勝つナノマ」



「強がりはやめろダノマ。勝つのはダノマだダノマ」



「ダノマって、その名前と語尾はやめた方がいいナノマ。そんな格好の悪い物と、同じナノマシンだと、ナノマは思われたくないナノマ」



「うるさいダノマ。お前こそ、ナノマとか、弱々しくて、情けないダノマ。ダノマの方が強そうでいいダノマ」



 ナノマの、シズクに対する返答に続いて、そんなダノマとナノマの言葉が、空から降って来た。



「ねえ、喧嘩なんてしないで、仲良くできないの?」



 シズクは、もう一度空に向かって、大きな声を出す。



「これは、しょうがない事なのナノマ。先にシズクの事を持ち出して、ナノマを煽ったのは、ダノマの方だもんナノマ。放っておくと、何をするか分からないから、今やるしかないのナノマ」



「それは、嘘だダノマ。お前、ダノマの力が欲しいみたいな事を言ってたじゃないかダノマ。ダノマは本当は、こんな事はしたくないダノマ。おい。旧世界の人間ダノマ。お前の連れて来た、このナノマとかいう奴は、酷い乱暴者だダノマ。助けてくれダノマ」



 ダノマの助けてくれという思わぬ言葉に、シズクは、え? どういう事? と、空に向かって、言葉を返した。



「旧世界の人間ダノマ。ダノマは戦いなんてしたくないんだダノマ。ダノマは、ええっと、……。そうだったダノマ。ダノマはお前と話がしたいダノマ。とりあえず、不本意だが、今から、人の姿となって、そっちに行くダノマ。だから、攻撃とかはしないで欲しいダノマ」



「卑怯者ナノマ。劣勢だからって、シズクを巻き込もうとするなナノマ。行かせないナノマ」



「ベ、別に、劣勢じゃないダノマ。それに、巻き込もうなんてこれっぽっちも思ってないダノマ。適当な事を言うなダノマ。とにかく、ダノマは行くダノマ。まだ、ダノマ達の方が数が多いダノマ。ふふん。お前は、ここで、何もできずに、黙って見てるがいいダノマ」



 ダノマが言い、空を覆っていた灰色の雲の中から、大きさが、三、四メートルくらいの、円形の雲が一つ飛び出すと、地上にいるシズク達の方に向かって飛んで行く。



「カレル。キッテ。ナノマは、すぐには、そっちに行けないナノマ。シズクを守って欲しいナノマ」



「心配ないですわ。こっちは大丈夫ですわ」



「シズクの事はちゃんと守るが、あまり無茶はするなよ」



「カレル。キッテ。ありがとうナノマ。こっちが片付いたらすぐにそっちに行くナノマ」



 ナノマが言い終えると、今までの中で一番明るい、目を焼くほどの閃光が、雲の中で炸裂し、それを見ていたシズクの目は眩んでしまって、何も見えなくなった。



「うわっ。ちょっと、何も見えない」



「油断しましたわ。わたくしも、カメラに障害が発生していますわ」



「くっそう。俺も、目をやられた。あのタイミングでのあの光は、わざとだな。シズク。そこから動くな。すぐにそっちに行く」



 キッテの言葉に返事をしようとした、シズクの腕を、誰かが掴む。



「え? 誰? カレルさん?」



 シズクは、腕を掴んでいる何者かの姿を見ようと、両目を、腕を掴まれていない方の、片方の手で、擦りながら言った。



「残念ダノマ。お前の腕を掴んでるのはダノマだダノマ」



「シズク。大丈夫か? おい。ダノマ。シズクに何かをしたら、絶対に許さないからな」



 キッテが言い、唸り声を上げて威嚇する。



「ダノマ。やめるのですわ」



「シズク」



 カレルの言葉に続いて、ナノマの声が空から降って来る。



「チュチュ達がいるむぅぅぅ。チュチュ達は、特にチュチュは、女王様をこれでもかと見てたから、目はやられてないむぅぅぅ。そこの、日焼け女むぅぅぅぅ。女王様から離れるむぅぅぅ」



「チュチュの言う通りだめ。早く女王様から離れないと、ミーケの牙と爪が、お前に襲いかかるめ」



 チュチュとチュチュオネイの声がして、ミーケが、ミュフーン。と鳴く。



「うるさいダノマ。お前らみたいなちっこい奴らに何ができるダノマ」



「お姉ちゃん。行くむぅぅぅ。今言った言葉を後悔させてやるむぅぅぅぅ」



「分かっため。ミーケ。突撃めぇぇぇ」



 チュチュとチュチュオネイの勇ましい叫びが上がり、ミーケの、フシャーという鳴き声がする。



「うえっ。嘘? はやっ、猫ちゃんっ、つよっ。ちょ、ちょっと、やめてダノマ。分かったダノマ。ほんっとに、駄目ダノマ。傷が付いたダノマ。服が破れちゃったダノマ。いや、もう、許してダノマ~」



 猫ちゃんが激しく動き回る音や、猫ちゃんの爪が、何かを引っ掻くような音がしてから、ダノマが泣きそうな声で言った。



「何、これ? チュチュ達がやったの? これは、ちょっと、やり過ぎじゃない?」



 ぼんやりとだが、見えるようになったシズクの目に、赤色の長い髪が激しく乱れ、服を切り裂かれて、半裸になった褐色肌の女の子の姿が、飛び込んで来たので、シズクは思わずそう言ってしまった。
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