第20話 冒険者になろう

文字数 2,890文字

 俺は気を取り直して街中を歩く。
 こうして見ると、すごくにぎやかだ。

 二足歩行の獣っぽい人だったり、耳の尖ったエルフ的な人だったり、どうみてもモンスターとしか思えない容姿の人だったりと、本当に様々な種族がいる。
 さすがファンタジーな世界である。

(ここでウイルスを使うのは……ダメだよなぁ)

 人間相手にウイルスをばら撒くのはなんとなく抵抗を覚えた。
 モンスター相手には遠慮なくやったが、それとこれとは話が別である。

 いや、ウイルス自体は基本的に無害なんだけどね。
 俺のコントロール次第で殺せてしまうという状況はあまり望ましくない気がした。
 そういうプレッシャーは負いたくない。

 ウイルスに関しては必要に迫られた時だけ、パンデミックが起きないように注意して使おう。
 症状を大量ゲットできる誘惑は強いが、ここは鋼の精神で跳ね返すぞ。

(というわけで、感染させても気を咎めない人とか出てこないかなぁ……)

 便利な症状をどんどん提供してほしい。
 そして願わくば、人間としての肉体も拝借させてほしい。
 ホブゴブリンにも慣れてきたものの、やっぱりそこは諦めないよ。
 顔を晒して堂々と人前を歩けるようになりたいものだ。

 さて、色々あったけどエレナとの再会を目指そうか。

 あれからどうなったか気になる。
 ちゃんと冒険者をやれているか心配だ。
 果たしてどこにいるのか。

 まず候補として浮かんだのは冒険者ギルドだった。
 エレナのざっくりとした説明によれば、冒険者登録をした人間に仕事を斡旋してくれる仲介組織らしい。
 冒険者として活動しているのなら、エレナもそこで生活費を稼いでいるはずだろう。
 行けばすんなりと会えるかもしれない。
 
 露店で適当な果物を買いつつ、俺はそれとなく冒険者ギルドの場所を聞き出す。
 教えられた通りに進むと、木造の大きな二階建ての家屋を発見した。

 見れば鎧やらローブを着た人間が出入りしている。
 確かにここが冒険者ギルドのようだ。

 俺は意を決して室内へと踏み込む。
 いくつものテーブルが並び、冒険者がジョッキを片手に盛り上がっていた。

 昼間から酒を飲んでいるのか。
 がやがやと騒がしい。
 完全に宴会のような状態である。

 前情報なしにこの光景を見たら、どこのならず者の集まりかと思うだろう。
 エレナの姿は見当たらない。
 まあ、そう都合よく会えるわけもないか。

 せっかくなので俺は、冒険者登録を済ませることにした。
 ロイの件で臨時収入があったものの、今後のためにも少し稼いでおきたい。
 元は平凡な村娘であったエレナが登録できたので、たぶんそこまで難しいことではないと思う。
 この世界を知る足がかりにもなるだろう。

 受付カウンターに行くと、制服を着た職員らしきお姉さんが話しかけてきた。

「こんにちは。本日はどういったご用でしょうか」

「ぼう、けんしゃ……とう、ろ、く……を、した、いのだ、ガ」

 俺の話し方に少し驚いた職員さんだったが、すぐに表情を戻して頷く。

「冒険者登録ですね! それではこちらの用紙に必要事項の記入をお願いします」

 一枚の書類のような紙と羽ペンを渡される。
 不思議と文字は読めるが、書くことはできなさそうだ。

 その旨を伝えると、職員さんに代筆してもらえることになった。
 こういうことも珍しくはないらしい。
 識字率は現代日本ほど高くないようだ。
 まあ、全体的に中世っぽい街並みだったし、なんとなく予想はしていた。
 この世界の異物である俺にとっては好都合なことだ。

「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「…………うぉーく・ぱら、じっと」

「ウォーク・パラジット様ですね」

「そ、うダ」

 もちろん完全なる偽名だ。
 ウォークは人間だった頃の名前を英語にしただけで、パラジットはフランス語で寄生虫を指す言葉だった記憶がある。
 映画で得た無駄知識だ。
 咄嗟の発想にしてはなかなかの出来だろう。

 この世界に転生して日の浅い俺は、他の項目も嘘と空欄だらけの情報で行くしかなかった。
 とりあえず基本的には辺境の山奥の田舎者だと言って誤魔化す。
 それなら文字が書けなくともおかしくない。

 職員さん曰く、この用紙は細かく記載できた方がいいが、曖昧な情報でもギルドはそこまで困らないらしい。
 正規の騎士団や管理の厳しい傭兵ギルドと違い、冒険者ギルドは完全なる実力主義。
 様々な”事情”を抱える人間だろうが、力を持っていれば快く受け入れるそうだ。
 清濁まとめて優秀な人材を確保するという考えで、万が一の備えもあるから大丈夫だという。

「ですから、くれぐれも怪しいことはなされないでくださいね?」

「わか、って……いル」

 冗談めかして言う職員さんに、俺は【冷静Ⅰ】と【平常心Ⅰ】を併用しながら答える。
 ロイから取得したスキルがさっそく役に立った。
 これがなければ、冷や汗を流していただろう。

 とにかく、冒険者ギルドには逆らわない方がよさそうだ。
 敵に回すとヤバい予感がした。
 ウイルス能力があるのでまず負けないとは思うのだが、過信はすべきではない。
 ファンタジーな世界なのだから、どういった能力を持つ人間が現れてもおかしくないのだから。
 それこそロイがその典型例だろう。
 大人しく一般市民のウイルスとして生きていきたい。

 その後は特に何事もなく用紙の記入が完了した。
 少し待たされてから、小さな金属の板を渡される。

 その金属板には鎖が付いており、首から下げられるようになっていた。
 形状としてはドッグタグに酷似している。
 そこには簡潔なプロフィールが刻字されていた。

 職員さんは金属板を指し示しながら説明する。

「そちらは冒険者カードです。各種サービスを利用する際に必要ですので、肌身離さず持っておいてくださいね。ランクは六等級から始まって、ギルドへの貢献度に応じて昇級することができます。四等級からは身分証としても使えますので頑張ってください」

 ランクが高いほど、ギルドでの扱いが良くなるらしい。
 強さの指標としても使えそうだ。
 いつかは身分証にもなるとのことだし、かなり便利だと思う。

 そこまで説明を聞いたところで、俺はふと思いついて職員さんに尋ねた。

「と、ころで……これ、は……うれな、い、だろ……う、カ」

「こっ、これは! エレキベアの毛皮じゃないですかッ! 一体どこで!?」

 背嚢に入れていた素材を見せると、職員さんは身を乗り出して驚いた。

 彼女の様子に、周囲の冒険者も何事かとざわめいている。
 たちまちに向けられる無数の視線。
 先ほどまでまったく注目されていなかったのに、途端に居心地が悪くなる。

(何かやらかしちゃったかなぁ……)

 カウンターの奥へ行って同僚とひそひそ話す職員さんを見て、俺は嘆きたくなった。
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