第11話 襲来する強敵
文字数 3,316文字
大蜘蛛を倒してからおよそ三十分後。
俺たちは青い果実の木が群生するスポットにいた。
狩りの前、配下のゴブリンにおすすめされた場所なのだ。
ここの果実が絶品らしい。
そのまま食べても良し、調理に使っても良しな万能食材とのことである。
青い果実はそこら中に実っていた。
多少取っても、成長が速いのですぐに収穫できるそうだ。
俺は試しにウイルスを感染させてみることにした。
>症状を発現【疲労回復Ⅰ】
>症状を発現【魔力回復Ⅰ】
>症状を発現【強壮Ⅰ】
>症状を発現【免疫Ⅰ】
人気の果実なだけあって、栄養価もかなり高い。
プラス効果の症状がいくつもゲットできた。
ただし【免疫Ⅰ】に関しては、発症させるのが怖いので放置する。
これで俺というウイルスが駆逐されたらさすがに馬鹿すぎて笑えない。
不用意に弄らないように注意しよう。
俺はゴブリンたちに命令して果実を集めさせる。
試しに一つ齧ってみたところ、味も良かったのだ。
しゃくしゃくと瑞々しい食感に加えて、じゅわりと果汁が溢れてくる。
味はリンゴが近いと思う。
収穫の間、俺は石に座って高みの見物を決め込んだ。
ここまでずっと戦ってきたのだから、これくらいは許してほしい。
働きすぎてもいいことはない。
休める時に休むのが大事だ。
「は、じ……めま……しテ。よろ、し……く……お、ねが……い、し……ま、ス……ぐごっ?」
発音練習をしながらゴブリンたちの収穫風景を眺めていると、遠くからぽよぽよと何かがやってくる。
俺は頬杖を突いてじっと観察する。
半透明の薄緑の粘液が、塊となって蠢いていた。
中にガラス玉のようなものが浮かんでいる。
そんな異形がそこそこのスピードでこちらへと近付きつつあった。
明らかにモンスターだろう。
そして、あの見た目から導き出される正体は一つ。
(――スライムだ)
確信したのと同時に、スライムが液体を飛ばしてきた。
俺は翻ってその場を飛び退く。
液体が座っていた石にかかった。
その途端、白煙を上げながら石の表面が溶けだす。
(酸か……!?)
スライムに気付いたゴブリンたちは戦闘準備に入る。
ただ、あまり歓迎していない様子なのは一目で分かった。
当たり前だろう。
相手は酸を飛ばしてくるモンスターなのだ。
近接戦を挑む以上、通常の戦いよりもリスクが伴う。
俺は腰を落として斧を構えた。
大蜘蛛戦で投げた剣は、あのまま行方不明になったのでこれを使っている。
「き、り……ころス」
俺は飛ばされる酸を避けながら接近する。
動きはノロマとまでは言わないが、疾走する俺と比較すれば雲泥の差であった。
ウイルスを感染させながら、横薙ぎに斧を振るう。
>特性を発現【肉体操作Ⅰ】
>症状を発現【再生Ⅰ】
>症状を発現【物理耐性Ⅰ】
>症状を発現【軟体Ⅰ】
>症状を発現【環境適応Ⅰ】
>症状を発現【状態異常耐性Ⅰ】
>症状を発現【酸液分泌Ⅰ】
斬撃はスライムを切り裂いた。
しかし、ゼリーのような感触ばかりで大した手応えがない。
ダメージはなさそうだ。
攻撃の失敗を悟った俺はすぐさま退避する。
その際、放たれた酸の飛沫が腕に少し付いた。
「グッ……」
痛みと共に白煙が昇る。
見れば皮膚が爛れて血が滲んでいた。
肉や骨まで達していないのが不幸中の幸いだろう。
微量でこれか。
まともに被ればアウトだな。
ただ、スライムを斬った斧は溶けていないので、粘液の身体そのものは酸性ではないらしい。
飛ばす用の酸は体内のどこかで分泌したものを使っているようだ。
まあ、スライムの生態について考えるなど後回しでいい。
(スライムって、すごいな!?)
雑魚モンスターのイメージだったがとんでもない。
強力なスキルをいくつも持っていやがった。
今までに感染させてきたモンスターと比べると、特殊能力が多いタイプなのか。
俺はスライムの動きを止めるため、不利なスキルを発症させる。
ところが、スライムの動きにほとんど支障は出なかった。
そういう体質なのか。
まあ、あんなよく分からない謎物質の身体なのだ。
各種症状の効きが悪くても不思議ではない。
どうやら【状態異常耐性Ⅰ】も持っているようだし。
(感染と発症の必殺コンボが通じないとは厄介な……)
俺は苦い表情で歯噛みする。
今までの敵は、症状で弱らせたところを強化された一撃で仕留めてきた。
それができないのは面倒だ。
おまけに酸のせいで思うように近付けない。
まともに浴びれば、目も当てられない状態になる。
というか、物理攻撃が効かないのにどうやって倒せばいいのか。
意識を乗っ取ればどうとでもなるが、あまり使いたくない。
これは戦闘訓練も兼ねているのだ。
冒険者になってエレナを助けたいという目的がある以上、スライムくらいは倒せるようになっておきたい。
覚悟を決めた俺は、回避と接近と斬撃を繰り返す。
ヒットアンドアウェイ戦法だ。
とりあえず致命傷にはならないまでも、斧で斬り飛ばすことでスライムの体積を減らすことができる。
ただ、俺も無事ではない。
酸のかかった手足は焼け爛れていた。
防御に用いた斧も一部が変形している。
即死しかねない頭部への命中だけは避けて、なんとかやり過ごしている状況だった。
手に入れたばかりの【再生Ⅰ】がなかったら、四肢の一つくらいはもげているかもしれない。
(このままだとジリ貧かなぁ……)
何度目になるか分からない攻撃を加えながら、俺は嘆息しそうになる。
幾分か小さくなったスライムだが、未だ死ぬ気配は見られない。
削り切る前に、俺の方が潰れてしまいそうだった。
どうしたものかと悩む俺だったが、ふと打開策を閃く。
(もしかしてあれなら……)
俺はバックステップでスライムとの距離を取る。
十分に離れれば、余裕を持って酸を避けられるようになっていた。
この短い間で回避技術もそれなりに向上したらしい。
蠢くスライムを見据えながら、俺は【魔力糸Ⅰ】を発症させた。
指からしゅるしゅると出てくる糸を粘土のようにこねて、細長く伸ばしていく。
糸はぱきぱきと音を立てて硬質化し始めた。
凝固するタイプの糸である。
「フム……」
俺はすっかり硬くなった糸の棒を軽く叩く。
うん、いい具合だな。
石膏のような質感になっている。
先端は鋭く尖っていた。
棒というよりは槍と呼ぶべき形状だろう。
俺は生成した糸の槍をスライムめがけてぶん投げる。
高速で宙を切るそれは、粘液に浮かぶガラス玉のようなものを貫き砕くと、その勢いで樹木に深々と突き立った。
ガラス玉を破壊されたスライムは、支えを失ったかのように形が崩れ、べしょりと地面に広がって動かなくなる。
それっきり、一切の反応を示さなかった。
(……やけにあっさりと倒せてしまったな)
スライムの中に浮かんでいたあのガラス玉。
弱点ではないかと睨んでいたのだが、斬撃の威力が足りず上手く狙えなかったのだ。
なのに今の投擲であっさり倒せたのは、糸の素材となった魔力が要因だろう。
スライムは【物理耐性Ⅰ】を持っていたし、逆に魔力を伴う攻撃には対抗手段を持っていなかったのかもしれない。
俺はほっと安堵しながら【再生Ⅰ】で傷を癒す。
またもや魔力を消耗した感覚があるも、酸で受けたダメージはきれいさっぱり消えた。
いやはや、これは便利な能力が手に入ったな。
俺が喜んでいると、配下のゴブリンたちが一斉に叫ぶ。
一体どうしたというんだ。
またドン引きでもしているのかな。
いい加減、慣れてほしいのだけどね。
ややうんざりしつつ、俺はそちらを見る。
生え並ぶ樹木の奥から、二本角の生えた巨大な熊が現れるところだった。
俺たちは青い果実の木が群生するスポットにいた。
狩りの前、配下のゴブリンにおすすめされた場所なのだ。
ここの果実が絶品らしい。
そのまま食べても良し、調理に使っても良しな万能食材とのことである。
青い果実はそこら中に実っていた。
多少取っても、成長が速いのですぐに収穫できるそうだ。
俺は試しにウイルスを感染させてみることにした。
>症状を発現【疲労回復Ⅰ】
>症状を発現【魔力回復Ⅰ】
>症状を発現【強壮Ⅰ】
>症状を発現【免疫Ⅰ】
人気の果実なだけあって、栄養価もかなり高い。
プラス効果の症状がいくつもゲットできた。
ただし【免疫Ⅰ】に関しては、発症させるのが怖いので放置する。
これで俺というウイルスが駆逐されたらさすがに馬鹿すぎて笑えない。
不用意に弄らないように注意しよう。
俺はゴブリンたちに命令して果実を集めさせる。
試しに一つ齧ってみたところ、味も良かったのだ。
しゃくしゃくと瑞々しい食感に加えて、じゅわりと果汁が溢れてくる。
味はリンゴが近いと思う。
収穫の間、俺は石に座って高みの見物を決め込んだ。
ここまでずっと戦ってきたのだから、これくらいは許してほしい。
働きすぎてもいいことはない。
休める時に休むのが大事だ。
「は、じ……めま……しテ。よろ、し……く……お、ねが……い、し……ま、ス……ぐごっ?」
発音練習をしながらゴブリンたちの収穫風景を眺めていると、遠くからぽよぽよと何かがやってくる。
俺は頬杖を突いてじっと観察する。
半透明の薄緑の粘液が、塊となって蠢いていた。
中にガラス玉のようなものが浮かんでいる。
そんな異形がそこそこのスピードでこちらへと近付きつつあった。
明らかにモンスターだろう。
そして、あの見た目から導き出される正体は一つ。
(――スライムだ)
確信したのと同時に、スライムが液体を飛ばしてきた。
俺は翻ってその場を飛び退く。
液体が座っていた石にかかった。
その途端、白煙を上げながら石の表面が溶けだす。
(酸か……!?)
スライムに気付いたゴブリンたちは戦闘準備に入る。
ただ、あまり歓迎していない様子なのは一目で分かった。
当たり前だろう。
相手は酸を飛ばしてくるモンスターなのだ。
近接戦を挑む以上、通常の戦いよりもリスクが伴う。
俺は腰を落として斧を構えた。
大蜘蛛戦で投げた剣は、あのまま行方不明になったのでこれを使っている。
「き、り……ころス」
俺は飛ばされる酸を避けながら接近する。
動きはノロマとまでは言わないが、疾走する俺と比較すれば雲泥の差であった。
ウイルスを感染させながら、横薙ぎに斧を振るう。
>特性を発現【肉体操作Ⅰ】
>症状を発現【再生Ⅰ】
>症状を発現【物理耐性Ⅰ】
>症状を発現【軟体Ⅰ】
>症状を発現【環境適応Ⅰ】
>症状を発現【状態異常耐性Ⅰ】
>症状を発現【酸液分泌Ⅰ】
斬撃はスライムを切り裂いた。
しかし、ゼリーのような感触ばかりで大した手応えがない。
ダメージはなさそうだ。
攻撃の失敗を悟った俺はすぐさま退避する。
その際、放たれた酸の飛沫が腕に少し付いた。
「グッ……」
痛みと共に白煙が昇る。
見れば皮膚が爛れて血が滲んでいた。
肉や骨まで達していないのが不幸中の幸いだろう。
微量でこれか。
まともに被ればアウトだな。
ただ、スライムを斬った斧は溶けていないので、粘液の身体そのものは酸性ではないらしい。
飛ばす用の酸は体内のどこかで分泌したものを使っているようだ。
まあ、スライムの生態について考えるなど後回しでいい。
(スライムって、すごいな!?)
雑魚モンスターのイメージだったがとんでもない。
強力なスキルをいくつも持っていやがった。
今までに感染させてきたモンスターと比べると、特殊能力が多いタイプなのか。
俺はスライムの動きを止めるため、不利なスキルを発症させる。
ところが、スライムの動きにほとんど支障は出なかった。
そういう体質なのか。
まあ、あんなよく分からない謎物質の身体なのだ。
各種症状の効きが悪くても不思議ではない。
どうやら【状態異常耐性Ⅰ】も持っているようだし。
(感染と発症の必殺コンボが通じないとは厄介な……)
俺は苦い表情で歯噛みする。
今までの敵は、症状で弱らせたところを強化された一撃で仕留めてきた。
それができないのは面倒だ。
おまけに酸のせいで思うように近付けない。
まともに浴びれば、目も当てられない状態になる。
というか、物理攻撃が効かないのにどうやって倒せばいいのか。
意識を乗っ取ればどうとでもなるが、あまり使いたくない。
これは戦闘訓練も兼ねているのだ。
冒険者になってエレナを助けたいという目的がある以上、スライムくらいは倒せるようになっておきたい。
覚悟を決めた俺は、回避と接近と斬撃を繰り返す。
ヒットアンドアウェイ戦法だ。
とりあえず致命傷にはならないまでも、斧で斬り飛ばすことでスライムの体積を減らすことができる。
ただ、俺も無事ではない。
酸のかかった手足は焼け爛れていた。
防御に用いた斧も一部が変形している。
即死しかねない頭部への命中だけは避けて、なんとかやり過ごしている状況だった。
手に入れたばかりの【再生Ⅰ】がなかったら、四肢の一つくらいはもげているかもしれない。
(このままだとジリ貧かなぁ……)
何度目になるか分からない攻撃を加えながら、俺は嘆息しそうになる。
幾分か小さくなったスライムだが、未だ死ぬ気配は見られない。
削り切る前に、俺の方が潰れてしまいそうだった。
どうしたものかと悩む俺だったが、ふと打開策を閃く。
(もしかしてあれなら……)
俺はバックステップでスライムとの距離を取る。
十分に離れれば、余裕を持って酸を避けられるようになっていた。
この短い間で回避技術もそれなりに向上したらしい。
蠢くスライムを見据えながら、俺は【魔力糸Ⅰ】を発症させた。
指からしゅるしゅると出てくる糸を粘土のようにこねて、細長く伸ばしていく。
糸はぱきぱきと音を立てて硬質化し始めた。
凝固するタイプの糸である。
「フム……」
俺はすっかり硬くなった糸の棒を軽く叩く。
うん、いい具合だな。
石膏のような質感になっている。
先端は鋭く尖っていた。
棒というよりは槍と呼ぶべき形状だろう。
俺は生成した糸の槍をスライムめがけてぶん投げる。
高速で宙を切るそれは、粘液に浮かぶガラス玉のようなものを貫き砕くと、その勢いで樹木に深々と突き立った。
ガラス玉を破壊されたスライムは、支えを失ったかのように形が崩れ、べしょりと地面に広がって動かなくなる。
それっきり、一切の反応を示さなかった。
(……やけにあっさりと倒せてしまったな)
スライムの中に浮かんでいたあのガラス玉。
弱点ではないかと睨んでいたのだが、斬撃の威力が足りず上手く狙えなかったのだ。
なのに今の投擲であっさり倒せたのは、糸の素材となった魔力が要因だろう。
スライムは【物理耐性Ⅰ】を持っていたし、逆に魔力を伴う攻撃には対抗手段を持っていなかったのかもしれない。
俺はほっと安堵しながら【再生Ⅰ】で傷を癒す。
またもや魔力を消耗した感覚があるも、酸で受けたダメージはきれいさっぱり消えた。
いやはや、これは便利な能力が手に入ったな。
俺が喜んでいると、配下のゴブリンたちが一斉に叫ぶ。
一体どうしたというんだ。
またドン引きでもしているのかな。
いい加減、慣れてほしいのだけどね。
ややうんざりしつつ、俺はそちらを見る。
生え並ぶ樹木の奥から、二本角の生えた巨大な熊が現れるところだった。