第13話 蝕み喰らう力

文字数 3,870文字

「ゴッ、ア……ッ?」

 雷撃を食らった。
 そう認識した時には、俺の身体は後方へ吹っ飛んでいた。

 茂みに突っ込むも勢いは衰えず、無様に地面を転がる。
 岩にぶつかる形でようやく止まった。

(やられた……まったく反応できなかったな)

 俺は身体を起こそうとして、耐え難い激痛で叫びそうになる。
 ままならないので【鎮痛Ⅰ】【忍耐Ⅰ】【気力Ⅰ】【痛覚鈍化Ⅰ】で誤魔化した。
 岩に背を預けた俺は息を吐く。

 完全に死んだかと思った。
 咄嗟に発症させた【雷耐性Ⅰ】が雷撃の威力を大幅に落としてくれたらしい。
 そうでなければ上半身が丸ごと消し飛んでいただろう。

 まあ、胸に穴が開いたけどさ。
 オーバーキルからただのキルにランクダウンしたと言える。
 幸いにも、同じく新スキルである【生命力Ⅰ】で一命を取り留めることはできた。
 通常のホブゴブリンなら、あっさりと逝っていたところである。
 まあ、その時は別の肉体を宿主に蘇っただろうが。

 俺は焦げて穴の開いた胸当てを外して捨てる。

(あの熊め……滅茶苦茶しやがるな)

 口端を垂れた血を拭いながら、俺は内心で悪態を漏らす。

 即死ではなかったおかげで、【治癒Ⅰ】と【再生Ⅰ】が機能し始めた。
 身体が段々と楽になってくる。

 俺は追加で【魔力回復Ⅰ】と【強壮Ⅰ】を発症させた。
 合わせてスライムから得た特性である【肉体操作Ⅰ】を使用する。

 これは宿主となる肉体を俺の意志で改造できる能力だ。
 さすがに構造的な限界はあるだろうが、ちょっとしたアレンジなら手軽にできそうな感じである。

 試しに肉を寄せ集めて胸の穴を塞ぎ、骨や筋肉の密度を上げて強化してみた。
 他にも色々やれそうだが、今は悠長に改造する余裕もない。
 応急処置とパワーアップが済んだ。
 即席にしては上出来だろう。

「やって、やる……ゾ」

 俺は慎重に立ち上がる。

 特に違和感もなく動けそうだった。
 気味が悪いほどに快調である。
 雷撃で胸に穴が開いたばかりなのにね。

 吹き飛ばされた道を戻ると、熊は未だ暴れていた。
 残り少ないゴブリンたちを追い回している。
 あと三体しかいないのか。
 随分と殺されてしまったな。

 ボス一人が生き残って帰るわけにもいくまい。
 息を吸った俺は大声で叫ぶ。

「グゴオオオオオォォッ!」

 熊はこちらを向いた。
 突き刺さる殺気。
 俺を耳障りな獲物として認識したようだ。

「ガァッ! ガァアアアッ!」

 完全に標的を変更した熊は走ってくる。
 かなりのスピードだ。

 瞬く間の接近を経て振り上げられる片腕。
 爪による引き裂き攻撃が、来る!

 いち早く判断した俺は、こっそり背後の樹木に繋げていた魔力の糸を引き、自分の身体を浮かび上がらせた。
 横薙ぎの爪がコートの裾を掠める。

 その一瞬で俺は呼気からウイルスを散布した。
 射程に入った熊は、あえなく吸入する。


>症状を発現【怪力Ⅰ】
>症状を発現【硬皮Ⅰ】
>症状を発現【吸電Ⅰ】


 新たなスキルが手に入っている以上、ウイルスもまったく効いていないわけではない。
 ならば攻撃で弱らせながら、ひたすら感染させるのみだ。
 熊の強力な症状で、俺自身も強化されるので一石二鳥である。

 俺は糸を離して着地した。
 じっとりと背中に冷や汗を掻く。

 ちょっとしたミスが命取りになる。
 緊張感は否めない。

 だが、やるしかないのだ。
 逃げ出そうとしても、素直に許してくれるような相手ではない。
 今こそチートウイルスの力を見せてやる。

「ガアッ!」

 熊はこちらに軽く頭を傾げてきた。
 双角が明滅する。
 お得意の雷撃というわけか。
 回避困難で非常に厄介だが、俺にとってはもう何の脅威でもない。

 双角の輝きが最大まで高まったその瞬間、俺は熊に向けて手をかざした。
 勢いよく迸った雷撃の束が、俺の手に殺到して消える。
 ダメージがないどころか、力が充填された感覚さえあった。

 熊から得た【吸電Ⅰ】で雷撃を取り込んだのだ。
 さっきは痛い目に遭わされたが、これで完璧に克服できた。

 今度は俺から熊へと一気に接近していく。
 爪を避けると同時に全力で斧を打ち下ろす。

 膂力に関わる症状【馬鹿力Ⅰ】【剛腕Ⅰ】【怪力Ⅰ】による豪快な一撃が熊の土手っ腹に炸裂した。
 刃が皮膚を破って深々と食い込む。
 柄をひねると肉が抉れ、ぶしゅぶしゅと血が噴き出した。

「グガアァ!」

 熊は大口を開けて噛み付こうとしてくる。

 俺はあえて腕を突き出した。
 ガチン、と牙を打ち鳴らす音が鳴って口が閉じる。

 腕がズタズタに噛み潰される感触。
 意識の飛びそうな最上級の苦痛が脳を掻き乱す。

 それでも俺は、気合いで悲鳴だけは漏らさないようにした。
 肩で息をしながら、目の前の熊に笑いかける。

「どう、だ……う、まい、だ……ろウ……?」

 呑気に咀嚼しようとする熊だったが、急に顔色を変えて腕を吐き出して絶叫する。
 激しく焼け爛れた口内からは白煙が上がっていた。

「――――ッ!!」

 熊は近くの木々に体当たりしながら滅茶苦茶に暴れ回る。
 よほど効いたらしいね。
 千切れかけの腕を抱えて、俺はほくそ笑む。

 仕掛けは単純で、腕を食わせる寸前に【酸液分泌Ⅰ】を発症しただけだ。
 齧られた拍子に熊の口内で強酸が弾けたのである。
 そりゃ、あんなリアクションにもなるよ。

 言うまでもないが、その際にウイルスも混ぜておいた。


>症状を発現【休眠Ⅰ】
>症状を発現【防刃毛Ⅰ】
>症状を発現【治癒Ⅱ】
>症状を発現【痛覚鈍化Ⅱ】


 口の中を酸で焼かれて悶絶する熊であったが、しばらくすると落ち着き始めた。
 腹には斧が刺さったままで、そこから血が零れている。
 結構な重傷だが、熊は尋常でない殺気を俺に向けていた。

 もはや生き残りのゴブリンへの興味は失っている。
 ひとまず彼らの命は救えそうだ。
 ゴブリンの駆逐を優先されたら守りようがなかったが、その心配は杞憂に終わりそうである。

 俺は【肉体操作Ⅰ】で千切れかけた腕の皮膚と筋肉と骨を伸ばし、強引に繋ぎ合わせた。
 かなりの荒療治だが仕方ない。
 ふとした衝撃で腕が取れる方が問題だろう。
 あとは【再生Ⅰ】がどうにかしてくれる。

 これで雷撃と噛み付きは実質的に完封した。
 つまり熊はそれほどの難敵ではなくなったということだ。

 俺は疾走する。
 幾分か遅くなった熊の攻撃を躱して懐に潜り込み、刺さった斧を引っ掴んだ。
 それを力任せに振り抜く。

 ブチブチブチ、と小気味よい破壊音を立てて、熊の胴体前面に大きな裂け目ができた。
 どっと臓腑が溢れ出てくる。
 攻撃も複数のスキルを発症させれば、これくらいの損傷は与えられる。
 俺が力の扱いのコツを分かってきたのも大きい。
 戦いにも段々と慣れてきたようだ。

「ガウアッ」

 熊はしつこく爪で攻撃してくる。

 対する俺は腕を交差させてガードした。
 骨の軋むような重い衝撃。
 力を抜いて踵を浮かすと、数メートルほど飛ばされた。

 しかし【物理耐性Ⅰ】【硬皮Ⅰ】【防刃毛Ⅰ】で威力を軽減したため、大したダメージにはならない。
 症状の影響で一瞬だけ毛むくじゃらになったが、そんなものは些細な変化だろう。

 俺は内臓を晒した熊に遠慮なくウイルスを撒く。
 さすがにこの状態だと感染から身を守れるはずもなかった。


>特性を発現【耐電Ⅰ】

>症状を発現【激昂Ⅰ】
>症状を発現【魔力発電Ⅰ】
>症状を発現【電磁開放Ⅰ】


 新たな特性である【耐電Ⅰ】によって、ウイルスそのものが電気に強くなった。
 熊に仕込んだウイルスがいきなり死滅するようなこともない。
 勝利は揺るぎようのないものへとなった。

 俺は【麻痺Ⅰ】を始めとしたマイナス効果の症状で、熊の動きを徹底的に妨害する。

「グオ……」

 熊は悲痛そうな声を上げる。
 もちろん慈悲など与えるつもりはない。
 配下のゴブリンの仇だ。
 まともに動けなくなったそこへ、俺は斧を振り下ろした。

「ゴボァッ、グッ、ゴゴ……」

 熊は首から溢れる自らの血に溺れる。
 そのまま見下ろしているうちに抵抗の力が弱くなり、やがてされるがままとなった。
 最終的にはぴくりとも動かないどころか、呼吸の一つもしなくなる。

「かった……カ……」

 徐々に湧いてくる実感を胸に、俺はそっと斧を置く。

 この熊はなかなか手強かった。
 もしかすると死んでしまうかもしれない、というタイミングが何度もあったな。
 それこそ、症状が一つでも足りなかったら結果は変わっていたろう。
 息絶えるのは俺の方だったに違いない。

(その時は肉体を変えてでも絶対に報復しに行ったけどね)

 まあ、何はともあれ、ひとまずの困難は過ぎ去った。
 細かな反省や課題点の洗い出しは後でいい。

 とにかく一旦戻ろう。
 いい加減、心身の疲れが無視できないレベルになってきた。
 新たな症状もたんまりと取得したし、戦闘経験も十分に培うことができた。
 もう色々と満足である。

 僅かとなった配下を率いつつ、俺はゴブリンの巣へ帰るための支度を始めるのであった。
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