第4話 出会いと目標
文字数 2,755文字
その後、俺は助けた少女と一緒に森の中を歩いていた。
さすがに放っておけなかったのだ。
またさっきのようにモンスターに襲われる可能性だってある。
せめて森の外まで送り届けようとは考えていた。
「グレーウルフさん」
「ガウ?」
「ずっと私の歩くペースに合わせてくれてますよね。ありがとうございます」
少女がぺこりと頭を下げたので、俺は「気にしないでいいよ」という意味で首を振っておく。
別に何か急いでいるわけでもないのだ。
彼女だって疲労しているみたいだからね。
無理に走る必要もあるまい。
最初は距離を取っていた少女だが、今はすっかり慣れて隣にいた。
いや、それどころかたまに俺を撫でては喜んでいる。
あまり毛並みは良くなさそうだけどね。
本人が満足しているのなら良い。
(完全にペット感覚だよなぁ)
年下の女の子にぺたぺたと触られるのはなんだか恥ずかしいが、今の俺は野生の狼だ。
これがアラサーのサラリーマンのままだと事案だろうけど、ビジュアル的には何ら問題はないと思う。
道中、話題として少女は身の上を語ってくれた。
彼女の名前はエレナ。
十七歳の新米冒険者で、薬草を採取している途中に先ほどのゴブリンに遭遇したのだという。
エレナは幼い頃から冒険者になるのが夢だったらしく、二週間前に故郷の村を出て冒険者になったばかりだそうだ。
ただ現実は厳しく、現在は生活費を稼ぐので精一杯らしい。
才能もなく、最下級の魔物であるゴブリンが相手でも苦戦する程度とのことだった。
冒険者組合――通称ギルドでも上手く仲間ができず、こうしてソロでの活動を余儀なくされているそうだ。
それでも諦めずに冒険者を続けるつもりだ、とエレナは話を締めくくった。
(偉いな。俺には真似できない)
なかなかの苦境のはずなのに、話すエレナの顔はそれほど暗くなかった。
どちらかというと、自分の夢を喋る恥ずかしさの方が勝っている印象である。
彼女は前向きな性格のようだ。
本当に冒険者になりたい。
その意志がはっきりと伝わってくる。
若くて行動力があり、何より夢に向かってひたむきに努力する姿には好感を覚えた。
やや無鉄砲というか危ない感じはするものの、素直に応援したくなるね。
見ているこちらまで元気になれそうだ。
そういえば、明らかに日本語ではないのに、エレナの言うことは普通に理解できた。
転生を果たした際に、言語機能が弄られたのかもしれない。
ありがたい話である。
これでまったく言葉が分からなかったらどうしようもないからね。
異世界に来てそれでは詰んでしまう。
そうして話しているうちに、俺たちは森の終わりに到着した。
見渡す限りの草原が続いている。
太陽も燦々と照り輝いて気持ちのいい気候だ。
ピクニックでもすれば楽しいと思う。
まあ、モンスターが出没するはずなので、そんな悠長なことはできそうにないが。
遠くにうっすらと外壁のようなものが望める。
街か何かだろうか。
エレナがこちらに来たのを考えるに、彼女が拠点としている場所なのかもしれない。
「本当にありがとうございました。グレーウルフさんがいなかったら私は……」
「ガウガウ」
俺は前脚でちょいちょいとエレナの手をつつく。
この子はやたらと気遣ってくれるね。
別に気にしなくていいのに。
俺だって善意だけで動いたわけではないのだ。
言い方は悪いが、検証のついでに助けたという面もある。
生憎と人間の言葉が話せないので、そこまでは伝えることができない。
それでも大まかな意思は察してくれたのか、エレナは淡く微笑んだ。
「……では、グレーウルフさんもお元気で! 機会があればまたお会いしましょう!」
「ガウッ」
元気に手を振りながら、エレナは歩き去っていった。
徐々に離れゆくその背中。
見晴らしも良いし、もうそこまでの危険はないだろう。
踵を返して森に戻った俺は、ふと考える。
(――また、あの子に会いたいな)
そして願わくば彼女の力になりたい。
せっかく異世界に来たのだから、そういう生き方を目指してもいいのではないか。
ましてや俺はウイルスという特異な存在なのだ。
前世のような何の取り柄もないサラリーマンとは違う。
少なくとも、他のモンスターとも渡り合える程度の力は持っているようだった。
この能力を誰かのために使うのは、決して間違ったことではあるまい。
凶悪な疫病のパンデミックによって世界滅亡を狙うよりはずっと健全だろう。
いや、そんなことをする気は全くないが。
俺は根っからの小市民なのだ。
ちょっとしたヒーローにはなりたいけど、そこまで大それた真似はできない。
(エレナに力を貸すとするなら……俺も冒険者になるべきか)
それが最も手っ取り早いだろう。
彼女は一人での活動に苦労しているようだし、俺ならば戦力的に十分サポートできる。
ただ、それにあたって一つ問題があった。
俺が使う狼の肉体だ。
このままだと冒険者に殺されてしまう可能性が高い。
ギルドのルールは知らないが、さすがにただの野生動物が冒険者になれる制度があるとは思えない。
最初、俺を見たエレナが怯えていたことから、たぶん厳しいだろう。
いや、それ以前に街の中へ辿り着けるか怪しいぞ。
ふらっと近付いた日には、門番に斬り殺されるのが目に見える。
それはさすがに悲しい。
(やっぱり、人間の身体が必要か……)
当然、結論はそこに行き着く。
野生動物の狼ならともかく、普通の人間の身体さえあれば行動の自由度は格段に上がる。
何をするにしても、まずはそこだと思う。
よし、当面は人間の肉体の確保を目標にしよう。
仮にエレナの件を抜きにしても、純粋に人間の身体が恋しい。
ゴブリンと戦える程度には狼の肉体にも慣れてきているものの、やはり四足歩行には違和感があるのだ。
会話ができないのも地味に辛い。
喋れないことに結構なもどかしさを感じていた。
ただ、善良な人間の意識を奪うことは罪悪感を覚える。
相手は吟味しなければいけない。
(そこらへんに乗っ取っても大丈夫そうな悪党でもいればいいのだけれど……)
やや物騒なことを考えていると、前方にて複数の声がした。
俺は息を殺してゆっくりと近付いていく。
なんだか森での生き方に順応しつつあるね。
自分の変化に内心で苦笑しつつ、俺は声の正体を確かめる。
視線の先には、武装した五体のゴブリンがいた。
さすがに放っておけなかったのだ。
またさっきのようにモンスターに襲われる可能性だってある。
せめて森の外まで送り届けようとは考えていた。
「グレーウルフさん」
「ガウ?」
「ずっと私の歩くペースに合わせてくれてますよね。ありがとうございます」
少女がぺこりと頭を下げたので、俺は「気にしないでいいよ」という意味で首を振っておく。
別に何か急いでいるわけでもないのだ。
彼女だって疲労しているみたいだからね。
無理に走る必要もあるまい。
最初は距離を取っていた少女だが、今はすっかり慣れて隣にいた。
いや、それどころかたまに俺を撫でては喜んでいる。
あまり毛並みは良くなさそうだけどね。
本人が満足しているのなら良い。
(完全にペット感覚だよなぁ)
年下の女の子にぺたぺたと触られるのはなんだか恥ずかしいが、今の俺は野生の狼だ。
これがアラサーのサラリーマンのままだと事案だろうけど、ビジュアル的には何ら問題はないと思う。
道中、話題として少女は身の上を語ってくれた。
彼女の名前はエレナ。
十七歳の新米冒険者で、薬草を採取している途中に先ほどのゴブリンに遭遇したのだという。
エレナは幼い頃から冒険者になるのが夢だったらしく、二週間前に故郷の村を出て冒険者になったばかりだそうだ。
ただ現実は厳しく、現在は生活費を稼ぐので精一杯らしい。
才能もなく、最下級の魔物であるゴブリンが相手でも苦戦する程度とのことだった。
冒険者組合――通称ギルドでも上手く仲間ができず、こうしてソロでの活動を余儀なくされているそうだ。
それでも諦めずに冒険者を続けるつもりだ、とエレナは話を締めくくった。
(偉いな。俺には真似できない)
なかなかの苦境のはずなのに、話すエレナの顔はそれほど暗くなかった。
どちらかというと、自分の夢を喋る恥ずかしさの方が勝っている印象である。
彼女は前向きな性格のようだ。
本当に冒険者になりたい。
その意志がはっきりと伝わってくる。
若くて行動力があり、何より夢に向かってひたむきに努力する姿には好感を覚えた。
やや無鉄砲というか危ない感じはするものの、素直に応援したくなるね。
見ているこちらまで元気になれそうだ。
そういえば、明らかに日本語ではないのに、エレナの言うことは普通に理解できた。
転生を果たした際に、言語機能が弄られたのかもしれない。
ありがたい話である。
これでまったく言葉が分からなかったらどうしようもないからね。
異世界に来てそれでは詰んでしまう。
そうして話しているうちに、俺たちは森の終わりに到着した。
見渡す限りの草原が続いている。
太陽も燦々と照り輝いて気持ちのいい気候だ。
ピクニックでもすれば楽しいと思う。
まあ、モンスターが出没するはずなので、そんな悠長なことはできそうにないが。
遠くにうっすらと外壁のようなものが望める。
街か何かだろうか。
エレナがこちらに来たのを考えるに、彼女が拠点としている場所なのかもしれない。
「本当にありがとうございました。グレーウルフさんがいなかったら私は……」
「ガウガウ」
俺は前脚でちょいちょいとエレナの手をつつく。
この子はやたらと気遣ってくれるね。
別に気にしなくていいのに。
俺だって善意だけで動いたわけではないのだ。
言い方は悪いが、検証のついでに助けたという面もある。
生憎と人間の言葉が話せないので、そこまでは伝えることができない。
それでも大まかな意思は察してくれたのか、エレナは淡く微笑んだ。
「……では、グレーウルフさんもお元気で! 機会があればまたお会いしましょう!」
「ガウッ」
元気に手を振りながら、エレナは歩き去っていった。
徐々に離れゆくその背中。
見晴らしも良いし、もうそこまでの危険はないだろう。
踵を返して森に戻った俺は、ふと考える。
(――また、あの子に会いたいな)
そして願わくば彼女の力になりたい。
せっかく異世界に来たのだから、そういう生き方を目指してもいいのではないか。
ましてや俺はウイルスという特異な存在なのだ。
前世のような何の取り柄もないサラリーマンとは違う。
少なくとも、他のモンスターとも渡り合える程度の力は持っているようだった。
この能力を誰かのために使うのは、決して間違ったことではあるまい。
凶悪な疫病のパンデミックによって世界滅亡を狙うよりはずっと健全だろう。
いや、そんなことをする気は全くないが。
俺は根っからの小市民なのだ。
ちょっとしたヒーローにはなりたいけど、そこまで大それた真似はできない。
(エレナに力を貸すとするなら……俺も冒険者になるべきか)
それが最も手っ取り早いだろう。
彼女は一人での活動に苦労しているようだし、俺ならば戦力的に十分サポートできる。
ただ、それにあたって一つ問題があった。
俺が使う狼の肉体だ。
このままだと冒険者に殺されてしまう可能性が高い。
ギルドのルールは知らないが、さすがにただの野生動物が冒険者になれる制度があるとは思えない。
最初、俺を見たエレナが怯えていたことから、たぶん厳しいだろう。
いや、それ以前に街の中へ辿り着けるか怪しいぞ。
ふらっと近付いた日には、門番に斬り殺されるのが目に見える。
それはさすがに悲しい。
(やっぱり、人間の身体が必要か……)
当然、結論はそこに行き着く。
野生動物の狼ならともかく、普通の人間の身体さえあれば行動の自由度は格段に上がる。
何をするにしても、まずはそこだと思う。
よし、当面は人間の肉体の確保を目標にしよう。
仮にエレナの件を抜きにしても、純粋に人間の身体が恋しい。
ゴブリンと戦える程度には狼の肉体にも慣れてきているものの、やはり四足歩行には違和感があるのだ。
会話ができないのも地味に辛い。
喋れないことに結構なもどかしさを感じていた。
ただ、善良な人間の意識を奪うことは罪悪感を覚える。
相手は吟味しなければいけない。
(そこらへんに乗っ取っても大丈夫そうな悪党でもいればいいのだけれど……)
やや物騒なことを考えていると、前方にて複数の声がした。
俺は息を殺してゆっくりと近付いていく。
なんだか森での生き方に順応しつつあるね。
自分の変化に内心で苦笑しつつ、俺は声の正体を確かめる。
視線の先には、武装した五体のゴブリンがいた。