第49話 新たな邂逅

文字数 2,276文字

 俺は必死になってエレナを捜索していたが、生憎と手がかりの一つも見つからない。
 一体どこにいるのか。

 幸い、この辺りの階層は症状による多重強化を用いれば安全に進める。
 俺までとは行かないまでも、エレナには相当なパワーアップを施した。
 よほど悪質な魔物と遭遇しない限り、為す術もなく殺されるということはない……と思いたい。

(そう遠くまで離れているはずはないのだが)

 こうも見つからないと、俺のやり方が悪い気がしてきた。

 階層内の魔物を殲滅すれば、自然と人間の気配を感じ取りやすくなる。
 下手に探し回るより、その方が効率的なのでは。
 当てもなく走り回るよりよほど簡単である。

 些か物騒な案に思考が傾いたところで【危険察知Ⅱ】が敵の接近を知らせてくれた。
 間を置かず、曲がり角の陰から獣型の魔物が跳びかかってくる。

 獰猛な顔つきにちょっと驚いたが、事前に感知できていたので対処は容易だ。
【肉体操作Ⅱ】で指先を裂いて爪に血を伝わせ、攻撃される前に勢いで解体する。


>症状を発現【黒棘毛Ⅰ】
>症状を発現【剛筋Ⅰ】


 いちいち呼気から感染させるのが面倒に思ったけど、これで解決だな。
 色々とアレンジ技もできそうだし。
 今後は感染と攻撃を同時にこなせるようにやっていくか。

 その後もしばらく通路を進むも、ちっともエレナを見かけない。
 崩落からすぐに追いかけたのになぜだ。
 他の階層に落ちたのだろうか。
 そうなると大幅な時間ロスなのだが。
 駄目だ、焦ってしまって上手く頭が回らない。

 爪で壁で削りながら進んでいると、地面に刻まれた魔法陣を発見した。
 魔法陣はぼんやりと光を発しており、それなりの量の魔力を内包している。

 見るからに怪しい。
 本来なら無視して飛び越えて進むべきなのだろうが、なんとなくスルーしてはいけない気がした。
 俺は足を止めて魔法陣を確認する。

(たぶん、何かの罠か……?)

 魔法陣による罠はゲームなんかでも定番のものだろう。
 これまでプレイした作品にも何度か出てきた覚えがある。

 是非とも効果を確かめたかったのだが、いきなり自分の身で試すのは躊躇してしまう。
 踏んだ瞬間に炎や毒を噴き出すタイプの罠だったらさすがに笑えない。

(どうにかして安全に実験できないかな)

 少し思案していると【気配感知Ⅰ】に反応を示す。
 そちらを見てみれば、リザードマンの強化種らしき魔物が突撃してきた。

 伸び上がるような軌道で突き込まれた矛を脇で挟んで受け止め、裏拳でリザードマンの顔面を殴る。
 衝撃でリザードマンの顔面が破裂し、血やら脳漿やら骨片やらが飛び散って即死した。

 うん、すごくスプラッター。
 街中では筋力上昇系の症状を解除しておかないと。
 ふとした拍子に力加減を誤って人を殺しちゃったら洒落にならない。
 善良なウイルスを志しているからね。
 街の平和を乱すような行為はご法度である。

 俺はリザードマンの死体を掴んで魔法陣の上に投げて載せる。
 その瞬間、死体は音もなく消えた。
 数秒後、死体はまったく同じ姿で現れる。

 俺は眉を寄せて首を傾げた。

(これは……転移か?)

 ゲームなどでも散見される仕様だ。
 死体がこちらへ戻ってきたことから、転移先で即死するような悪質なものではないらしい。
 転移で戻ってきた死体には大きな損傷もないので、たぶん大丈夫だろう。

 物は試しということで、俺は試しに魔法陣を踏んでみた。
 刹那、微かな浮遊感。
 視界が一瞬で切り替わる。

 いつの間にか周囲は、赤褐色の岩石で構成された通路になっていた。
 雰囲気からして、ダンジョン内のどこかの階層だろう。
 どうやら無事に転移できたのかな。

 足元の魔法陣を一度出てから再度踏むと、無事に元の通路へ戻れた。
 そばに俺が解体した死体が落ちているので間違いない。
 これがなかったら別の場所に飛ばされたのではと不安になるところだった。
 ダンジョン内は似たような風景が多いからね。

 法則性があるにしても、現在地がまともに分からない状況では検証も難しいな。
 この転移罠が他にも配置されているとなると、再会は余計に厳しくなりそうだ。
 エレナがこの転移罠を踏んだ可能性があるからね。
 彼女もパニックになっているだろうし、足元への注意が疎かになっていてもおかしくない。

(さて、どうしたものか……)

 このままこの階層を探し回ってもエレナは見つからない気がする。
 魔法陣の先に移動して捜索を行うべきかもしれない。
 その方が幾分か再会できる確率は上がりそうだ。

 判断に迷っていると、前方に一つの気配を感じる。
 冒険者か魔物か判別が付かない。
 俺は爪を出したままで慎重に接近する。

 敵対する存在なら躊躇なく切り裂く。
 確かな殺意を胸に秘めて、俺は通路の先を睨み付ける。

 そうして沈黙すること暫し。
 深い闇の中から長身の人影が現れる。

 揺れるチュニックとケープ。
 切り揃えた紫色の長髪はこの陰気な空間でも艶を放っている。
 こちらを見つめる切れ長の目には、強く確かな意思が宿っていた。
 白磁のような肌はシミ一つなく、凛々しく引き結ばれた唇は健康的な色をしている。
 特徴的なのは長く尖った耳だろうか。
 浮世離れした美貌にマッチしていた。
 ダンジョンの深層にて出会ったのは、そんなエルフと思しき美女だった。
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