第31話 殺戮の夜

文字数 2,248文字

(あと六人……)

 細く息を吐きながら思考を働かせる。

 既に【怪力Ⅰ】と【身体強化Ⅰ】によって肉体スペックを底上げしていた。
 他にも【反射神経Ⅰ】【動体視力Ⅰ】【見切りⅠ】で高速戦闘にも耐えられるようにして、【気配感知Ⅰ】と【魔力感知Ⅰ】で死角にいる奴らの動向も窺える。
 紛れもなく万全のコンディションであった。
 どうやっても負ける気がしない。

 俺は目の前の三人に向かって走りだす。
 こいつらのうち片方は、昼間にウイルスを感染させていた。
 ただし、弱体化など煩わしいことはしない。
 シンプルに圧倒的な暴力で叩き潰してやろう。
 そして後悔に苛まれながら死んでいけばいいさ。

「こ、こいつッ」

 短槍を持った男が反撃を試みてきた。
 それなりに鋭い刺突だ。
 もっとも【物理耐性Ⅰ】や【防刃毛Ⅰ】を使えば避ける必要すらないものの、革鎧に傷が付いてしまう。
 一張羅なのだからそれは困るのだ。
 俺は胸に迫る穂先を片手でつまんで止めた。

「嘘だろ、こんな馬鹿なぐぇげぁっ」

 驚愕する短槍使いの顔面を、さらに拳で打ち抜く。
 陥没した顔面からぶしゅぶしゅと血みどろの何かを垂れしながら、短槍使いは崩れ落ちた。
 さらに間を置かずに残る前方の一人の髪を掴み、至近距離から呼気でウイルスに感染させる。


>症状を発現【焦燥Ⅰ】


 派手なスキルではないが、地味に役立ちそうだ。
 ここまでそれなりの数の冒険者に感染させてきただけあり、新規で取得できる分は少なくなってきたな。
 もっと強い人間や特殊な技能持ちを狙いに行った方が良さそうだな。

「はっ、離せぇっ……!?」

 足をばたつかせて必死にもがく男。
 俺の手を引き剥がそうとしているが、まったく意味を為さない。
 パワーが桁違いに違うのだ。
 ホブゴブリンの素の膂力もそれなりだが、複数の症状で並の人間とは比べ物にならないレベルに昇華されている。
 苦し紛れの抵抗などちっとも効かない。

 俺は掴んだ男を持ち上げると、渾身の力で壁に叩き付けた。
 壁と衝突した男は頭蓋が割れて動かなくなる。

(弱いな。本当に弱体化が必要ない)

 死体を放った次の瞬間、眼前まで斧が迫っていた。

「うおおおおああああぁぁっ!?」

 振り抜かれる刃。
 首を後ろに傾けて、紙一重で避けることに成功する。
 残る前方の一人が斬りかかってきたのだ。

 斧は勢い余って壁にめり込む。
 攻撃してきた男は、斧を抜こうと必死になって焦っていた。

 敵の前でそんな姿を晒すとは、なんとも間抜けな。
 男の太腿を切り裂き、倒れたところで顔面を踏み砕く。
 ブーツ裏から伝わる感触を不快に思いつつ、俺は後ろを振り向いた。

「あ、と……さんに、ン……」

 こちらの呟きに後ずさる男たち。
 後悔していそうだがもう遅い。
 絶対に逃がすものか。
 ここでの出来事を吹聴されては困る。

 俺は一気に駆け出して距離を詰め、大上段から剣を振り下ろす。
 避け損ねた杖持ちの一人が頭頂部から股まで縦に切断された。
 悲鳴も上げられず、死体となった男は地面に沈む。

 魔術とやらを使うつもりだったのか、仄かに魔力の高まりを感じられた。
 目撃できなかったのは少し残念だ。

 俺は血煙を浴びながら前進する。
 繰り出された斬撃を剣で弾き、よろめく男の頬に裏拳を打ち込んだ。
 錐揉み回転して吹っ飛んだ剣使いはゴミの山に頭を突っ込んで痙攣し始める。

(さて、いよいよあと――)

 視線を移す寸前、背筋に悪寒を覚えた。
 直後、側頭部に軽い衝撃が走る。
 見れば背後の壁にクロスボウの矢が突き立っていた。

 幸いにも俺自身に大した怪我はない。
 ギリギリで回避したことで、矢が兜を掠めただけだったようだ。
 なかなか良い不意打ちである。
 運が悪ければ頭部を射抜かれて死んでいた。
 さりげなく発症していた【直感Ⅰ】と【戦闘勘Ⅰ】のおかげで命中を免れた形である。

 俺は射手のクロスボウ使いを見た。

「ホ、ホブゴブリンだと……!?」

 不意打ちを外したクロスボウ使いは狼狽していた。
 俺を指差して何か喚いている。

 確認してみると、兜が外れて地面に落ちていた。
 矢が掠めたことで留め具が外れてしまったらしい。
 おかげで顔が丸見えだ。
 こいつはとんだ失態を犯してしまったね。
 街中でやってしまえばアウトだった。

 まあ、今回に限ってはいい。
 目撃者を消せば済む話なのだから。

 最後の一人の胸を剣で刺し貫き、俺は壁にもたれかかる。
 辺りには死体が散乱し、血の臭いが充満していた。

(酷い光景だ……)

 思わずため息を吐く。

 ただ、ここで非情になれずに逃がせば、少女に危害が及ぶ可能性があった。
 それはあまりにも間抜けだろう。
 時には残酷な選択も取らねばならない。

 念願の人間の肉体だったが、勢い余ってやりすぎた。
 ちゃんと感染を広げておけば新たな症状もいくつか取得できたかもしれなかったのに。
 何ならそのまま肉体を乗っ取ってしまってもよかった。

 俺は自らの行動を悔いそうになるも、すぐに思い直す。

(いや、これでいい)

 こんな連中の身体を俺は使いたくない。
 まあ、ヒトの方が便利なことに違いはないから、次の機会があれば確保しよう。

 俺は重い腰を上げて、死体処理の準備を始めた。
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