第26話 彼女の戦う姿

文字数 2,074文字

 俺はエレナと共に街の外にある草原を歩いていた。
 食事を済ませた後にギルドへ戻り、さっそく魔物討伐の依頼を受けてきたのである。

 その際、他の冒険者から妙な視線を向けられた。
 若干の畏怖が感じられたのは気のせいではあるまい。
 手続きをしてくれた職員さんもちょっと挙動不審だった。

 別に無差別に攻撃するわけじゃないのにね。
 少しだけ傷付いたのは内緒である。

「いい天気ですね! 歩いているだけでも気持ちいいです」

「そ、う……だナ」

「張り切って魔物をバシバシ倒しますからねっ」

 エレナは機嫌が良さそうに笑う。
 誰かと一緒に依頼をこなせるのが嬉しいようだ。
 無邪気で微笑ましいね。

 そんなエレナの姿に癒されていると【危険察知Ⅰ】が反応した。
 見ればガサガサと草を揺らす影がある。
 なんとも無粋な奴だ。

 そうして現れたのは、額から角の生えた白い兎であった。
 こいつの名前はツノウサギ。
 此度の討伐依頼のターゲットだ。
 事前に外見の特徴を聞いていたので間違いない。

「プキッ」

 こちらに気付いたツノウサギは、甲高い鳴き声をさせてビクリと震えた。
 突進のそぶりを見せながら警戒している。

 あの角で攻撃するつもりらしい。
 小さいからと油断していたら、腹を刺されそうだ。
 事前情報によれば素早いとのことだし。

「あっ、ツノウサギです! さっそく見つけましたね!」

 一拍遅れて察知したエレナは、剣を正眼に構えた。
 先ほどまでの雰囲気からガラッと変わり、引き締まった表情をしている。
 こういうところは非常に冒険者らしいね。

 エレナは数メートルほどの距離を置いてツノウサギと対峙する。
 こちらに助力を求めない様子を見るに、ソロでも勝てる程度の魔物なのだろうか。
 とりあえず手出しの必要はなさそうだ。

「ピキューッ」

 駆け出したツノウサギは、全力でエレナに突進していく。
 なかなかのスピードだ。
 不意を突かれて懐に潜られると厄介だな。
 ゴブリン単体なら上手くやれば倒せるのではないか。

 少なくとも、前世の俺はあっけなく殺されそうだ。
 情けない話だが、運動神経にはこれっぽっちも自信がなかった。
 あの身体のままでこの世界に放り出されていたら、三日と生きていられないと思うね。

 ……おっと、思考が脱線した。
 エレナの戦いに集中しなければ。

「ふっ!」

 ツノウサギの突進に対し、エレナはサイドステップでの回避を選択した。
 危なげなく角をやり過ごしている。
 こちらも軽快な身のこなしだ。
 決して悪くない。
 そこから身体を捻るようにしてツノウサギを切り付ける。

 しかし、これは浅い。
 無理な体勢から仕掛けたことに加え、ツノウサギとのサイズ差のせいで斬撃に力が乗っていなかった。
 掠めるようにして白い毛を切られたツノウサギは、飛び跳ねて角で刺突を繰り出す。

 狙いはエレナの腹部。
 革鎧に守られてはいるも、貫通しそうな勢いだった。

「くっ……」

 エレナは慌てて引き戻した剣でガードする。
 防御はギリギリで間に合い、衝突で火花が散った。

 エレナとツノウサギは、追撃はせずに互いに飛び退く。

(意外と戦えているんじゃないか……?)

 腕組みをして見守る俺は感心する。
 【動体視力Ⅰ】【洞察力Ⅰ】【視力強化Ⅰ】を発症させているので、両者の攻防がよく分かった。
 今のところは一進一退といった具合か。
 互角な印象を受ける。

 エレナも新米冒険者にしては動ける方じゃないだろうか。
 特に基準があるわけではないが、こうして観察する限りでは悪くないと思う。
 端々に未熟さはあるものの、それは俺も同じようなものだ。

 この分だとツノウサギにも勝てそうである。
 ただ、万が一という場合も考えられた。

 エレナが追い詰められた時に備えて、ツノウサギにウイルスを感染させておくことにする。


>症状を発現【跳躍Ⅰ】
>症状を発現【突進Ⅰ】
>症状を発現【危険察知Ⅱ】

 よし、これでいつでもツノウサギを無力化できる。
 もっとも、基本的に俺が手出しをするつもりはない。
 俺がすぐに介入すると訓練にならないからね。

 エレナにも事前にそういう風にお願いされていた。
 だから俺はほどほどの距離で黙って観戦する。

 接戦を繰り広げるエレナとツノウサギだったが、戦況は次第にエレナの優勢へと移り始めつつあった。
 体力においてツノウサギを勝っていたらしい。
 それが決め手となり、ついにはエレナの振った剣がツノウサギの胴を切り裂いて倒す。

「パラジットさん! 私、倒せましたよ! やりました!」

 構えを解いたエレナは大喜びしていた。
 ぴょんぴょんと跳ねて俺に手を振ってくる。

 こうして誰かに努力を披露する機会もなかったのだろう。
 とても誇らしげで、歓喜に満ち溢れている。

 その無邪気な姿に、気付けば俺は微笑んでいた。
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