第18話 生の価値
文字数 2,167文字
(馬車の持ち主か……?)
こちらに歩み寄ってくる優男を一瞥して、俺は首を傾げる。
見るからに高価そうな仕立ての良い服。
一つひとつの動作に気品のようなものが感じられた。
涼しい笑みを浮かべる顔は端正で、スッとした切れ長の糸目をしている。
人の良さそうな表情だが、どこか油断ならない気配もあった。
雲のように掴めない感じだ。
その容姿と雰囲気はどことなく狐を彷彿とさせる。
優男は両手を広げながら話しかけてきた。
「どうもどうも! 積み荷の特注肉の匂いが強すぎて、グレーウルフたちをおびき寄せてしまったようで。護衛として雇った冒険者たちも、ここまでの道のりで疲労して上手く戦えなかったようなのです。まったく、迂闊すぎてお恥ずかしい限りです」
おっと、凄まじく饒舌だ。
加えてテンションもかなり高い。
とても直前まで狼の群れに追い詰められていた人間の様子とは思えないぞ。
呆気に取られる俺を見た優男は、ハッと我に返って一礼する。
「申し遅れました。私、ヴァルリー商会のロイ・エンディハルトといいます。気軽にロイとお呼びください」
商会ということは、この馬車は商品を積んでいるのか。
真っ先に名乗りに来たことから、彼が責任者なのだろう。
優男もといロイは、こちらを窺うような視線を見せる。
ああ、名乗り返すのを期待されているのか。
俺は緩く首を振った。
「なの、る……ほどの、もの、では……なイ。ただ、の……けんし、ダ」
こちらのぎこちない喋り方に、一瞬だけ不思議そうな表情をする商人。
俺は慌てることなく言葉を続ける。
「むか、し……たたかい、で……のどに、ふかで……をおった、こういしょうな、んダ。きき、づらく……て、すま、ないナ」
それは事前に考えておいた説明だった。
モンスターと戦うような世界なら違和感もないだろう。
「いえいえ、気にしませんとも! そういう方も決して珍しくはありませんからねぇ」
ロイはこちらを同情するような言動を取る。
どうにも芝居かかった感じがするも、言葉に嘘はなさそうだった。
ひとまず誤魔化せたようで何よりである。
「それにしても、先ほどの戦いはすごかったですね。人並み外れたパワーでした。護衛たちが一目を置いていますよ」
ロイは横転した馬車を戻す護衛たちを眺めながら苦笑する。
先ほど感じた視線やらは、俺をモンスターと疑っていたわけではないようだ。
よかったよかった、ひとまず安心だね。
強硬手段を取らずに済んだ。
俺が内心で胸を撫で下ろす間、ロイはひたすらこちらを褒め倒してくる。
「まるで死を恐れていないかのような戦い方でした。これまで様々な冒険者の方々を見てきましたが、初めて目にする強さですね。決して愚か蛮勇などではなく、圧倒的な自信とそれに伴う実力です。余力もあったようですし、そのお姿に惚れ惚れしてしまいましたよ」
ロイの称賛が的確すぎて笑いそうになる。
実際に死を恐れていないからね。
死んだところで復活できるし。
この世界からウイルスが根絶されない限り、俺が消えることはない。
その確信があるからこそ、俺は恐れずに戦えるのだ。
普通の身体では助太刀なんてとてもできない。
「ほめ、すぎダ。それ……ほ、ど、すごく、は……なイ」
「何をおっしゃいますか! 私の目に狂いはありませんとも。護衛の冒険者たちに訊いても同様の答えが返ってくるでしょう」
そう言ってロイは馬車を戻して待機中の護衛を呼ぶ。
やって来た彼らは、確かに感謝と称賛の言葉を述べた。
なんだか随分と過大評価されているな。
別にあれくらいはどうってことないのに。
会話を当たり障りなく進めながら、俺はこっそりとウイルスを感染させる。
>症状を発現【受け流しⅠ】
>症状を発現【反射神経Ⅰ】
>症状を発現【動体視力Ⅰ】
>症状を発現【見切りⅠ】
>症状を発現【戦闘勘Ⅰ】
>症状を発現【回避Ⅱ】
>症状を発現【冷静Ⅰ】
>症状を発現【洞察力Ⅱ】
>症状を発現【直感Ⅰ】
ウイルスによる口封じはしないが、それとこれとは話が別である。
症状はなるべくゲットしておきたいのだ。
人間がどのようなスキルをくれるか純粋に気になるし。
症状も感染力もない完全なキャリアなので許してほしい。
悪用するつもりはないよ、いや本当に。
それにしても色々とすごいスキルを取得できた。
冒険者の数が多かったこともあり、戦闘用の症状が大部分を占めている。
ラインナップを見るに、生き残るための術という印象が強い。
素人の俺にとって、戦いをサポートしてくれる系統の症状は非常にありがたかった。
紛うことなき大収穫だね。
助けに来てよかった、と心から思う。
密かに満足する俺を見て、ロイは深々と頭を下げた。
「此度は本当にありがとうございました。ささやかですがお礼も用意させていただきますので、商会までお越しいただけないでしょうか」
「いや……きに、しなくて……いイ。あなた、たちが……いき、ている、こと……こそ、さいだいの、ほう……しゅう、ダ」
死なれたら、症状が貰えないからね。
こちらに歩み寄ってくる優男を一瞥して、俺は首を傾げる。
見るからに高価そうな仕立ての良い服。
一つひとつの動作に気品のようなものが感じられた。
涼しい笑みを浮かべる顔は端正で、スッとした切れ長の糸目をしている。
人の良さそうな表情だが、どこか油断ならない気配もあった。
雲のように掴めない感じだ。
その容姿と雰囲気はどことなく狐を彷彿とさせる。
優男は両手を広げながら話しかけてきた。
「どうもどうも! 積み荷の特注肉の匂いが強すぎて、グレーウルフたちをおびき寄せてしまったようで。護衛として雇った冒険者たちも、ここまでの道のりで疲労して上手く戦えなかったようなのです。まったく、迂闊すぎてお恥ずかしい限りです」
おっと、凄まじく饒舌だ。
加えてテンションもかなり高い。
とても直前まで狼の群れに追い詰められていた人間の様子とは思えないぞ。
呆気に取られる俺を見た優男は、ハッと我に返って一礼する。
「申し遅れました。私、ヴァルリー商会のロイ・エンディハルトといいます。気軽にロイとお呼びください」
商会ということは、この馬車は商品を積んでいるのか。
真っ先に名乗りに来たことから、彼が責任者なのだろう。
優男もといロイは、こちらを窺うような視線を見せる。
ああ、名乗り返すのを期待されているのか。
俺は緩く首を振った。
「なの、る……ほどの、もの、では……なイ。ただ、の……けんし、ダ」
こちらのぎこちない喋り方に、一瞬だけ不思議そうな表情をする商人。
俺は慌てることなく言葉を続ける。
「むか、し……たたかい、で……のどに、ふかで……をおった、こういしょうな、んダ。きき、づらく……て、すま、ないナ」
それは事前に考えておいた説明だった。
モンスターと戦うような世界なら違和感もないだろう。
「いえいえ、気にしませんとも! そういう方も決して珍しくはありませんからねぇ」
ロイはこちらを同情するような言動を取る。
どうにも芝居かかった感じがするも、言葉に嘘はなさそうだった。
ひとまず誤魔化せたようで何よりである。
「それにしても、先ほどの戦いはすごかったですね。人並み外れたパワーでした。護衛たちが一目を置いていますよ」
ロイは横転した馬車を戻す護衛たちを眺めながら苦笑する。
先ほど感じた視線やらは、俺をモンスターと疑っていたわけではないようだ。
よかったよかった、ひとまず安心だね。
強硬手段を取らずに済んだ。
俺が内心で胸を撫で下ろす間、ロイはひたすらこちらを褒め倒してくる。
「まるで死を恐れていないかのような戦い方でした。これまで様々な冒険者の方々を見てきましたが、初めて目にする強さですね。決して愚か蛮勇などではなく、圧倒的な自信とそれに伴う実力です。余力もあったようですし、そのお姿に惚れ惚れしてしまいましたよ」
ロイの称賛が的確すぎて笑いそうになる。
実際に死を恐れていないからね。
死んだところで復活できるし。
この世界からウイルスが根絶されない限り、俺が消えることはない。
その確信があるからこそ、俺は恐れずに戦えるのだ。
普通の身体では助太刀なんてとてもできない。
「ほめ、すぎダ。それ……ほ、ど、すごく、は……なイ」
「何をおっしゃいますか! 私の目に狂いはありませんとも。護衛の冒険者たちに訊いても同様の答えが返ってくるでしょう」
そう言ってロイは馬車を戻して待機中の護衛を呼ぶ。
やって来た彼らは、確かに感謝と称賛の言葉を述べた。
なんだか随分と過大評価されているな。
別にあれくらいはどうってことないのに。
会話を当たり障りなく進めながら、俺はこっそりとウイルスを感染させる。
>症状を発現【受け流しⅠ】
>症状を発現【反射神経Ⅰ】
>症状を発現【動体視力Ⅰ】
>症状を発現【見切りⅠ】
>症状を発現【戦闘勘Ⅰ】
>症状を発現【回避Ⅱ】
>症状を発現【冷静Ⅰ】
>症状を発現【洞察力Ⅱ】
>症状を発現【直感Ⅰ】
ウイルスによる口封じはしないが、それとこれとは話が別である。
症状はなるべくゲットしておきたいのだ。
人間がどのようなスキルをくれるか純粋に気になるし。
症状も感染力もない完全なキャリアなので許してほしい。
悪用するつもりはないよ、いや本当に。
それにしても色々とすごいスキルを取得できた。
冒険者の数が多かったこともあり、戦闘用の症状が大部分を占めている。
ラインナップを見るに、生き残るための術という印象が強い。
素人の俺にとって、戦いをサポートしてくれる系統の症状は非常にありがたかった。
紛うことなき大収穫だね。
助けに来てよかった、と心から思う。
密かに満足する俺を見て、ロイは深々と頭を下げた。
「此度は本当にありがとうございました。ささやかですがお礼も用意させていただきますので、商会までお越しいただけないでしょうか」
「いや……きに、しなくて……いイ。あなた、たちが……いき、ている、こと……こそ、さいだいの、ほう……しゅう、ダ」
死なれたら、症状が貰えないからね。