第14話 鼠の症状検査
文字数 3,522文字
俺は生き残りのゴブリンと共に巣への帰還を始めた。
熊の死体を始めとした狩りの収穫を糸で縛って引きずっていく。
貴重な栄養源だ。
先ほど熊の肉をつまみ食いしたところ、筋張った質感でお世辞にも美味くなかったが、身体の芯から力が漲る感じがした。
体力と魔力もしっかり回復している。
味はともかくとして、滋養強壮の観点では最高の食材だろう。
巣までの道中、俺たちを襲うモンスターは出てこない。
こちらは少人数なのだから、狙われてもおかしくないと思ったのだが。
同行するゴブリンに訊いたところ、熊の死体から流れる血の臭いが他のモンスターを遠ざけているとのことだった。
あの熊は、森の中でも特に強力なモンスターとして恐れられているらしい。
誰も歯が立たず、怒らせればたちまち殺されてしまうのだという。
森のモンスターからすれば、一種の災害として認知されているようだ。
実際に対峙した身からすれば大いに納得できる。
ウイルスとしての能力がなければ、間違いなく殺されていただろう。
まったく、この森は危険すぎる。
勘弁してほしいものだ。
もっと優しい世界でほのぼのとスローライフを送りたい。
その後もこれといった出来事もなく、俺たちは無事にゴブリンの巣に到着した。
時刻は日没間際。
生き残りのゴブリンに収穫と諸々の報告を任せ、俺は洞窟にて休息を取る。
手渡された水を浴びるように飲み、岩壁にもたれて目を閉じた。
「おは、よ……ウ。こんに、ち……ハ。こ……んば、んハ」
発症中の【器用Ⅱ】のおかげか、それなりに上達してきたのではないだろうか。
段々と聞ける発音になってきた気がする。
いや、勘違いか?
やっぱりまだ少し自信がない。
何にしろ、ゴブリンばかりと交流するのも飽きてきた。
そろそろ人間ともコミュニケーションを取りたい。
文明的な生活も恋しいもんな。
サバイバル的な日々も新鮮ではあるものの、これをずっと続けるとなるとキツい。
街に行く自分を思い描きながら、俺はひたすら人語の練習を繰り返して時間を過ごす。
そして夜。
俺は一人で森の中を探索していた。
ただしホブゴブリンの肉体ではない。
懐かしき鼠の肉体である。
狩りの帰り道、たまたま発見したので捕獲しておいたのだ。
此度の外出の目的は、新しい症状のチェックである。
色々とたくさん手に入ったので実際に使ってみて具合を確かめておきたかった。
本当はホブゴブリンのままでも良かったが、出かける段階で配下のゴブリンたちに引き止められたのだ。
曰く、今日はゆっくり休んでほしいそうだ。
熊との激戦があったばかりだしね。
心配になるのも分かる。
夜行性のモンスターが活動し始める時間帯でもあったらしく、大勢のゴブリンに説得されてしまった。
こちらの身体を気遣っての発言だから、無碍にはできなかったよね。
というわけで、鼠の肉体で探索することにしたのである。
ホブゴブリンの肉体は【休眠Ⅰ】で動かないようにしているので、俺が乗っ取っていない間に勝手な真似をする恐れはない。
周りからは、ぐっすりと寝ているようにしか見えないだろう。
(夜の散歩というのも、なかなか楽しいなぁ)
俺は呑気に進む。
暗闇が辺りを覆っているが、【夜目Ⅱ】があるので昼間のように見通せる。
相変わらずウイルスの能力は便利だ。
しばらく移動すると、唐突に近くの草むらが揺れた。
風は吹いていない。
明らかに何者かがそこにいる。
足を止めて待つこと少し。
隙間から顔を出したのは、くすんだ縞模様の蛇だった。
蛇はチロチロと割れた舌を見せる。
爬虫類特有の縦長の瞳が、俺のことをじっと見下ろしていた。
こちらを獲物として認識しているのは言うまでもない。
(転生した当初なら、絶対にビビっていたな……)
ただ、今はかなり落ち着いている。
異世界に来てから、それなりの出来事を経験してきたからね。
これくらいでは動揺しないぞ。
我ながら順応力が高い。
さて、何の症状から試していこうか。
脳内で候補を挙げていると、先に蛇が仕掛けてきた。
「……シャァッ」
這うような姿勢からの噛み付きだ。
尖った牙が煌めく。
「チュチュッ」
俺は横へ走って回避した。
貧弱な鼠の肉体でも【敏捷Ⅰ】【回避Ⅰ】【身軽Ⅰ】を重複発症させれば十分に動ける。
カウンターに【怪力Ⅰ】と【毒牙Ⅰ】を使いながら、俺は細長い蛇の胴体に跳び付いた。
長い前歯が鱗を食い破る。
>症状を発現【消化Ⅰ】
>症状を発現【熱探知Ⅰ】
>症状を発現【出血Ⅰ】
>症状を発現【筋肉弛緩Ⅰ】
>症状を発現【神経痛Ⅰ】
蛇というだけあって、毒に含まれていそうな症状が手に入った。
マイナス系の症状は良い。
感染させた時点から弱体化で押し込めるからね。
たくさんあって困るものではなかった。
俺は噛み付いたままの状態から【感電Ⅰ】を発症させる。
ビクリ、と硬直した蛇して頭をふらふらと揺らした。
軽い電気ショックだ。
接触していれば、それなりに効いてくれるらしい。
「シャアッ……!?」
反撃しようとする蛇を【麻痺Ⅰ】と【筋肉弛緩Ⅰ】で止める。
くたりと地面に倒れた蛇。
痙攣するばかりでまともに行動できずにいる。
(ごめんね、今回は容赦しないよー)
俺は畳みかけるようにして【魔力発電Ⅰ】を使う。
体内を巡る雀の涙ほどの魔力が減り、代わりにバチバチと雷光が体表の上を瞬いた。
電気エネルギーが発生したようだ。
これでもう一度【感電Ⅰ】を使えば威力が上がりそうだが実践はしない。
それよりも試したいことがあったからだ。
蛇の正面に立った俺は【電磁開放Ⅰ】を発症させた。
電気エネルギーが肉体を強化する感覚。
さらに喉奥に違和感が生じた。
意識を向けると、急速に熱を帯び始める。
次いで開いた口から明滅する青白い光が漏れだした。
(こ、これはちょっと違うんじゃ……)
俺の動揺をよそに、喉の違和感は際限なく膨らんでいく。
やがて耐え切れなくなった俺は、それを吐き出した。
「――チュヂュッ」
口から発射されたのは雷撃。
二重螺旋状に収束したそれは、横たわる蛇の頭部を貫いた。
僅か数センチの風穴が致命傷となり、蛇は悲鳴すら上げられずに即死する。
俺は思わず感嘆の声を発した。
「チュチュー……」
今のは熊が双角から放った雷撃と同じ技だ。
ウイルス感染で知らぬ間に習得してたらしい。
試した感じだと【電磁開放Ⅰ】は電気エネルギーによる肉体強化と、雷撃の発射ができるようになるみたいだ。
多少の消耗を考慮しても、回避困難な遠距離攻撃を使えるのは大きい。
奥の手の一つとして憶えておこう。
さて、これで実験したかった分の確認が完了した。
ちょっと早い気もするが撤収でいいかな。
いくら肉体を乗り換えれば疲労もリセットされるとは言え、不眠不休でずっと行動し続けるべきではないだろう。
そういう部分を怠ると、どんどん人間ではなくなっていく気がした。
(……まあ、既に人間じゃないけどね。ウイルスだからね)
自分にツッコミを入れつつ、俺は意識を遠くに飛ばすようなイメージを作る。
直後に暗転する視界。
身体の感覚がぷつりと消失した。
しかし、すぐさま正常な状態に戻る。
俺は目を開けて上体を起こした。
ここは薄暗い洞窟内のようだ。
周囲では無数のゴブリンが雑魚寝している。
俺自身の肉体も、幾分か慣れ親しんだものに変わっていた。
言わずもがな、ホブゴブリンである。
「でき、タ……もんだい、なシ」
人語を練習する途中、気分転換に意識の切り替えのトレーニングも行ったのだ。
それによって遠くの感染対象の肉体も乗っ取れるようになった。
どれだけ離れても可能というわけではないが、少なくとも二キロ圏内ならほとんどタイムラグもなく移れそうだ。
宿主にこだわらなければ、長距離だって一気に移動できる。
(もっと遊びたいところだけど、明日に備えて休んでおくか……)
やりたいことは済ませた。
他の検証やら何やらは暇な時にでもこなしていこう。
別に焦らなくていい。
時間なんていくらでもあるのだから。
仄かな倦怠感を覚えた俺はそっと眠りに就いた。
熊の死体を始めとした狩りの収穫を糸で縛って引きずっていく。
貴重な栄養源だ。
先ほど熊の肉をつまみ食いしたところ、筋張った質感でお世辞にも美味くなかったが、身体の芯から力が漲る感じがした。
体力と魔力もしっかり回復している。
味はともかくとして、滋養強壮の観点では最高の食材だろう。
巣までの道中、俺たちを襲うモンスターは出てこない。
こちらは少人数なのだから、狙われてもおかしくないと思ったのだが。
同行するゴブリンに訊いたところ、熊の死体から流れる血の臭いが他のモンスターを遠ざけているとのことだった。
あの熊は、森の中でも特に強力なモンスターとして恐れられているらしい。
誰も歯が立たず、怒らせればたちまち殺されてしまうのだという。
森のモンスターからすれば、一種の災害として認知されているようだ。
実際に対峙した身からすれば大いに納得できる。
ウイルスとしての能力がなければ、間違いなく殺されていただろう。
まったく、この森は危険すぎる。
勘弁してほしいものだ。
もっと優しい世界でほのぼのとスローライフを送りたい。
その後もこれといった出来事もなく、俺たちは無事にゴブリンの巣に到着した。
時刻は日没間際。
生き残りのゴブリンに収穫と諸々の報告を任せ、俺は洞窟にて休息を取る。
手渡された水を浴びるように飲み、岩壁にもたれて目を閉じた。
「おは、よ……ウ。こんに、ち……ハ。こ……んば、んハ」
発症中の【器用Ⅱ】のおかげか、それなりに上達してきたのではないだろうか。
段々と聞ける発音になってきた気がする。
いや、勘違いか?
やっぱりまだ少し自信がない。
何にしろ、ゴブリンばかりと交流するのも飽きてきた。
そろそろ人間ともコミュニケーションを取りたい。
文明的な生活も恋しいもんな。
サバイバル的な日々も新鮮ではあるものの、これをずっと続けるとなるとキツい。
街に行く自分を思い描きながら、俺はひたすら人語の練習を繰り返して時間を過ごす。
そして夜。
俺は一人で森の中を探索していた。
ただしホブゴブリンの肉体ではない。
懐かしき鼠の肉体である。
狩りの帰り道、たまたま発見したので捕獲しておいたのだ。
此度の外出の目的は、新しい症状のチェックである。
色々とたくさん手に入ったので実際に使ってみて具合を確かめておきたかった。
本当はホブゴブリンのままでも良かったが、出かける段階で配下のゴブリンたちに引き止められたのだ。
曰く、今日はゆっくり休んでほしいそうだ。
熊との激戦があったばかりだしね。
心配になるのも分かる。
夜行性のモンスターが活動し始める時間帯でもあったらしく、大勢のゴブリンに説得されてしまった。
こちらの身体を気遣っての発言だから、無碍にはできなかったよね。
というわけで、鼠の肉体で探索することにしたのである。
ホブゴブリンの肉体は【休眠Ⅰ】で動かないようにしているので、俺が乗っ取っていない間に勝手な真似をする恐れはない。
周りからは、ぐっすりと寝ているようにしか見えないだろう。
(夜の散歩というのも、なかなか楽しいなぁ)
俺は呑気に進む。
暗闇が辺りを覆っているが、【夜目Ⅱ】があるので昼間のように見通せる。
相変わらずウイルスの能力は便利だ。
しばらく移動すると、唐突に近くの草むらが揺れた。
風は吹いていない。
明らかに何者かがそこにいる。
足を止めて待つこと少し。
隙間から顔を出したのは、くすんだ縞模様の蛇だった。
蛇はチロチロと割れた舌を見せる。
爬虫類特有の縦長の瞳が、俺のことをじっと見下ろしていた。
こちらを獲物として認識しているのは言うまでもない。
(転生した当初なら、絶対にビビっていたな……)
ただ、今はかなり落ち着いている。
異世界に来てから、それなりの出来事を経験してきたからね。
これくらいでは動揺しないぞ。
我ながら順応力が高い。
さて、何の症状から試していこうか。
脳内で候補を挙げていると、先に蛇が仕掛けてきた。
「……シャァッ」
這うような姿勢からの噛み付きだ。
尖った牙が煌めく。
「チュチュッ」
俺は横へ走って回避した。
貧弱な鼠の肉体でも【敏捷Ⅰ】【回避Ⅰ】【身軽Ⅰ】を重複発症させれば十分に動ける。
カウンターに【怪力Ⅰ】と【毒牙Ⅰ】を使いながら、俺は細長い蛇の胴体に跳び付いた。
長い前歯が鱗を食い破る。
>症状を発現【消化Ⅰ】
>症状を発現【熱探知Ⅰ】
>症状を発現【出血Ⅰ】
>症状を発現【筋肉弛緩Ⅰ】
>症状を発現【神経痛Ⅰ】
蛇というだけあって、毒に含まれていそうな症状が手に入った。
マイナス系の症状は良い。
感染させた時点から弱体化で押し込めるからね。
たくさんあって困るものではなかった。
俺は噛み付いたままの状態から【感電Ⅰ】を発症させる。
ビクリ、と硬直した蛇して頭をふらふらと揺らした。
軽い電気ショックだ。
接触していれば、それなりに効いてくれるらしい。
「シャアッ……!?」
反撃しようとする蛇を【麻痺Ⅰ】と【筋肉弛緩Ⅰ】で止める。
くたりと地面に倒れた蛇。
痙攣するばかりでまともに行動できずにいる。
(ごめんね、今回は容赦しないよー)
俺は畳みかけるようにして【魔力発電Ⅰ】を使う。
体内を巡る雀の涙ほどの魔力が減り、代わりにバチバチと雷光が体表の上を瞬いた。
電気エネルギーが発生したようだ。
これでもう一度【感電Ⅰ】を使えば威力が上がりそうだが実践はしない。
それよりも試したいことがあったからだ。
蛇の正面に立った俺は【電磁開放Ⅰ】を発症させた。
電気エネルギーが肉体を強化する感覚。
さらに喉奥に違和感が生じた。
意識を向けると、急速に熱を帯び始める。
次いで開いた口から明滅する青白い光が漏れだした。
(こ、これはちょっと違うんじゃ……)
俺の動揺をよそに、喉の違和感は際限なく膨らんでいく。
やがて耐え切れなくなった俺は、それを吐き出した。
「――チュヂュッ」
口から発射されたのは雷撃。
二重螺旋状に収束したそれは、横たわる蛇の頭部を貫いた。
僅か数センチの風穴が致命傷となり、蛇は悲鳴すら上げられずに即死する。
俺は思わず感嘆の声を発した。
「チュチュー……」
今のは熊が双角から放った雷撃と同じ技だ。
ウイルス感染で知らぬ間に習得してたらしい。
試した感じだと【電磁開放Ⅰ】は電気エネルギーによる肉体強化と、雷撃の発射ができるようになるみたいだ。
多少の消耗を考慮しても、回避困難な遠距離攻撃を使えるのは大きい。
奥の手の一つとして憶えておこう。
さて、これで実験したかった分の確認が完了した。
ちょっと早い気もするが撤収でいいかな。
いくら肉体を乗り換えれば疲労もリセットされるとは言え、不眠不休でずっと行動し続けるべきではないだろう。
そういう部分を怠ると、どんどん人間ではなくなっていく気がした。
(……まあ、既に人間じゃないけどね。ウイルスだからね)
自分にツッコミを入れつつ、俺は意識を遠くに飛ばすようなイメージを作る。
直後に暗転する視界。
身体の感覚がぷつりと消失した。
しかし、すぐさま正常な状態に戻る。
俺は目を開けて上体を起こした。
ここは薄暗い洞窟内のようだ。
周囲では無数のゴブリンが雑魚寝している。
俺自身の肉体も、幾分か慣れ親しんだものに変わっていた。
言わずもがな、ホブゴブリンである。
「でき、タ……もんだい、なシ」
人語を練習する途中、気分転換に意識の切り替えのトレーニングも行ったのだ。
それによって遠くの感染対象の肉体も乗っ取れるようになった。
どれだけ離れても可能というわけではないが、少なくとも二キロ圏内ならほとんどタイムラグもなく移れそうだ。
宿主にこだわらなければ、長距離だって一気に移動できる。
(もっと遊びたいところだけど、明日に備えて休んでおくか……)
やりたいことは済ませた。
他の検証やら何やらは暇な時にでもこなしていこう。
別に焦らなくていい。
時間なんていくらでもあるのだから。
仄かな倦怠感を覚えた俺はそっと眠りに就いた。