第8話 祝杯を

文字数 2,099文字

 その日の夕方。
 ゴブリンたちは洞窟の入口付近に集まっていた。
 皆、思い思いに騒いでいる。
 実に楽しそうだ。

 ゴブリンの輪の中心には大きな焚火があった。
 ぱちぱちと脂を弾けさせながら、串に刺した肉がいくつも焼かれている。

 昼間に倒したオークたちの肉である。
 とんでもなく香ばしく食欲を煽る匂いが、脳をガツンと刺激する。

 豚っぽいモンスターなだけあって、かなりのポテンシャルだ。
 見た目は気持ち悪かったのにね。
 こうしてぶつ切り状態になると美味しそうだ。

 浮かれるゴブリンに囲まれながら、俺は差し出されたオーク肉を食らう。

「グゴゴ」

 文句なしに旨い。
 思わず声が漏れてしまった。

 噛み締めるほどに溢れ出る肉汁。
 柔らかすぎず、ほどよい歯応えがちょうどいい。
 味も上出来の一言だ。

 塩や香草くらいしか調理に使っていなかったはずだが。
 どうしてこんなにも最高なのか。
 素材の良さが存分に活かされている。

 絶品のオーク肉を堪能していると、武装したゴブリンの集団がやって来た。
 彼らは武器と一緒に小動物の死体を持っている。

 聞けば狩りに出向いていたグループらしい。
 俺が遭遇して乗り移ったゴブリンたちの他にも、そういう役割の奴らがいたのか。
 まあ、これだけの大所帯なのだから当然だろう。

「グゲェ……?」

「グゲ、グゲ」

 戻ってきたゴブリンたちは、洞窟前の宴を目にして困惑している。
 彼らはオーク襲撃時も森のどこかにいたせいで、現状の把握ができていないのだ。
 近くにいた仲間から事情を聞き出すと、こちらに尊敬の眼差しを向けてきた。

 ゴブリンたちは簡単な報告だけを俺にして、速やかに洞窟の中へと去っていく。
 食事中の俺を邪魔しないようにという配慮かな。
 細かなところで気遣ってくれるよね。

 お礼と言うべきか分からないが、去り際にウイルスを撒いて強化してあげた。


>症状を発現【隠密Ⅰ】
>症状を発現【回避Ⅰ】
>症状を発現【疲労Ⅰ】
>症状を発現【空腹Ⅰ】


 おっと、新しくスキルが手に入った。
 これは予想外だ。

 あれだけゴブリンに感染させたのに新規でスキルを獲得できなかったので、もう打ち止めかと思っていた。
 狩りに行くグループというだけあり、特殊な技能を持つ個体が混ざっていたらしい。
 ただし【疲労Ⅰ】と【空腹Ⅰ】は技能とかそういうことじゃないとは思うが。
 何にしろこれは思わぬ収穫である。

 じゃあ最初に俺が遭遇したグループがどうして新規スキルを持っていなかったかと言えば、まあ普通の奴らだったのだろう。
 エリート以外も頑張って狩りをしているということかな。
 結果的にはここまで招いてくれたのは彼らだったので感謝しかない。

 その後も日没までにいくつかの狩りのグループが帰還してくる。
 彼らが報告しに来るたびに俺は、しっかりとウイルスを感染させた。


>症状を発現【身軽Ⅰ】
>症状を発現【健脚Ⅰ】
>症状を発現【洞察力Ⅰ】


 肉を食いながらさらにスキルを入手していく。
 そんな作業を繰り返していると、脳内のアナウンスに変化が生じた。


>症状を発現【短気Ⅱ】
>症状を発現【夜目Ⅱ】
>症状を発現【器用Ⅱ】


 ふむ、ⅠではなくⅡなのか。
 どうやら取得済みの症状を重複してゲットし続けるとグレードアップするらしい。
 効果が強まっている感覚がある。
 ちゃんとⅠの状態でも使えそうだ。
 症状の調整はできるように配慮されているみたいだね。

 よしよし、上出来だ。
 色々と幅が広がるので、この調子で他の症状もグレードアップさせていきたい。
 きっと役に立ってくれるだろう。

 上機嫌にオーク肉を齧る俺だったが、ふと関係のない疑問を抱く。

(そういえば、この肉体って人の言葉が喋れるのか?)

 俺としたことが確認をすっかり忘れていた。
 これはかなり大事な要素だぞ。
 喋れなければ街に入ることは難しいだろう。

 ゴブリンたちが騒ぐ中、俺は小声で挨拶を試みる。

「ぐ……こ、んに……ち、ハ……ぐごっ、は、じめ……まし……テ」

 うーん、かなり危ういぞ。
 ただ、聞き取れないこともない。

 超絶的に滑舌の悪い人と言えば誤魔化せるだろうか。
 正直、非常に微妙なラインではと思う。

(練習すればどうにかなる……かな?)

 この肉体で街に行けないとなると、新たな宿主探しに行かねばならない。
 できれば面倒なので避けたい。
 ホブゴブリンの身体は結構便利なのだ。
 群れのボスとして、配下のゴブリンにも命令ができる。

(……まずは発音をしっかり練習しようか)

 もう少し滑らかに喋れば、違和感も格段に減る。
 これもエレナに再会するためだ。
 彼女を抜きにして考えても、人間とのコミュニケーション手段は是非とも欲しい。
 ウイルス頼りで即解決する問題でもないし、地道にやるしかなかろう。

 新たな課題を胸に、俺はオーク肉をかぶり付くのであった。
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