第27話 少女への手本

文字数 2,534文字

 ツノウサギを倒した後、俺とエレナは草原の移動を再開した。
 話の流れで、今度は俺が戦いを見せることになったのだ。
 エレナにキラキラとした目でお願いされては断れない。
 なんだかすごく期待されているようなので、スマートな戦いを見せなくては。

 そんなわけで俺たちは進んでいく。
 途中に遭遇するツノウサギはすべてエレナが担当した。
 彼女曰く「もっと強い魔物とパラジットさんの戦いが見たい」そうだ。

 どうしてこんなにも過剰評価されているのだろう。
 本当に戦いの素人なんだけどなぁ。
 懐かれているというか、向けられる信頼感がすごい。
 現代日本ではこんな感覚は味わえなかったなぁ、としみじみ思っていると【気配感知Ⅰ】と【危険察知Ⅱ】が反応する。

(なるほど、こんな攻撃方法もあるのか……)

 俺は接近する魔物の気配に感心する。
 このコンボのおかげで、直感的に敵の位置が分かった。
 備えがなければ確実に奇襲を受けたことだろう。

 俺はエレナを手で制して告げる。

「さが、って、いロ」

 次の瞬間、足元の土が盛り上がって五本の爪のようなものが飛び出してきた。
 俺はエレナの手を引いて飛び退く。
 爪はブーツを掠めるようにして振り抜かれた。
 少しでも遅れていたら引き裂かれていたな。

 着地してエレナを背後にやった俺は、剣を構えて襲撃者を見やる。

 土から這い出てきたのは、一見すると岩の塊だった。
 大きさはだいたい二メートルほどで、横幅もそれなりにある。
 よく観察するとそれが生物であることが分かった。
 どうやら皮膚が岩のようになって身体を覆っているようだ。

 魔物を見たエレナが叫ぶ。

「あれはイワモグラです! しかもかなり巨大な個体ですよ! 剣では歯が立ちません……!」

「な、るほ、ド……」

 確かに言われてみればモグラっぽいな。
 エレナの指摘通り、岩のような外皮のせいで斬撃が効きづらそうだ。
 俺の持つ片手剣とは相性が悪かろう。

(まあ、そんなこと関係ないけどね)

 今こそウイルス能力の真骨頂だ。
 あまり相手を弱体化させると戦いを見せる意味がなくなるので、ほどほどに抑えていこうか。
 俺はさっそくイワモグラに接近する。

「キシャァッ」

 イワモグラは横薙ぎに爪を振るってきた。
 普通に危ない。
 無防備に食らえば致命傷になり得るね。

 俺は軽く跳んで躱すも、続けてもう片方の手が爪で切りつけてきた。
 巨体を活かしたリーチにより、俺の頭部を狙っている。
 しまった、空中だと避けられない。

 だけど問題なかった。
 俺は迫る爪の軌道に沿って剣をかざし、その表面を滑らせていく。
 各症状の補正がなければ不可能な芸当だが、なんとか上手くできた。
 さながら気分はアメコミのヒーローである。

 イワモグラの顔面に蹴りを浴びせつつ、俺は同時にウイルスも散布した。


>症状を発現【視力弱化Ⅰ】
>症状を発現【大食いⅠ】
>症状を発現【鉤爪Ⅰ】
>症状を発現【掘削Ⅰ】
>症状を発現【岩殻皮Ⅰ】
>症状を発現【麻酔液分泌Ⅰ】


 強そうな魔物だけあり、取得できた症状も悪くない。
 外見に影響を及ぼすタイプは人前だとあまり使えないけどね。
 いざという時の切り札にはなりそうだ。

 蹴りを受けたイワモグラは地面を勢いよく転がっていく。
 複数の膂力アップ系の症状を使っていたからね。
 その威力は甚大なものだろう。

 ふらつきながらも起き上がったイワモグラの顔面は、岩が割れて抉れた地肌が露出していた。
 荒い息をしながら突っ込んでくる。

「フシャアァッ!」

 左右の爪による絶え間ない連撃だ。
 結構なスピードである。
 これでパワーもあるのだから恐ろしい。

 俺はひたすら避けて、時には剣で弾いてやり過ごす。
 【受け流しⅠ】や【動体視力Ⅰ】、【見切りⅠ】などを併用すれば、さほど難しくはない。

「グギシャアアァッ」

 防御に徹しているうちに、苛立ったイワモグラが両手の爪を頭上に掲げた。
 強力な攻撃で一気に押し切るつもりらしい。

(――今がチャンスだな)

 爪が振り下ろされる寸前、俺は瞬時にイワモグラの懐に潜る。
 そして【魔力発電Ⅰ】によって電気を蓄え、さらに【感電Ⅰ】を発症すると同時に拳を介してイワモグラの顔面に打ち込んだ。
 爆発したかのように迸る青い光。

 イワモグラは抵抗もできずに吹っ飛び、地面を転がった末に止まる。
 その顔面は見事に黒焦げになっていた。
 明らかな即死である。
 いくら頑丈な外皮を有していても、破損した箇所に電撃を食らえばひとたまりもなかったようだ。

 弱体化させなくても戦えるようになってきたな。
 自己強化系の症状が豊富だからね。
 割とどうにでもなる。
 これは良い傾向だ。

 倒れるイワモグラの死体を眺めていると、エレナが駆け寄ってきた。

「い、今のは何ですか!? バチバチって光りましたが……」

 口元に手を当てたエレナは唖然としている。
 まあ、タネを知らなければ意味不明だろう。

 俺は用意していた答えを口にする。

「ま、じゅ……つ、ダ」

「ひょっとして雷魔術ですか!? すごいです! 滅多に使い手のいない稀少な魔術ですよっ! そこまでの動きも無駄がなくてさすがでした! 無傷でイワモグラを倒すなんて、ソロではなかなかできることではありません!」

 しきりに褒めまくってくるエレナ。
 なんだか興奮している。
 フィニッシュの攻撃がそんなにお気に召したのか。
 また今度、披露するのもいいかもしれない。

 そんなことを考えつつ、俺はちらりと自分の左腕を見る。
 皮鎧の前腕部分が裂けて肌が露出していた。
 実は一度だけ、イワモグラの爪による連撃を思い切り食らっていたのだ。

 もし咄嗟に【防刃毛Ⅰ】を発症させていなかったら、きっと深い傷を負っていただろう。
 下手すると腕が斬り飛ばされていた可能性さえある。

(かっこ悪いから黙っておくか……)

 裂けた箇所をこっそり隠しつつ、俺は苦笑した。
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