第38話 憑依の脅威

文字数 2,530文字

 体内で鳴り響くメキメキという破壊音を耳にしながら、俺は受け身も取れずに壁に激突した。
 瓦礫と一緒に地面を転がる。
 視界が土煙に覆われた。
 まともに呼吸ができない。

 そこへ風切り音が聞こえてくる。
 俺は両手で地面を弾き、不格好ながらも必死に転がった。

 直後、トロールの足が地面を踏み砕く。
 間一髪だった。
 反応が遅れていたら頭部を踏み潰されていたな。

 転がった勢いで立ち上がった俺は、喉をせり上がってきた血を吐き捨てる。

(肋骨が何本か折れている……)

 マンガなどでよく聞く表現だが、実際に味わうと洒落にならない。
 動くだけでなんとなく違和感を覚える。
 折れた肋骨が内臓に刺さっているんじゃないだろうか。
 【痛覚鈍化Ⅱ】と【痛覚遮断Ⅰ】がなかったら、悶絶してまともに動けなくなりそうだ。

 トロールの攻撃は想像以上にヘビーだった。
 【物理耐性Ⅰ】を発症しててこのダメージだもんな。
 肉体スペックに埋めようのない格差を感じる。
 まったく、嫌になってしまうよ。
 発症させた【再生Ⅰ】で肉体が修復されるのを知覚しつつ、俺はへらへらと苦笑する。

「パラジットさん、大丈夫ですか!?」

 後ろからエレナの心配する声がした。
 俺が殴り飛ばされたことで動転しているようだ。

「問題、ない。冒険者たち、の、手当てを、任せた」

 俺は軽く手を挙げて無事をアピールしながら指示をする。

 対峙するトロールは、額から血を流していた。
 俺が斬撃を加えた箇所だ。
 結構な力を込めたのに薄皮が切れた程度か。
 一体どれだけ頑丈なんだ。
 自信がなくなってしまうよ。

 とりあえず正攻法ではトロールたちに勝てないことが判明した。
 数による劣勢に加えて、肉体性能で覆せない差がある。

 我ながらちょっと慢心していた。
 随分と強くなってきたから、症状によるパワーアップがあれば倒せると思ったよね。
 その結果として大ダメージを受けたわけだ。
 実に情けない。

 横着せずに最初からウイルスを感染させればよかった。
 それが堅実な戦法であるし、能力を存分に活かしたスタイルなのだ。

 この数秒で殴られた分も回復したし、もう支障なく動ける。
 手際よく確実な反撃をしていこう。

「ブボォ、ブボオッ!」

 トロールが再び殴りかかってきた。
 俺はその一撃を屈んで躱し、仕返しでウイルスを感染させてやった。


>症状を発現【自然治癒Ⅰ】
>症状を発現【馬鹿力Ⅱ】
>症状を発現【頑強Ⅱ】
>症状を発現【怪力Ⅱ】
>症状を発現【大力Ⅱ】


 複数の症状が一気にグレードアップした。
 ほとんどが膂力を底上げするものだ。
 どれだけ物理能力に特化しているのやら。

 とにかく、ウイルスさえ仕込めばこっちのターンだ。
 俺は感染させたばかりのトロールに【疲労Ⅰ】【貧血Ⅰ】【衰弱Ⅰ】【神経痛Ⅰ】【泥酔Ⅰ】【酩酊Ⅰ】【打撃脆弱Ⅰ】のコンボを発症させる。
 王道の【麻痺Ⅰ】と【筋肉弛緩Ⅰ】はあえて使わないでおいた。

「ブボ……!?」

 突然の不調に膝を突くトロール。
 とても辛そうだ。
 直前まで常に暴れていたのが嘘のようであった。
 さすがと言うべきか、まだこちらへ攻撃を仕掛けようとしているものの、動きが明らかに鈍い。

 やはり問答無用で弱体化させるウイルス感染は反則だな。
 俺は少し後ろに下がってから助走を付けて、怯むトロールの不細工な顔面にドロップキックをぶち込んだ。

「ブボァッ!」

 トロールは後続の個体を巻き込んで吹っ飛ぶ。
 仰向けになって倒れるトロールは、鼻血を噴き出しながらだらりと両手足を投げ出していた。

 スキルの多重発症でとことん強化しているからな。
 さすがに効いただろう。
 むしろ即死しなかったことに驚きである。
 種族的な特性で特別に頑丈なのか。

 感心しつつ俺は後方を確認する。

 エレナと冒険者たちは怪我の治療に夢中で、こちらに意識が向いていない。
 もうちょっと警戒くらいしてほしいものだが、俺の指示に専念してくれているようだ。
 まあ、その方が今はありがたい。
 戦いが終わり次第、治療しに行くので大人しく待っていてほしい。

 一方、焦れたトロールたちが本格的に暴れ始めた。
 ドロップキックを食らった個体を押し退けてこちらへ来ようとしている。

 まずいな。
 複数体に暴れられると始末に負えない。
 ここは少し数を削っておこうか。

 俺は感染させたトロールに意識を移し、【打撃脆弱Ⅰ】を除いたマイナスの症状をすべて消す。
 ホブゴブリンの肉体は【休眠Ⅰ】で止めておいた。

「ブボォ……」

 俺を跨ぐようにして、他のトロールたちがエレナたちを目指して進む。
 仲間の精神が豹変したことには気付いていない。
 見た目で判別できるものじゃないし当たり前だね。
 俺はドロップキックのダメージでぐらつく身体で起き上がると、すぐそばにいたトロールの腹を全力で殴った。

「ブボォ!?」

 巨躯をくの字に折ったトロールは驚愕し、顔を怒りで真っ赤に染めて殴り返してきた。
 俺はガードもせずに拳を食らって尻餅を突く。
 その際、殴ってきたトロールにウイルスを感染させるのを忘れない。

 新たな症状は取得できなかった。
 一体目と能力的に被っていたのだろう。
 少し残念がりつつ、俺はさらにそのトロールへと意識を乗り換えた。
 そして、同じような要領でまた別の個体を殴り倒す。

 これを六体全員にウイルスが回るまで繰り返した。
 トロールたちは見事に仲間割れを起こし、人間を無視して全力で殴り合いを始める。
 知能はあまり高くないらしい。

 争いが本格化したタイミングで、俺は元のホブゴブリンの肉体に戻った。
 何度か殴られた際の激痛も、身体を変えれば綺麗に消え去る。
 精神的な疲労はちょっと溜まったけどね。
 こいつらとまともにやり合う方がよほど疲れる。

(さて、どう料理してやろううか……)

 拳をパキパキと鳴らしながら、俺は兜の内側で笑みを深めた。
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