第47話 ウイルスの奮闘

文字数 2,240文字

 エレナの捜索を始めて一分と少し。
 前方が赤い粘液によって塞がれた場所に突き当たった。
 静かに蠢くそれはゼリーのような質感で、通路いっぱいに膨らんで俺の行く手を阻んでいる。
 粘液の中には、ボーリング玉のようなものが浮かんでいた。

 俺はため息を吐きつつ戦斧を構える。

(いきなりのお出ましだな……)

 発症させておいた【危険察知Ⅱ】と【気配感知Ⅰ】が警告していた。

 以前、似たようなものを見たことがある。
 この粘液の壁はスライムだ。
 森で遭遇した個体よりもだいぶ大きいが間違いない。
 ボーリング玉のようなものは核だろう。
 やはりダンジョンの下層だからな。
 相応の魔物が出てくるわけか。

 考察の直後、スライムが挨拶とばかりに強酸を発射してくる。
 水鉄砲のような勢いだ。
 まともに浴びれば致命傷である。

 瞬時に強酸の軌道を見極めた俺は、木の盾を構えて姿勢を低くしながら突進した。
 ここで距離を取れば、防戦を強いられる。
 そして回り道をしていられるほど暇ではないのだ。
 なんとしても押し切る。

 走る最中、強酸の飛沫が盾や手足にかかった。
 白煙が上がって焼けるような激痛を感じる。
 俺はすぐに【痛覚遮断Ⅰ】で誤魔化した。
 これくらいなら【再生Ⅰ】ですぐに治癒できる。
 とにかく攻撃を当てなければいけない。

 俺は足を止めず強引に接近し、振りかぶった戦斧に【魔力操作Ⅰ】と【魔力制御Ⅰ】で体内の魔力を込めた。
 鈍色の戦斧が仄かに輝きだす。

 スライムの弱点は知っている。
 森での戦いで学んだことだ。
 おそらくこの強化種にも通じるだろう。

 跳躍した俺は、粘液に飛び込むようにして核を切り裂いた。
 同時にウイルスをばら撒いてやる。


>特性を発現【耐酸Ⅰ】
>特性を発現【肉体操作Ⅱ】

>症状を発現【再生Ⅱ】
>症状を発現【状態異常耐性Ⅱ】
>症状を発現【酸液分泌Ⅱ】


 俺が症状を獲得すると同時に、スライムは弾けて飛び散った。
 蠢くこともなくただの粘液の水たまりと化する。
 魔力を伴う攻撃で核を破壊したことで死んだらしい。
 意外とあっけなかった。
 惜しむことなく身体能力を上げていたのも要因だろう。

 一連の動きの中で大量の強酸を浴びるも、俺自身のダメージは無視できるレベルだった。
 骨の芯まで溶けそうになったが、幸いにも【治癒Ⅱ】【再生Ⅱ】【自然治癒Ⅰ】などで修復が始まっている。
 【気力Ⅰ】と【生命力Ⅰ】で持ちこたえられたのも大きいな。
 下手をすれば強酸の猛威に耐えられずに死んでいたかもしれない。
 そうならなかったのは、エレナから得た【幸運Ⅰ】も地味に貢献してくれたおかげか。

 一方、装備はかなり溶けた。
 革鎧は修繕も不可能な状態になり、魔力を込めて酷使した戦斧も壊れている。
 木の盾もドロドロで原型を失っていた。
 俺はそれらを放り捨てて身軽になる。

 追加の武具がほしい。
 残る武器はナイフ一本で、防具はなく布の上下しか着ていない。
 ダンジョンを探索するにはあまりにも心許ないな。
 都合よく魔物でも現れてくれればいいのだが。

 そんなことを考えていると、通路の奥から強い気配が近付いてくる。
 同時に視界に映るのは青い光源の塊。
 通路を曲がって登場したのは、人型の炎だった。

(まったく、ファンタジーなら何でもアリってわけか……!)

 人型炎は出会い頭に炎を投げ付けてくる。
 穏やかじゃないな。
 とても友好的な関係を築けるとは思えない。
 よく分からないがこいつも魔物の一種なのだろう。

 連投される炎を躱して接近した俺は、リザードマンの短槍で刺突を放つ。
 穂先は宙に浮かぶ人型炎を貫くも、ダメージの入った様子はない。
 そのまま横薙ぎに振るっても同じだった。

(物理攻撃が効かないタイプか。厄介なやつだなっ)

 黒焦げになって折れた槍を捨てて、俺はナイフを手に取った。
 至近距離からの炎をバックステップで回避する。

 推測だがこういうタイプには魔力を伴う攻撃が有効だろう。
 スライムやスケルトンはその類に弱かった。
 眼前のファンタジー感が満載な人型炎もこのパターンだと思われる。

 俺は魔力を注いだナイフを投擲する。

 ナイフは狙い通りに人型炎の頭部に突き立った。
 今度は素通りしない。
 人型炎は頭を抱えて絶叫し、ぐにゃぐにゃと滅茶苦茶に変形する。
 やがて小さくなって消えてしまった。
 復活するような気配もない。

 急ぐあまりに感染させることを忘れていた。
 いや、今の魔物は炎でウイルスを焼いてきそうだ。
 たぶんウイルスは高熱には耐えられない。
 時間をかけて何度もウイルスを撒けば可能だったかもしれないが、それはエレナを救出した後にでも試せばいいだろう。

(下の階層まで来ると、魔力攻撃や魔術が必須になってくるんだな……)

 僅かに焦げた服を点検しつつ、俺は考える。

 エレナには魔術的な才能がないと言っていた。
 剣による物理攻撃しかない彼女には厳しい環境かもしれない。

 その時、女性の悲鳴と咆哮が聞こえてきた。
 反響して距離が分からない。
 意識を研ぎ澄ませると大まかな方向は分かった。

 今のがエレナの声かは分からない。
 だけど、無視するわけにはいかないだろう。
 とにかく確認しに行かなければ。
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