第67話 強き者の使命

文字数 3,722文字

 群がる冒険者たちから逃げるように、俺とエレナはギルドを出る。
 ダンジョン最下層の話ばかりを催促されて、ゆっくりと寛ぐどころではなかった。
 気になるのは分かるけど、こっちはまだ帰ってきたばかりなのだ。
 少しくらい休ませてほしい。

「皆さん、ああいった話が好きなんですね」

「数少ない娯楽だろうからな」

 エレナとそんな会話をしていると、進路上に高級服に身を包んだ商人風の男が現れた。
 特徴のある糸目と柔和な笑みに目がいく。
 見覚えのある容姿だ。
 少し記憶を遡った俺は、すぐにその正体に思い至る。

「……ロイか」

「左様でございます。またお会いできた上に名前まで覚えていただいていたとは、光栄の極みです」

 商人風の男――ロイは、慇懃な態度で一礼してみせる。
 ややオーバーリアクション気味なのが、彼の胡散臭さを醸し出していた。

 彼の名はロイ。
 ヴァルリー商会とやらに所属する自称商人である。

 彼とは、この街に来る途中に出会った。
 確か魔物に襲われているところを助けたんだったっけ。

 これだけならただの商人なのだが、ロイから得られた症状はなぜか暗殺系の物騒なものが多かったのだ。
 明言しないものの、おそらくはそちらが本業なのだろう。
 下手に踏み込んで厄介事に巻き込まれては敵わないので、俺もその辺りには触れずにいる。

(それにしても、よく俺のことが分かったな……)

 ロイに会った当初と比べると、俺の見た目は大きく変わっていた。
 あの時は全身鎧のホブゴブリンで、今は包帯だらけのゴーレムである。
 装備類だって一新していた。
 名乗っていないのによく分かったものだ。

 気になったのでさりげなく尋ねてみると、ロイは意味深な笑みを見せる。

「――商人は、観点が大事ですので」

 糸目が僅かに開いて、エメラルドグリーンの双眸が怪しく光った。
 商人ではなく暗殺者だろう、という言葉は寸前で呑み込む。

 そばにいるエレナが怯えていた。
 まあ、随分と不気味で得体の知れない人だもんね。
 俺も他人のことなど言えない立場だが、ここは棚に上げさせてもらう。

「ところでパラジットさん」

 ロイが糸目に戻って話題を変える。
 当たり前のように俺の名を知っているのはスルーすべきだろうか。

「なんだ」

「ヴァルリー商会に参入しませんか? 私の口添えで幹部にもなれますよ」

「断る」

 いきなりスカウトされた。
 反射的に即答したけど、一体どういうつもりなのだろう。
 ロイは相変わらずニコニコと底知れない表情を浮かべている。

 その時、街の通りの向こうが騒然とし始めた。
 目を凝らした俺は驚愕する。

 無数の竜が、翼をはためかせて街へと殺到しつつあった。
 周囲の悲鳴を要約したところ、ワイバーンという魔物らしい。

 街中が一気にパニックに陥る中、ロイは呑気に語る。

「あれは山間部を越えた隣国の魔物部隊ですね。最近、仕事関係でよく入国していたのですが、たまに見かけたのですよ」

 仕事関係って、行商ではなく暗殺なのだろう。
 アンダーグラウンドな出来事が水面下で進行していたらしい。

「以前より緊張状態でしたが、まさかこんなにも大胆な攻撃を仕掛けてくるとは思いませんでした。魔物の襲撃に見せかけて、この街の戦力を削るつもりなのでしょう。おそらくこの街の近郊にある鉱山が目当てですね。周辺諸国との連戦で困窮していると聞いたが、まさかこれほどまでに短絡的な行動に出るとは驚きです」

 饒舌に述べるロイは、少し呆れた様子だった。
 特に慌てた様子はない。
 面倒事が増えた、くらいの認識なのだろう。

「パラジットさん……」

 エレナが不安そうに言う。

 こうしている間にも、門兵たちが魔物を迎撃していた。
 彼女は助けに行きたいのだろう。

 感知系の症状によれば、戦いはワイ―バン側の優勢であった。
 まだ死者は出ていないようだが、あのままだと危ない。
 増援が来るまでに一般人にも被害が出そうだ。

「どうされますか?」

 彼が自ら出張るつもりはないようだ。
 職業柄、なるべく目立つ行動は控えたいのだろう。

(それは俺も一緒のことなんだが……)

 とは言え、見過ごすこともできない。
 仕方ないか。
 本調子ではないが、やるしかあるまい。

 ワイバーンのいる門へ向かおうとしたところ、ロイに手で制された。

「お待ちください。魔力が枯渇寸前のようですね。よかったら、こちらをお使いください」

 そういって彼が差し出してきたのは、青い液体入りのガラス瓶だった。

「魔力回復の魔法薬です。代金はいりません……が、こちらは貸しとしていただけましたら幸いです」

 ロイは悪意のない爽やかな笑みを以て言う。

 色々と言ってやりたかったが、今は時間が惜しい。
 魔物を倒す方がよほど大事だろう。
 俺は礼を述べてから魔法薬を受け取る。

 去り際、後方からロイの声が聞こえた。

「いつでも歓迎するので、是非とも商会にお越しください。待っておりますよ!」

 彼の言葉には答えず、俺はエレナと共に門へと走りだした。
 その際、エレナに各種強化系の症状を施す。

 俺は魔法薬を一気飲みした。
 深い苦味が喉を通過する。
 その瞬間、たちまち肉体が修復されていく。
 かなりの高級品を渡されたらしい。
 この借りは高くつきそうだ。

 瞬く間に到着した門付近は、ワイバーンに蹂躙されていた。
 兵士があちこちに倒れている。

 俺は【脅威度査定Ⅰ】と【分析Ⅰ】によってワイバーンの戦闘能力を確認した。
 優れた飛行能力に加えて、人間を凌駕する膂力を持っている。
 おまけに炎のブレスも吹けるようだ。
 地面が焼け焦げているのもそのせいだろう。
 確かに一般的な強さの人間ではとても敵いそうにない。

 そんな魔物が計二十三体もいた。
 数体ほど殺されているようだが、まだまだ過半数が生き残っている。

「エレナ、行くぞ」

「はい!」

 俺は転がっていた人間サイズの大斧を掴み取り、勢いを付けて投げ飛ばす。
 高速回転して飛んで行った大斧は、瀕死の兵士を喰らおうとしていたワイバーンの首を刎ねた。
 断面から血飛沫を降らしながら死体が崩れ落ちる。

 身体が異様に軽い。
 症状がなくともこの調子だ。
 魔力を回復したことにより、体内に仕込まれた身体強化系の魔法陣が起動し始めたようだ。
 これならば楽勝である。

 俺は目に付いた大剣を拾って【魔鋼装甲Ⅰ】で表面をコーティングした。
 迫るワイバーンの顔面を力任せに叩き斬る。
 割れた頭部から脳漿を溢れさせて、ワイバーンは白目を剥いて沈んだ。

 一方、エレナも活躍していた。
 俺の横を抜けて果敢に突撃する。

 振り下ろされたワイバーンの爪を盾で押し返し、彼女は真上に跳躍した。
 剣がワイバーンの顎下に刺さり、切っ先が頭部を貫く。

「甘いですッ」

 横合いからのブレスを転がって躱したエレナは、ワイバーンの後脚を切り付けて体勢を崩させる。
 そこから翻した剣がワイバーンの腹部から喉までを一気に縦断した。
 凄まじい量の鮮血を噴き出しながらワイバーンは即死する。

 凄まじい膂力の賜物だ。
 それを操るエレナもさすがである。
 発症した【器用Ⅱ】【戦闘勘Ⅰ】【学習Ⅰ】辺りが上手く作用しているようだ。

 俺も負けじと攻撃を繰り返す。
 街中なので派手だったり人外チックな攻撃は控えて、武器を使った堅実な戦法でワイバーンを削る。
 戦闘の中でさりげなくウイルスを散らすことで【亜竜牙Ⅰ】【亜竜爪Ⅰ】【亜竜翼Ⅰ】【炎息Ⅰ】も取得した。
 なかなか便利そうなので、ダンジョン内で効果を検証しなければ。

 そうして戦っているうちに、気付けばワイバーンを狩り尽くしていた。
 街の中央部から増援らしき兵士の集団が走ってきているが、ちょっと遅かったようだ。

「ありがとう! あんたらは英雄だ!」

「たった二人で魔術も使わずにワイバーンの群れを討伐するなんて……ひょっとして二等級以上の冒険者か!?」

「すごいぜ! 最高だよッ!」

 口々に歓声を上げる民衆。
 ついさっきまで避難していなかったはずなんだけどな。
 安全と分かった途端に戻ってきたのだろうか。

「あ、あの、ちょっと、私は、ただ……!」

 数分前のギルドでの一件よりもさらに大きな歓声を浴びて、エレナは挙動不審になっていた。
 壊れたロボットのようにしどろもどろになっている。

 その横で俺はため息を吐いて、緩みかけた顔の包帯を縛り直した。

「あーあ、目立っちゃったなぁ……」

 さすがにこれだけのことを隠蔽はできない。
 第二の人生は楽しくも平凡なものを望んでいたのだが。
 強大な力を持つと、それに見合った生き方になってしまうのかもしれない。

 ワイバーンの死体に腰かけて、俺はどこか晴れ晴れとした気持ちで空を仰いだ。
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