第10話 ホブゴブリンの異能

文字数 3,115文字

 オークを倒した俺たちは、引き続き狩りを続行する。
 ゴブリンたちにドン引きされるという事件は起きたが、気にしたら負けだろう。
 むしろここからの活躍で巻き返せばいい。
 ボスとしての威厳を取り戻してみせようじゃないか。

 そうと決まれば、どんどんモンスターを狩っていかなければ。
 今夜の食事も豪勢なものにしたいからね。

 意気込んで移動すること数分。
 頭上でガサガサと葉を揺らす音がした。
 ほぼ同時に、発症中だった【危険察知Ⅰ】が反応する。

(敵か……!)

 俺は真横に飛び退く。
 直後、俺の立っていた場所に白い糸のようなものが飛来した。
 べしゃりと地面に引っ付いたそれは、ぱきぱきと音を立てて凝固していく。

 いきなり何なんだ。
 不意打ちとはいい度胸だな。
 俺は糸の放たれた方向を見やる。

 木々の間に人間サイズの大蜘蛛がいた。
 黒と黄色の縞模様で、糸にぶら下がっている。

(ちょっと気持ち悪いな……うおっ!?)

 こちらに向かって発射される糸。

 今度は剣でガードする。
 べちゃりと水っぽい音がして、粘液状になった糸がべたべたになって纏わり付いた。

 さっきと違う糸なのか?
 とにかく、距離を取っていてはダメだ。

 糸に直接的な殺傷力はなさそうだが、顔面に食らったら呼吸ができなくなる。
 間抜けな死に方だな。
 実演したいとは思えない。

 俺は剣に付いた糸の粘液を振り払い、駆け出して大蜘蛛に接近を試みる。

 対する大蜘蛛は連続で糸を吐き飛ばしてきた。
 なかなかのスピードだ。
 一度でも命中すれば、立て続けに食らって糸塗れになってしまう。

 俺は糸の軌道を予測して回避していく。
 直線でしか飛んでこないので意外と簡単だ。

 大蜘蛛はカサカサと糸の上を器用に後退して離れようとする。
 なるほど、接近戦は嫌いらしい。
 木の上に居座られると俺も満足に攻撃ができないし、理に適ったやり方だな。

 頭上にできた糸のネットを進む大蜘蛛を見て、俺は剣を振りかぶる。

(だったら、こうだ……ッ!)

 全身の力を伝えるようにして、剣を思い切り投げ飛ばした。
 グレードアップした【器用Ⅱ】の効果により、回転する剣は狙い違わず大蜘蛛へと迫る。

 しかし、投擲攻撃を察知した大蜘蛛は、糸を伝ってひょいと避けた。
 剣はぶちぶちと糸を切り裂きながらすっ飛んでいく。

 いい身のこなしだな。
 今ので仕留められるかと思ったのだが。
 予想以上に俊敏に動けるらしい。

 この大蜘蛛は強い。
 通常のゴブリンやホブゴブリンでは、とても太刀打ちできないだろう。
 相性が抜群に悪く、もはや天敵と評してもいい。
 戦わずに逃げ出すのが賢い選択と言えよう。

 もっとも、俺はそんな情けない真似を晒すつもりはないが。

「な……めるな……ヨッ」

 俺は助走を付けてから、力一杯に地面を蹴り上げる。
 かなりの浮遊感。
 跳躍したことで大蜘蛛がすぐ近くにまで迫る。

 このまま殴ってやりたいが、残念ながら僅かに届かない。
 だけど、これでいいのだ。

 射程二メートル内に捉えた。
 俺は大蜘蛛に向かってウイルスを吹きかける。


>特性を発現【耐毒Ⅰ】

>症状を発現【毒耐性Ⅰ】
>症状を発現【毒牙Ⅰ】
>症状を発現【気配遮断Ⅰ】
>症状を発現【魔力糸Ⅰ】


 大蜘蛛の鋭い顎が噛み付こうとしてきた。
 アナウンスから考えるに、毒を持っているな。
 食らうのはまずい。

 俺は上体を反らしてギリギリで躱し、両手足を使って着地する。
 追撃の糸を転がって避けつつ、手頃な樹木の裏に隠れた。

 離れた場所に退避したゴブリンたちが俺の身を案じて騒いでいる。
 下手に加勢しないのは、大蜘蛛の恐ろしさを分かっているからだろう。
 自分たちが足手まといになると理解しているのである。

 それでいい。
 冷静な判断だ。
 勝負はもう決しているのだから。

 俺は樹木の陰から大蜘蛛を覗き見て【麻痺Ⅰ】を発症させる。

 大蜘蛛はビクリと動きを止めると、ひっくり返りながら落下した。
 そして地面に激突して痙攣し始める。
 大蜘蛛は八本の脚を懸命に動かしながら、キィキィと細い声を上げた。

「ちぇっく、め……いと……だナ」

 俺は悠々と歩み寄りながら、背後のゴブリンたちに目配せする。
 すると、意図を理解したゴブリンが斧を投げ渡してきた。
 俺はそれを片手でキャッチして、勢いのままに大蜘蛛へと叩き付ける。

 丸々と膨らんだ腹に食い込む刃。
 その一撃だけで、大蜘蛛は緑色の体液を散らして息絶えた。

(少し手強かったけど、距離さえ詰められれば楽勝だったな)

 俺は斧で肩を叩きながら息を吐く。
 各主症状のおかげで身体能力が上がり、悪くない立ち回りができた。
 本当にヒーローにでもなった気分である。

 そして珍しく特性が手に入った。
 特性はウイルス自体の性能に効果をもたらすスキルだ。

 今回の【耐毒Ⅰ】は、その名の通り毒に耐えられるようになるらしい。
 そもそもウイルスに毒が効くのか不明ではあるものの、あって損するものではないだろう。
 これまでの経験から考えるに、特性は頻繁に手に入らなさそうなので喜んでおこうか。

 加えて新しい症状もまた面白い。

 例えば【毒牙Ⅰ】は発症すると口内に違和感を覚えた。
 指で確認すると、犬歯が妙に尖っている。
 なるほど、これで相手を噛めば毒を注入できる寸法か。
 ホブゴブリンのままでもいいが、狼の肉体だとすごく便利そうだ。

 次に【魔力糸Ⅰ】は、様々な性質の糸を作れるようだ。
 さっきの戦闘でも三種類の糸が使われていた。
 凝固する糸と、粘液状になる糸と、大蜘蛛が足場にしていた普通の糸である。
 ある程度なら俺の意志で糸の性質をコントロールできそうだった。

 俺はさっそく糸を試してみることにする。
 指先に軽く力を込めると、しゅるしゅると糸が飛んで樹木に付着した。
 ほうほう、一発芸に使えそうだね。

 【魔力糸Ⅰ】の魔力がよく分からないが、糸を使うと少し体内のエネルギーらしき何かが減った気がした。
 ゲームとかにあるMP的なものだろうか。

 判断材料に乏しいが、細かいことは気にしなくていいだろう。
 とにかく、貴重な遠距離攻撃ができるようになったことだけ分かればいい。
 他にも色々と使い道がありそうだ。

 俺はちょっと楽しくなって糸を連発する。
 ただ、あまり乱用すると体内の魔力が切れそうだった。
 ここぞという場面で使うべきか。
 それを加味しても、十分すぎる性能のスキルではあるけどね。

(……あいつらにも自慢してやるか)

 そう思って得意げに披露しようとしたところ、ゴブリンたちは驚くほど後方に離れていた。

「グゲェ……」

「ググゲ……!」

「グゲッ、グゲゲッ」

 何やらひそひそと囁き合っている。
 おいおい、自慢するどころかドン引きされているぞ。
 ついさっき見たばかりの光景の再来だった。

「グゴ……」

 俺はしょぼんと肩を落とす。

 そんなに引かなくてもいいじゃないか。
 面白いから見せてあげようと思っただけなのに。
 指から糸を出すくらい、ファンタジーな世界なら別に個性の範囲で収まるだろう。

 それにこの身体は正真正銘、何の変哲もないただのホブゴブリンだ。
 おかしな点は一つもない。

 ……少しだけチートなウイルスが感染しているだけである、うん。
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