第55話 最高の幸運と痛恨の失策
文字数 2,230文字
俺は困惑していた。
目をこすって首を振り、目の前の光景をよく確認する。
エレナがこちらに背を向ける形で、泉に足をつけていた。
その横顔は少し気の抜けた感じで眠たそうだ。
退屈しているのかな。
リラックスしているのは確かである。
うん、見間違えではない。
必死すぎてついに幻が見え始めたのかと思ったけど、紛うことなき現実だった。
ようやくエレナを発見したのだ。
散々、再会を願ったけどこんなにもあっさりと実現するとは。
喜ばしいことだがちょっと驚いている。
俺は駆け寄ろうとして、寸前で足を止める。
目の前のエレナがニセモノである可能性を懸念したのだ。
短い時間ながら、このダンジョンの意地の悪さは幾度も味わってきた。
知り合いに化けた魔物が襲ってきても不思議じゃない。
むしろ嬉々として仕掛けてきそうな節すらある。
さすがの俺も学習してきたからね。
迂闊な行動でやらかして、これ以上に事態をややこしくするドジはしない。
「…………」
俺は無言で棍棒を握る手に力を込める。
何かあってもすぐに迎撃できるようにだ。
取り回しは良くないが、これでも怪力を駆使すれば鈍器として十分に扱える。
エルフの美女が倒していた鰐クラスだと微妙ではあるものの、トロールくらいなら一撃で撲殺できる自信があった。
今後、大型の魔物との戦いを想定した場合、これくらいのサイズの武器が必要になりそうだね。
ファンタジー系のゲームでやたらとデカい武器がある理由が分かった気がする。
若干、思考が逸れながらも、俺はこちらにまだ気付いていない様子のエレナを注視した。
すると彼女の体内に潜伏するウイルスの赤い粒が視認できるようになる。
間違いない。
正真正銘、本物のエレナである。
俺は驚かせないように注意して彼女に声をかけた。
「エレナ……」
「あっ、パラジットさん!」
振り向いたエレナは、俺を見るとぱっと顔を輝かせた。
彼女は立ち上がって素足のまま駆け寄ってくる。
泉のそばに脱ぎ捨てたブーツは放置だ。
地面はゴツゴツした岩肌なので、足の裏が痛くならないかちょっと心配になる。
エレナは俺の前で止まると、キラキラとした上目遣いを向けてきた。
「やっぱり来てくれると思ってました! 本当にありがとうございます!」
「いや、無事で、よかった……」
エレナの元気な姿に、俺は改めて安堵する。
特に怪我を負った様子はない。
それを確かめたところで、俺は彼女に諸々の経緯を聞く。
崩落時、何が起こったのかを知りたかった。
エレナは頬を掻きつつ答える。
「崩落で落下する途中に転移の魔法陣に接触してしまったみたいで、瓦礫に埋もれる前にこの部屋へ飛ばされたんです。傷を癒してくれる泉がありますし、宝物もたくさんあるんですよ! おまけにここには魔物も入ってこないのですごく快適です。待っていたらパラジットさんが来てくれると思って待機していました」
エレナに指摘されて初めて気付く。
ここは岩に囲まれた十メートル四方くらいの空間で、泉の周りには無数のアイテムが山積みにされていた。
割合としては武具が多い。
ほんのりと魔力を感じるので、それらは魔術的なパワーを秘めているようだ。
他にも色々と価値のありそうな魔道具が置いてあった。
【危険察知Ⅱ】が反応しないので、おそらく何もないと思う。
いや、インプの罠の前例があるからな。
油断はできないが、特に怪しい仕掛けも見当たらないので大丈夫だろう。
(まるで探索に訪れた冒険者を盛大にもてなしているかのような部屋だな……)
俺は回復効果のあるという泉と宝物の数々を眺めてため息を吐く。
ここは一体、どういった意図を以て設けられた部屋なのだろう。
金属扉の出入り口が一カ所だけあるが、エレナはまだ触っていないらしい。
俺が来るまでは動かない方がいいと判断したのだそうだ。
彼女は俺よりもずっと冷静だったみたいだね。
焦りすぎて暴走気味だったこちらが恥ずかしくなってくるよ。
まあ、それはそれとして。
要するにエレナは、崩落に巻き込まれた拍子にこのボーナス部屋に飛ばされて、回復の泉とレアアイテムをゲットしたわけか。
運が良いにもほどがあるぞ。
無事を願っていた俺からしたら好都合だけれども。
伊達に彼女から【幸運Ⅰ】が取得できたわけではないということか。
「ところでパラジットさん」
ラッキーガール・エレナの武勇伝に呆れていると、彼女がじっと俺を見つめだした。
その視線から感情は読めない。
何か問題でもあったのかな。
「なん、だ」
「お顔が見えてますけど、大丈夫ですか?」
その言葉を受けて、俺は一瞬で頭の中が真っ白になった。
パニック寸前の思考を【冷静Ⅰ】と【平常心Ⅰ】で強引に落ち着かせる。
心臓の鼓動がうるさい。
後ずさりそうになるのを気力で耐える。
「…………」
恐る恐る、俺は自分の顔に手を持っていく。
ぺたぺたと地肌を触ることができた。
頭部周辺に手をやると、変形した金属片がへばり付いている。
道中の激戦により、頭部を隠していた兜が著しく破損していたのだと今更ながらに気付く。
――こうして俺は、ホブゴブリンであることがバレてしまった。
目をこすって首を振り、目の前の光景をよく確認する。
エレナがこちらに背を向ける形で、泉に足をつけていた。
その横顔は少し気の抜けた感じで眠たそうだ。
退屈しているのかな。
リラックスしているのは確かである。
うん、見間違えではない。
必死すぎてついに幻が見え始めたのかと思ったけど、紛うことなき現実だった。
ようやくエレナを発見したのだ。
散々、再会を願ったけどこんなにもあっさりと実現するとは。
喜ばしいことだがちょっと驚いている。
俺は駆け寄ろうとして、寸前で足を止める。
目の前のエレナがニセモノである可能性を懸念したのだ。
短い時間ながら、このダンジョンの意地の悪さは幾度も味わってきた。
知り合いに化けた魔物が襲ってきても不思議じゃない。
むしろ嬉々として仕掛けてきそうな節すらある。
さすがの俺も学習してきたからね。
迂闊な行動でやらかして、これ以上に事態をややこしくするドジはしない。
「…………」
俺は無言で棍棒を握る手に力を込める。
何かあってもすぐに迎撃できるようにだ。
取り回しは良くないが、これでも怪力を駆使すれば鈍器として十分に扱える。
エルフの美女が倒していた鰐クラスだと微妙ではあるものの、トロールくらいなら一撃で撲殺できる自信があった。
今後、大型の魔物との戦いを想定した場合、これくらいのサイズの武器が必要になりそうだね。
ファンタジー系のゲームでやたらとデカい武器がある理由が分かった気がする。
若干、思考が逸れながらも、俺はこちらにまだ気付いていない様子のエレナを注視した。
すると彼女の体内に潜伏するウイルスの赤い粒が視認できるようになる。
間違いない。
正真正銘、本物のエレナである。
俺は驚かせないように注意して彼女に声をかけた。
「エレナ……」
「あっ、パラジットさん!」
振り向いたエレナは、俺を見るとぱっと顔を輝かせた。
彼女は立ち上がって素足のまま駆け寄ってくる。
泉のそばに脱ぎ捨てたブーツは放置だ。
地面はゴツゴツした岩肌なので、足の裏が痛くならないかちょっと心配になる。
エレナは俺の前で止まると、キラキラとした上目遣いを向けてきた。
「やっぱり来てくれると思ってました! 本当にありがとうございます!」
「いや、無事で、よかった……」
エレナの元気な姿に、俺は改めて安堵する。
特に怪我を負った様子はない。
それを確かめたところで、俺は彼女に諸々の経緯を聞く。
崩落時、何が起こったのかを知りたかった。
エレナは頬を掻きつつ答える。
「崩落で落下する途中に転移の魔法陣に接触してしまったみたいで、瓦礫に埋もれる前にこの部屋へ飛ばされたんです。傷を癒してくれる泉がありますし、宝物もたくさんあるんですよ! おまけにここには魔物も入ってこないのですごく快適です。待っていたらパラジットさんが来てくれると思って待機していました」
エレナに指摘されて初めて気付く。
ここは岩に囲まれた十メートル四方くらいの空間で、泉の周りには無数のアイテムが山積みにされていた。
割合としては武具が多い。
ほんのりと魔力を感じるので、それらは魔術的なパワーを秘めているようだ。
他にも色々と価値のありそうな魔道具が置いてあった。
【危険察知Ⅱ】が反応しないので、おそらく何もないと思う。
いや、インプの罠の前例があるからな。
油断はできないが、特に怪しい仕掛けも見当たらないので大丈夫だろう。
(まるで探索に訪れた冒険者を盛大にもてなしているかのような部屋だな……)
俺は回復効果のあるという泉と宝物の数々を眺めてため息を吐く。
ここは一体、どういった意図を以て設けられた部屋なのだろう。
金属扉の出入り口が一カ所だけあるが、エレナはまだ触っていないらしい。
俺が来るまでは動かない方がいいと判断したのだそうだ。
彼女は俺よりもずっと冷静だったみたいだね。
焦りすぎて暴走気味だったこちらが恥ずかしくなってくるよ。
まあ、それはそれとして。
要するにエレナは、崩落に巻き込まれた拍子にこのボーナス部屋に飛ばされて、回復の泉とレアアイテムをゲットしたわけか。
運が良いにもほどがあるぞ。
無事を願っていた俺からしたら好都合だけれども。
伊達に彼女から【幸運Ⅰ】が取得できたわけではないということか。
「ところでパラジットさん」
ラッキーガール・エレナの武勇伝に呆れていると、彼女がじっと俺を見つめだした。
その視線から感情は読めない。
何か問題でもあったのかな。
「なん、だ」
「お顔が見えてますけど、大丈夫ですか?」
その言葉を受けて、俺は一瞬で頭の中が真っ白になった。
パニック寸前の思考を【冷静Ⅰ】と【平常心Ⅰ】で強引に落ち着かせる。
心臓の鼓動がうるさい。
後ずさりそうになるのを気力で耐える。
「…………」
恐る恐る、俺は自分の顔に手を持っていく。
ぺたぺたと地肌を触ることができた。
頭部周辺に手をやると、変形した金属片がへばり付いている。
道中の激戦により、頭部を隠していた兜が著しく破損していたのだと今更ながらに気付く。
――こうして俺は、ホブゴブリンであることがバレてしまった。