第32話 深き戒めを

文字数 2,033文字

 翌日、俺は何食わぬ顔でギルドへ赴いた。

 するとさっそく妙な噂が流れてくる。
 四等級冒険者である”大力”のガジルとその一味の姿が見えないらしい。
 いつもなら酒場で飲んだくれている時間帯なのだそうだ。
 外出するようなことを聞いた者はおらず、それどころか約束をすっぽかしている状態だという。
 かと言ってギルドの依頼を受注した記録もなく、本当に行方が知れないとのことだ。

 ただ、そこまで深刻に捉えられていない様子であった。
 あの一派は粗暴な冒険者の中でも特に問題児な節があったらしい。
 買いすぎた恨みが募ってついに報復を受けたのでは、と期待している者も多いみたいだ。
 もしそうでなくても、単に出稼ぎで空けているのでは、と考える冷静な意見もある。

 冒険者という職業柄、数日ふらりといなくなることも珍しくないそうだ。
 そういった事情もあり、行方不明の噂は大して問題になっていなかった。

 酒場の端のテーブルに着く俺は、内心で密かに安堵する。

(勢いでやっちゃったからなぁ……見つからなくてよかった)

 もっとも、目撃されないように注意していたし、彼らの死体と遺品は現金を除いて【酸液分泌Ⅰ】によって跡形もなく溶かした。
 つまり証拠隠滅はバッチリだ。
 俺が犯人とバレることはないだろう。

 とは言え、あまり気分は良くない。
 衝動的に人を殺したのだから当然だろう。

 それも七人もだ。
 この手は汚れたと言っても過言ではない。
 たとえ正当防衛だったとしても、その事実は変わらない。

 前世ならまずやらなかった。
 もっと穏便に済ませられるように努力したはずだろう。
 なのに実際は、昨夜の惨劇である。

 いくら症状で精神に変調を来たしていたとしても、間違いなく自発的に行ったことことだ。
 釈明の余地はない。
 力を持ったが故の弊害である。

 昨夜の出来事は戒めにしなければ。
 非暴力の聖人君子になりたいわけではないが、能力の扱いには気を付けよう。
 あの調子で殺戮を繰り返せば、自分を見失う日も遠くない。

 そんな風に反省していると、テーブルを挟んだ正面に誰かが座る。
 見ればそれはエレナだった。
 彼女は太陽のように温かな笑みで、こちらをじっと見つめる。
 穢れをしらない純真無垢な視線だった。

 昨夜の諸々がフラッシュバックして、俺はそっと目を逸らす。
 後ろめたい気分だ。
 彼女を守るという名目もあったが、所詮それは言い訳に過ぎない。
 俺自身が罪悪感から逃れたいための方便に近いだろう。

 内心の動揺を隠しつつ、俺はエレナに尋ねる。

「なん、だ……?」

 少しだけ改善されたイントネーション。
 俺は滑らかに喋れるようにもなった。
 ギルドに来るまでに【肉体操作Ⅰ】で声帯を弄ったのである。

 やや複雑な操作で、ここに至るまでにも結構な試行錯誤を要した。
 ただ、完璧に違和感を消すのはホブゴブリンの肉体構造では無理らしい。
 【肉体操作Ⅰ】がグレードアップすれば行ける気もするが、今は関係のない話なので置いておく。

 とにかく、これでだいぶ上手く話せるようになった。
 初対面の人間と会話しても、ちょっとシャイなだけと認識してもらえるかもしれない。
 その程度には落ち着いた気がする。

 ささやかな成果に満足していると、エレナは身を乗り出してきた。

「もし迷惑でなければ、今日も一緒に依頼を受けませんか!」

「ああ、問題、ない」

 俺はもちろん了承する。

 今のところ、目的らしい目的が彼女を助けることくらいしかないからね。
 まあ、エレナに嫌がられたり、別にやりたいことが見つかったら潔くフェードアウトするさ。
 ……なんだか、ウイルスになってから心なしか感情の起伏が乏しくなった気がする。
 物理的にハートがないもんな。
 仕方ない気がするよ、うん。

 俺は気を取り直してエレナと共に依頼掲示板を見に行く。
 今日も様々な依頼が貼り出されているな。
 この辺りの良し悪しはよく分からないのでエレナに任せる。

 エレナはしばらく掲示板を吟味していたが、少ししてから首を振った。

「今日はあまり手頃な依頼がありませんね……」

「そう、なのか」

「はい。難易度が高すぎたり、特殊な技能が必要だったりするものばかりです。割りの良い依頼は既に取られていますね。よくあることです」

 俺には判断が付かないが、彼女が言うのだからそうなのだろう。

 確かに依頼なんて基本的に早い者勝ちなのだろう。
 誰だって楽に稼げる仕事があれば食い付く。
 数に限りがある以上、先に取ってしまった方がいい。

「こうなると依頼は受けられませんね。上手く修練になるものがあれば……あっ」

 悩むエレナだったが、彼女は何かを閃いた様子で提案する。

「それなら今日はダンジョンに挑戦してみませんか?」
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