第3話 初めての戦い

文字数 2,612文字

「もうっ、本当、しつこいッ!」

 狼の身体で森を闊歩していると、前方から若い女の声がした。
 俺は立ち止まって考える。

(森の中なのに人がいるのか)

 てっきり、この辺りはモンスターばかりで人間はいないものかと思っていた。
 もしかすると近くに街でもあるのかもしれない。
 なんだかんだで散策はそれほどできていないからね。
 地形も分からないまま、特に当てもなく進んできているのだ。

 さて、声の主には会いに行くべきか。
 正直なところ、かなり興味はある。
 この世界で初めて見る人間になるのだ。
 ずっとモンスターやら野生動物しか見ていないので、そろそろ人恋しくなってきた。

(まあ、この姿じゃ会話なんて望めないだろうけどね……)

 俺は狼の身体を見て自嘲する。

 最初の鼠よりはマシだが、人間と会話できるかと問われれば無理だと答えざるを得ない。
 人間の頃の感覚を参考に言葉を発そうとしても「ガルル」とか「ガウゥル」みたいな唸りになってしまうのだ。
 ちょっと世知辛いよね。
 早く言葉を喋れるようになりたい。

(とりあえず少し様子見だけでもしてみるか)

 森の散歩も飽きてきたし、ウイルスの性質もそこそこ調べられた。
 何か変化が欲しいと感じていた頃合いだったのでちょうどいい。
 聞こえてきた声も緊迫した感じだったし、無視して立ち去りたくはなかった。

 俺は草むらからこっそりと顔を出して、声のしたであろう場所を見る。
 そこでは革鎧を着た明るい茶髪の少女が、剣を振って戦っていた。

 相手は緑色の肌をした三体の小鬼である。
 ぎょろりとした濁った目に、特徴的なゴツい鷲鼻。
 衣服と言えるものは粗末な腰巻くらいで、武器は木を削り出した棍棒だった。

(ゴブリンってやつ、かな?)

 俺は前世の記憶を漁ってその単語を導き出す。
 ファンタジーな世界観の作品では、結構な頻度で登場するモンスターだ。
 ただし雑魚キャラ的な立ち位置で出てくる場合が大半である。

 そうなるとあの剣と鎧の少女は、冒険者や傭兵といった職業になるのか。
 どちらの仕事もやはりファンタジーでは割と見かけるもので、モンスターの討伐と言えばこの二つのイメージがあった。
 ゲームとかでもありがちな設定だ。

 そんな推定冒険者の少女は苦戦を強いられていた。
 懸命に剣を振っているが、素人目にもやや拙い感じがする。
 もしかして戦い慣れていないのだろうか。

 一方、三体のゴブリンには余力が見えた。
 彼らは上手く連携して着実に少女を追い詰めている。

 野性的なビジュアルとは裏腹に、なかなか堅実な戦法だ。
 必要以上に攻めたりせず、確実なタイミングで仕掛けていた。
 少女の身体に浅い傷が増えていく。

(これは助太刀すべきかなぁ……)

 ピンチの少女を救ってヒーローになる。
 前世の人生ではできなかったことだ。
 せっかく異世界に来たのだから、そういう道を選んでもいいのではないか。

 おまけに今の俺は逞しい狼の肉体を持っている。
 ゴブリン程度なら楽々と食い殺せる気がした。

 仮に返り討ちにされたところで問題ない。
 ウイルスである俺は不滅だ。
 死んでもまた別の身体に乗り移ればいい話である。

 そうやって考えると気持ちが軽くなった。
 リスクなんてこれっぽちもないのだ。
 少女を助けるために全力を注ごう。

 俺はこの肉体にウイルスで【敏捷Ⅰ】と【持久力Ⅰ】を発症させる。
 これでスピードとスタミナが上がった。
 準備は万端である。

 俺は意を決して草むらから飛び出した。

「ガルルル……」

 喉を鳴らしての威嚇。
 俺に気付いたゴブリンたちは、露骨に警戒し始めた。

「ひっ、グレーウルフまで……!?」

 なぜか少女も青い顔をしている。
 新たな敵が現れたと思ったのかもしれない。
 怖がらせてはかわいそうだ。
 さっさと誤解を解かねば。

 張り切る俺は一気に突進していく。
 身体が段違いに動かしやすい。
 前世のアラサーのサラリーマン状態ではとても真似できない。
 下手をすれば腰や筋をやって病院行きである。

「グルァッ!」

 俺は素早く動けることを活かしてゴブリンを翻弄する。
 接近したと思いきや飛び退き、またさらにギリギリまで近付く。
 回避を念頭に置いておけば棍棒を食らうこともない。
 とにかくスピードと持久力に任せて走り続けた。

「ゲェ、ゲゲェ!?」

「ゲゲェッ!」

「グゲェ!」

 ゴブリンたちは焦って戦列を組めずにいる。
 仮に冷静だったとしても、こちらのスピードには付いてこれないだろう。
 狼狽える彼らを嘲笑うように、俺はさらに巧みな動きを仕掛けていく。

「グゲガァッ!」

 そしてついには苛立った一体が殴りかかってくる。
 いいぞ、これを待っていたんだ。
 俺は無防備に跳びかかってきたゴブリンの殴打を躱し、その首筋に食らい付いた。
 牙が皮膚と肉をあっさりと噛み破り、口内に鮮血が流れ込んでくる。


>症状を発現【短気Ⅰ】
>症状を発現【夜目Ⅰ】
>症状を発現【器用Ⅰ】


 よしよし、ついでに便利そうな症状もゲットできた。

 頸動脈を噛み千切られたゴブリンは、よろよろとふら付いた末に倒れて痙攣し始める。
 もう助かるまい。

「ギゲェッ!?」

「ゲェゲェ……!」

 仲間の死を目の当たりにして、明らかな動揺を見せる二体のゴブリン。

 そのチャンスを逃さず、俺は追加でもう一体を同じ手法で噛み殺してやった。
 今度は喉を鳴らして鮮血を嚥下する。
 血の味はやはり不味くなかった。
 まあ、そこまで美味くもないんだけど。

 口の周りを血で汚しながら、俺は最後の一体にゆっくりと歩み寄る。

「グルルルルル……」

「ゲェゲェッ、ゲェゲェッ!」

 俺の睨みに怯んだゴブリンは、転びそうになりながら脱兎のごとく逃げていく。
 それを見送った俺は少女を見やった。

「なっ……なな……」

 尻餅を突いたまま、状況が読めずに困惑する少女。
 俺がいつまで経っても襲わないことを不思議に思ったらしく、彼女はこちらを見つめて尋ねる。

「も、もしかして、私を助けてくれたの……?」

「ガウッ」

 俺は元気に吠えて返事をした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み