第16話 助太刀するウイルス
文字数 2,291文字
馬車は横転し、積み荷らしき木箱や樽が地面を転がっている。
何かを運んでいる途中だったのか。
暴れ出しそうな馬を、御者が懸命に宥めていた。
それとは別に、武装した数人の男が狼の群れに対抗している。
おそらく馬車の護衛だろう。
彼らは互いに背中を預けて戦っていた。
死体は見当たらないので、まだ致命的な犠牲は出ていないようだ。
対する狼たちの数は二十体ほどだ。
連携力とスピードを活かして攻撃している。
なかなかに上手くやっているな。
絶妙な距離を保って、隙あらば護衛を仕留めようとしていた。
(どうするかなぁ……)
見たところ、狼たちが圧倒的に優勢である。
疲弊した護衛は全員が怪我をしていた。
体力も限界に近そうだ。
このままでは確実に全滅するだろう。
俺は剣を片手に首をポキポキと鳴らす。
(まあ……助けに行くよね)
この光景を目にした時から決めていたことだ。
さすがに放置するのは薄情すぎる。
街へ行く前にちょっとばかし善行してみるのもいいだろう。
俺は滑るように丘を下り、護衛たちのもとへ疾走する。
ここで威嚇の叫びの一つでも上げれば狼の注意を引けそうだが、モンスターであることがバレそうなのでやめておこう。
助けたのにモンスター認定されて敵対されたら目も当てられない。
早くも人間社会の窮屈さを感じつつあるよ。
(怪しまれないように、なるべく普通の戦い方をしなければ……)
いきなり雷撃を飛ばしたり酸液を飛ばしたりしたら不審すぎる。
人間の目がある以上、無難な症状だけを使うしかあるまい。
まあ、相手は狼の群れだ。
力任せな戦法でもどうにかなるだろう。
それだけの強さを身に付けている。
丘を下りながら、俺は各種症状で肉体強化した。
さらに【隠密Ⅰ】と【気配遮断Ⅰ】で気取られることなく接近していく。
(まずは先制攻撃だ……ッ!)
こちらに背を向ける一体の狼に、俺は剣を振り下ろす。
「ギャインッ」
狼は甲高い断末魔を上げた。
一太刀で分断された胴体。
ばたばたと血と内臓が地面を汚す。
狼は弱々しく前脚を動かすも、間もなく絶命した。
俺はさらに別の狼の首を掴み、顎下から剣を刺し込む。
頭部を貫かれた狼はぐるりと白目を剥いて即死する。
俺は死体を蹴り剥がして、剣を構え直した。
(――まずは二体)
この段階になって、狼たちはようやく俺の存在に気付いた。
彼らは慌てて距離を取って威嚇してくる。
対応が遅いんじゃないかな。
今更になって喉を鳴らされても怖くないよ。
一方、護衛たちも俺を見て驚いていた。
鋭い口調の問いかけが飛んでくる。
「な、何者だッ」
「こま、かいこ、と……は、あとダ。さき、に……たお、すゾ」
緊張して若干呂律が回らなかったが、意味は通じただろう。
俺は護衛と馬車から離れる位置へと走る。
その際に狼たちを挑発することも忘れない。
「ガウッ、ガウッ」
「ガルルルル!」
すべての狼たちが俺を注視し、一斉に追いかけてくる。
俺を優先して倒すべき敵だと認識されたようだ。
これでいい。
下手に戦力を分散されて護衛たちを攻撃されたら面倒だった。
きちんと固まってくれば一網打尽に殺せる。
俺が参戦した時点で、勝敗は決したも同然なのだから。
呼気で感染させられる二メートル。
遠距離攻撃を持たない狼たちは、ウイルスを避けて戦う術がない。
そうとも知らずに一体の狼が跳びかかってくる。
俺はウイルスに感染させながら、その鼻先に掌底をぶちかました。
「キャインッ」
狼は血を噴き出しながら吹っ飛ぶ。
起き上がろうとするところへ【麻痺Ⅰ】と【筋肉弛緩Ⅰ】での追い打ちをかける。
狼は痙攣するばかりで動けない。
傍目には掌底のダメージによるものと錯覚するだろう。
流れからしてそれが自然なのだから。
まさかウイルス感染に伴う症状のせいで無力化されたとは思うまい。
その成果に満足していると、背中に強い衝撃を受けた。
すぐ後ろから生臭い息が漂ってくる。
獣の荒い息遣いも聞こえた。
どうやら背後から噛み付かれたらしい。
まったく、いつの間に回り込まれたのか。
振りほどこうとするも、鎧に牙が食い込んで離れそうにない。
とは言え、これだけ密着させれば感染も容易だ。
俺は後ろの狼にウイルスを仕込むと同時に【神経痛Ⅰ】を発症させる。
「ギィャッ」
短い悲鳴が上がり、背中の圧迫感が弱まった。
俺はすぐさま後ろに回した手で狼を掴み、背負い投げの要領で引き剥がして地面に叩き付ける。
そしてちょうど接近しつつあった他の狼に投げ付けた。
衝突した二体の狼は絡まったまま地面を激しくバウンドして転がっていく。
あの様子じゃ全身骨折は確実だろう。
間違いなく再起不能である。
「グルルルル……」
「ガッ、ガウッ!」
残る狼たちは、仲間の惨状を見て途端に慎重な動きになった。
唸るばかりで一向に近付いて来ようとしない。
いきなり消極的になってしまったな。
怖がっているのだろうか。
こっちはなるべく普通の戦い方になるよう手加減しているのに。
「かかって……こ、ない、のカ? なら……こち、らから……せ、めル」
護衛たちの目もある。
サクッと終わらせて傷の手当てでもしに行こうか。
剣を弄びつつ、俺は颯爽と斬りかかった。
何かを運んでいる途中だったのか。
暴れ出しそうな馬を、御者が懸命に宥めていた。
それとは別に、武装した数人の男が狼の群れに対抗している。
おそらく馬車の護衛だろう。
彼らは互いに背中を預けて戦っていた。
死体は見当たらないので、まだ致命的な犠牲は出ていないようだ。
対する狼たちの数は二十体ほどだ。
連携力とスピードを活かして攻撃している。
なかなかに上手くやっているな。
絶妙な距離を保って、隙あらば護衛を仕留めようとしていた。
(どうするかなぁ……)
見たところ、狼たちが圧倒的に優勢である。
疲弊した護衛は全員が怪我をしていた。
体力も限界に近そうだ。
このままでは確実に全滅するだろう。
俺は剣を片手に首をポキポキと鳴らす。
(まあ……助けに行くよね)
この光景を目にした時から決めていたことだ。
さすがに放置するのは薄情すぎる。
街へ行く前にちょっとばかし善行してみるのもいいだろう。
俺は滑るように丘を下り、護衛たちのもとへ疾走する。
ここで威嚇の叫びの一つでも上げれば狼の注意を引けそうだが、モンスターであることがバレそうなのでやめておこう。
助けたのにモンスター認定されて敵対されたら目も当てられない。
早くも人間社会の窮屈さを感じつつあるよ。
(怪しまれないように、なるべく普通の戦い方をしなければ……)
いきなり雷撃を飛ばしたり酸液を飛ばしたりしたら不審すぎる。
人間の目がある以上、無難な症状だけを使うしかあるまい。
まあ、相手は狼の群れだ。
力任せな戦法でもどうにかなるだろう。
それだけの強さを身に付けている。
丘を下りながら、俺は各種症状で肉体強化した。
さらに【隠密Ⅰ】と【気配遮断Ⅰ】で気取られることなく接近していく。
(まずは先制攻撃だ……ッ!)
こちらに背を向ける一体の狼に、俺は剣を振り下ろす。
「ギャインッ」
狼は甲高い断末魔を上げた。
一太刀で分断された胴体。
ばたばたと血と内臓が地面を汚す。
狼は弱々しく前脚を動かすも、間もなく絶命した。
俺はさらに別の狼の首を掴み、顎下から剣を刺し込む。
頭部を貫かれた狼はぐるりと白目を剥いて即死する。
俺は死体を蹴り剥がして、剣を構え直した。
(――まずは二体)
この段階になって、狼たちはようやく俺の存在に気付いた。
彼らは慌てて距離を取って威嚇してくる。
対応が遅いんじゃないかな。
今更になって喉を鳴らされても怖くないよ。
一方、護衛たちも俺を見て驚いていた。
鋭い口調の問いかけが飛んでくる。
「な、何者だッ」
「こま、かいこ、と……は、あとダ。さき、に……たお、すゾ」
緊張して若干呂律が回らなかったが、意味は通じただろう。
俺は護衛と馬車から離れる位置へと走る。
その際に狼たちを挑発することも忘れない。
「ガウッ、ガウッ」
「ガルルルル!」
すべての狼たちが俺を注視し、一斉に追いかけてくる。
俺を優先して倒すべき敵だと認識されたようだ。
これでいい。
下手に戦力を分散されて護衛たちを攻撃されたら面倒だった。
きちんと固まってくれば一網打尽に殺せる。
俺が参戦した時点で、勝敗は決したも同然なのだから。
呼気で感染させられる二メートル。
遠距離攻撃を持たない狼たちは、ウイルスを避けて戦う術がない。
そうとも知らずに一体の狼が跳びかかってくる。
俺はウイルスに感染させながら、その鼻先に掌底をぶちかました。
「キャインッ」
狼は血を噴き出しながら吹っ飛ぶ。
起き上がろうとするところへ【麻痺Ⅰ】と【筋肉弛緩Ⅰ】での追い打ちをかける。
狼は痙攣するばかりで動けない。
傍目には掌底のダメージによるものと錯覚するだろう。
流れからしてそれが自然なのだから。
まさかウイルス感染に伴う症状のせいで無力化されたとは思うまい。
その成果に満足していると、背中に強い衝撃を受けた。
すぐ後ろから生臭い息が漂ってくる。
獣の荒い息遣いも聞こえた。
どうやら背後から噛み付かれたらしい。
まったく、いつの間に回り込まれたのか。
振りほどこうとするも、鎧に牙が食い込んで離れそうにない。
とは言え、これだけ密着させれば感染も容易だ。
俺は後ろの狼にウイルスを仕込むと同時に【神経痛Ⅰ】を発症させる。
「ギィャッ」
短い悲鳴が上がり、背中の圧迫感が弱まった。
俺はすぐさま後ろに回した手で狼を掴み、背負い投げの要領で引き剥がして地面に叩き付ける。
そしてちょうど接近しつつあった他の狼に投げ付けた。
衝突した二体の狼は絡まったまま地面を激しくバウンドして転がっていく。
あの様子じゃ全身骨折は確実だろう。
間違いなく再起不能である。
「グルルルル……」
「ガッ、ガウッ!」
残る狼たちは、仲間の惨状を見て途端に慎重な動きになった。
唸るばかりで一向に近付いて来ようとしない。
いきなり消極的になってしまったな。
怖がっているのだろうか。
こっちはなるべく普通の戦い方になるよう手加減しているのに。
「かかって……こ、ない、のカ? なら……こち、らから……せ、めル」
護衛たちの目もある。
サクッと終わらせて傷の手当てでもしに行こうか。
剣を弄びつつ、俺は颯爽と斬りかかった。