第15話 旅立つウイルス

文字数 2,761文字

 翌日の朝。
 準備も整ったところで、俺はいざ街へ向かうことにした。

 まだ若干片言だが、意思疎通ができる程度には喋ることができる。
 怪しまれても誤魔化せるレベルだと思いたい。
 周りがゴブリンばかりなので、どうにも判断できないんだよね。
 こればかりはぶっつけ本番で試すしかないだろう。

 服装や持ち物は、主に洞窟で保管されていたものを持っていくことにした。
 これもボスの権限らしい。
 ありがたい話である。

 まずは服装からだ。
 これをどうにかしなければ始まらない。
 ちゃんとホブゴブリンなのがバレないように注意しないと。

 とりあえず動きやすさを重視した革鎧にブーツを身に着ける。
 それに籠手だ。
 肌が緑色なので手先も晒してはいけない。

 これらの装備は随所にモンスターの骨が用いられており、見た目やその軽さの割にはなかなかの防御力らしかった。
 冒険者として活動する予定なのだから、これくらいの性能はあっていいと思う。
 ゴブリンの体格では使えないとのことで遠慮なく拝借した。

 その上から濃紺色の外套を羽織る。
 サイズが大きめでフード付きなので頭からすっぽりと被れた。
 怪しさ満点だが、顔を隠すにはぴったりだろう。

 ただ、これでも顔を覗き込まれれば一発でモンスターだと発覚する。
 なので鋼鉄製の西洋兜を装着した。
 フルフェイスタイプなので頭部を完全に隠してくれる。
 唯一、視界を確保するためのスリットがあるが、さすがにここから見える分だけで看破される心配はあるまい。

 すべてを装備すると、肌が一切見えない状態になった。
 これならすぐにホブゴブリンだとバレる心配はなかろう。

 俺は身体を軽く動かして着心地をチェックしていく。

(まさにファンタジーの住人って感じの服装だな。ちょっとテンションが上がるね)

 気分はちょっとしたコスプレである。
 なんだか楽しくなってくるよ。
 ゴブリンたちに披露すると律儀に拍手を返してくれた。
 空気の読める優しい連中だ。

 服装の次は武器の選定に移る。
 欲張ると荷物になるので適当な片手剣を一本選んだ。
 この辺りの目利きというか良し悪しの判断は俺にはできない。
 その気になれば症状だけでも戦えそうなので、別にこだわらなくていいだろう。

 服装、武器と決まれば金だ。
 これから人間の街へ行くのだから必要だろう。
 何をするにも金である。
 その辺りは現代日本と何ら変わらない。

 ゴブリンたちに訊くと、銅貨や銀貨を出してきてくれた。
 森で暮らす身でありながら、意外にも貯め込んでいたらしい。
 俺は総量のおよそ半分ほどを借りることにした。
 残らずいただいてもいいが、それはさすがに良心が咎めたのだ。
 いつか、機会があれば利子を付けて返そうと思う。

 その他、干し肉や木の水筒、熊の毛皮などは背嚢に詰め込む。
 熊の毛皮を持っていくのは街で売却するためである。
 防刃性が優秀だから高く売れるはずだ。
 少しでも足しになればそれでいい。

 そしていよいよ出発の時。
 俺は洞窟の入口にて持ち物を確認する。

(忘れ物は……なさそうだ)

 こういう時はついつい念入りにチェックしちゃうよね。
 何か足りないような気がして不安になるのだ。
 まあ、今回に限っては取り越し苦労と思われる。
 荷物だって大して多くないので大丈夫だろう。

 見送りに集まるゴブリンたちは悲しそうにしている。
 中には声を上げて泣いている者もいた。
 別に偏見があったわけじゃないが感情豊かだな。

 彼らには「立派なボスになるため、修行の旅に出る」と伝えてある。
 その際、熊との戦闘で犠牲になったゴブリンを悼む発言も加えた。

 あながち嘘でもない。
 成り行きとは言え、俺はこうしてゴブリンたちの仲間になったのだ。
 対処が遅れて死なせてしまった責任は感じている。
 俺がもう少し強ければ、と考えもあった。

 まあ、エレナの助力が現状の優先目標だが、この巣にもたまには顔を出してもいいかもしれない。
 彼らのボスの肉体を奪った者として、それくらいの義理は果たそう。
 最後の最後まで引き止められたが「俺がいなくてもやっていけるだろう」とか「その間、この巣を頼む」などと言い含めると、ゴブリンたちはなんとか放してくれた。

「ゲゲェ! グゲゲ!」

「グェ、グゲェッ」

「グゲゲ! グゲゲ!」

 ゴブリンたちの激励を背に受けながら、俺は洞窟を去った。

 一人になった俺は、森をひたすら歩いて移動する。
 エレナと出会った時のルートをだいたい覚えていたので迷いはしない。
 人間の頃から方向感覚には自信があった。

「ご、きげ……ん……うっ、るわ……しゅウ……」

 その間も人語の練習は欠かさない。
 ちょっとでも上手くなっておいた方がいい。
 流暢に話すエリートホブゴブリンに俺はなるのだ。

「わ、た……し、にんげ……ん……で、ス」

 そろそろ人間の肉体も欲しいなぁ。
 正直、ホブゴブリンのままで構わない気もしてきたが、やっぱり文明社会に馴染むためには必要だろう。
 服装とかにも神経を使わなくていいし。

 誰かと何の憂いもなく談笑したいよ。
 モンスターとして討伐されるリスクなんて背負いたくない。

 そんなことを考えていると、あっさりと森を抜けて草原に出た。
 今日も天気が良い。
 雲一つない快晴である。
 出発を応援されているみたいで嬉しかった。

 草原の遥か向こうにうっすらと外壁のようなものが見える。
 たぶんあそこが最寄りの人間の街だろう。

 ここから真っ直ぐ向かうつもりである。
 移動していなければ、エレナが冒険者として滞在しているはずだ。
 別れてから時間は経っていないから大丈夫だとは思う。

 俺は草原を軽快に歩いて進む。
 鬱蒼とした森と違い、開放感があっていいね。
 なんというか、気持ちがウキウキとしてくるよ。

「おい、しい……にく、たべた――グゴっ?」

 ぽつぽつと独り言で練習していると、いきなり悲鳴が聞こえてきた。
 俺は苦い表情で気を引き締める。

 なんだなんだ、物騒だな。
 のどかな風景を台無しにしているぞ。
 トラブルの香りがする。

 悲鳴の聞こえた位置はちょうどなだらかな丘になっており、俺のいる場所からでは窺えなかった。
 とにかく、ここで素通りするつもりはない。
 だってすごく気になるし。
 状況は切迫しているみたいだからひとまず急ごう。

 俺は丘を駆け上がって眼下の光景を見下ろす。

 ――そこでは、一台の馬車が狼の群れに襲われていた。
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