第36話 確かな成長

文字数 2,015文字

「やぁッ!」

 威勢よく叫んだエレナが、大上段から剣を振るう。
 躊躇いのない、粗削りだが確かな威力の籠った斬撃だ。

 やや大振りの一撃はしかし、木の盾によって阻まれてしまう。
 防御に成功した二足歩行の蜥蜴の魔物――リザードマンが短槍を引いた。
 突きの構えだ。
 踏み込みと同時に穂先でエレナを刺そうとしている。

(そうはさせるか……!)

 エレナは攻撃を防がれて体勢が崩れている。
 このままではまともに刺突を受けてしまうだろう。
 俺は横合いからリザードマンの脇腹を蹴り上げ、怯んだところにウイルスを仕込む。


>症状を発現【水中呼吸Ⅰ】
>症状を発現【水棲鱗Ⅰ】
>症状を発現【麻痺耐性Ⅰ】
>症状を発現【雷属性脆弱Ⅰ】


 蹴りでよろめいたリザードマンは、悶絶しながらも短槍を薙いできた。
 鱗が割れるほどのダメージなのに反撃する余裕があったか。
 少し手加減しすぎたかもしれない。

 俺は頭部を狙う短槍を掴んで止めて、そのまま握力で圧し折った。

「ギシャッ!?」

 驚愕するリザードマン。
 鱗で覆われている割には表情豊かで分かりやすい。

 というか、なぜ驚いているのか。
 別に今のは十分に対処できるスピードだった。
 痛む脇腹を庇っての動きだったからね。
 そんなものでこちらを仕留められると判断したのなら、ちょっと油断しすぎじゃないかと思う。

 武器を失って無防備なリザードマンの顔面にエレナの剣が叩き込まれた。
 水音を含んだ鈍い音が響く。
 眉間に刃がめり込んだリザードマンは、青い血を流しながら倒れて痙攣し始めた。
 やがて動かなくなる。

 フィニッシュを決めたエレナは剣を下ろして歓喜した。
 ぴょんぴょんと跳ねながら俺に笑顔を向けてくる。

「やった! 倒せましたよ!」

「ああ。今のは、よかった」

 俺はエレナを褒めつつ、その無邪気な姿に癒される。

 ダンジョン探索は好調だった。
 スケルトンを倒した後、通路が広くなったので俺たちは並んで移動している。
 それから階段で二階層に下りて、ほどなくしてリザードマンに出会って今に至ったのであった。

 俺はなるべくやりすぎないように心掛けていたが、エレナは上手く立ち回っていた。
 初めて出会った時よりも強くなっている気がする。

 そのことについて尋ねると、エレナは不思議そうな顔をした。

「あれ、ご存知ないのですか? すべての生物は、他の生物を倒すとその魔力を取り込んで自身を強化します。もちろん人によって限界はありますが、魔物を倒し続ければ実力は上がっていきます。パラジットさんは、その方法で強いのではないのですか?」

「すまない、な。本当に田舎者で、常識もないんだ」

「誰だって最初は何も知らないですから大丈夫ですよ! 気にしていることに触れてしまって、こちらこそすみません……」

 エレナは申し訳なさそうに謝ってくる。

 嘘をついていることに罪悪感を覚えるものの、こればかりは仕方ない。
 いつか、彼女との付き合いが長くなったら、本当のことを打ち明けてもいいかもしれないね。

 それにしても、またもや面白い発見だ。
 この世界では魔物を倒すと魔力を吸収して強くなれるらしい。
 まるでRPGの経験値によるレベルアップみたいだ。

 確かにそれなら上位の冒険者が隔絶した実力を持つのも納得できる。
 そういう意味では、エレナにもチャンスがあるということか。
 成長できるだけの才覚があるか不明だが、少なくとも現在は順調なペースで強くなっている。

(ということは、この肉体も強化されているのか?)

 俺はふと疑問を抱く。
 このホブゴブリンの肉体を使うようになってからそこそこの魔物やら人間を倒してきたが、あまりそういった自覚はなかった。
 俺が鈍いというのもありそうだが、一番の原因はウイルスによる症状補正が大きすぎるからだろう。
 そちらが目まぐるしい変化をもたらしてくれるおかげで、正統派な強化分を感じ取れていないのだと思う。

 もうしばらく使っていたら違いにも気付くのだろうか。
 よく分からない。
 まあ、肉体は機会があればどんどん乗り換えるつもりなので、あまり考えなくていいことなのかもしれない。

 そんなことを思っていると、通路の先から戦闘音が反響してきた。

 かなり近い場所だ。
 誰かが争っているのだろうか。
 各症状で調べたところ、複数の気配が集まっているみたいだ。

 俺とエレナは顔を見合わせる。

「パラジットさん……」

「少し、様子を見に、行こう」

「はい!」

 俺の提案を聞いたエレナは凛々しい表情で頷く。

 そのまま二人で通路を進んで曲がり角に到着した。
 気配のする右方をそっと覗く。

 通路の先にいたのは、三人の負傷した冒険者と魔物の群れだった。
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