第40話 不運な冒険者たち

文字数 2,026文字

 冒険者たちは各所に布を巻いて、ガラス瓶に入った青い液体を呷っていた。
 回復ポーション的なアイテムだろうか。
 心なしか容態がマシになっている感じがする。
 なかなかの即効性だ。
 そういえば街の露店でも似たようなものが売っていた気がする。
 エレナがダンジョン探索に際して購入した分には入っていない。
 精々、薬草くらいだ。
 ちょっとだけお高いのかもしれない。

 俺には症状があるので怪我なんて気にしなくていいが、いくつかストックしておいてもいいかな。
 何かの役に立つことだってあるだろうし。
 別にファンタジーなアイテムだから興味本位で使ってみたいとかじゃないよ、うん。
 無駄遣い、良くない。

 少し待っている間に、冒険者たちの応急手当が終わる。
 まだ出血や痣が残っているものの、ひとまず動ける程度にはなったらしい。
 トロールに追いかけられている時は、本当に満身創痍といった感じだったもんな。
 回復ポーションの効力に驚いてしまう。
 さすがファンタジーアイテム。
 便利そうだし、やっぱり買っておかなくては。

 脳内で購買欲に屈していると、冒険者たちは立ち上がって俺に告げる。

「助かったよ。君たちがいなかったらどうなっていたことか……」

 俺は首を振る。

「いい。気に、するな。困った時、は、お互い、様だ」

 おかげでトロールの症状が貰えたし。
 別にピンチになったわけではないからね。
 ちょっとビックリしたけど迷惑には思っていない。
 慢心を自覚するいい機会にもなった。
 トータルで見れば良い出来事だったと思う。

 ただ、こうなった経緯は気になった。
 エレナの言葉を聞く限り、本来トロールはこの階層には出てこないそうだしね。
 それにも関わらず、実際は六体も出てきたのだ。
 不測の事態に備えて、情報はなるべく集めておきたい。

 俺はその旨を冒険者たちに尋ねた。
 するとリーダーらしき男冒険者は、苦々しい顔で語る。

「俺たちはここから五階層ほど下を探索していたんだが、運悪くトロールの巣に遭遇しちまってな……。とても倒せないと判断して逃げたんだが、連中と来たらしつこく追いかけてきやがって。命からがらここまで逃げてきたってわけさ」

「それは、不運……だったな」

 事情を聞いた俺は同情する。
 そんな事故みたいなことが起きるのか。
 確かにあんな怪力モンスター共の巣にばったりぶつかったらビビる。
 いや、ビビるどころか殴り殺される危険があるよね。
 逆にここまで逃げてこれた冒険者たちのテクニックと根性に称賛を送りたくなる。

(この人たちも苦労したんだなぁ……)

 俺は疲れた様子の冒険者たちに順に触れていった。
 その際、ウイルスを感染させて【疲労回復Ⅰ】【魔力回復Ⅰ】【自然治癒Ⅰ】を発症してやる。
 残念ながら新規症状の取得はできなかった。
 これまでに得た分と被っていたのだろう。

 もっとも、今回に関しては彼らの回復が目的なので構わない。
 こういう時にもウイルスは地味に便利だよね。
 治癒系統の症状もきちんと取得しておいて良かった。

 すぐさま変化に気付いた冒険者たちが、驚いた表情で俺を見る。

「もしかして、治療魔術か!?」

「ああ……そんなに強い効果では、ないが」

「いやいや! 身体が一気に楽になっている! 本当にありがとう」

 ちょっとびっくりされるくらいに感謝される。
 別にこれくらいお安い御用さ。
 こちらに何か負担があるわけでもないからね。

(もしかすると、治癒能力は貴重なのか?)

 俺はふと考える。

 冒険者の反応を見るに、誰が気楽に使える能力でないのは確かだろう。
 意外と需要は高いのかもしれない。

 いっそ、金稼ぎのためにお医者さんごっこでもしようかな。
 ウイルス感染による治療とかやったら、そこそこ人気が出そうな気がする。
 冒険者稼業に飽きたら、やってみてもいいかもしれない。
 症状もたんまりとゲットできるだろうし、皆からも感謝される。
 なんて一石二鳥な仕事だろう。
 副業候補として覚えておくかね。

 その後、俺たちは互いに名乗り合った。
 ただ、俺の名を聞いた冒険者たちが「あの噂の……」と呟いたのが気になる。

 あの噂の、って何だ。
 何か俺に関する妙な話でも流れているのだろうか。
 ちょっと気になったけど、ここで言及するのは控えておいた。
 内容次第では気が散ってダンジョン探索に集中できなくなってしまうかもしれないからね。
 街に戻ったら調査しようと思う。

 治療が済んだところで、礼を言った冒険者たちは去っていった。
 この辺りの階層は楽勝だと豪語していたから大丈夫だろう……たぶん。
 彼らが帰路で不運な目に遭わないことを祈っておく。

 そうして俺たちは引き続きダンジョンの探索を始めたのであった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み