第62話 解明と窮地

文字数 2,041文字

 俺はじりじりと大回りでゴーレムとの距離を詰める。

 一方、ゴーレムは付かず離れずのペースで同じ方向に回り出した。
 強酸で焼いた片脚も、いつの間にか自然な動きを見せている。
 依然として内部機構が剥き出しの損壊状態なのに不思議だ。

 互いを正面に見据えたまま硬直状態に陥る。
 ゴーレムもここまでのやり取りで俺を警戒しているのか、なかなか接近してこない。
 爪を出したり高速再生したり酸を吐いたりと、手段を選ばなくなってきたからね。
 我ながらトリッキーすぎると思う。

 加えてエレナが動くそぶりを見せると、ゴーレムは隠し刃をちらつかせて牽制した。
 挟み撃ちにならないような位置取りを心掛けているようだ。
 なかなか油断ならない賢さである。
 気配を殺したエレナにも、きちんと意識を割いていた。

 彼女の持つ剣は、魔術的な力を持つ。
 症状ブーストで優れた身体能力を持つ今、十分にゴーレムの脅威となり得るだろう。
 純粋な威力で比較すると俺の爪よりも良いかもしれない。

 俺は取得したばかりの【魔鋼装甲Ⅰ】で肉体の表面に薄い魔力の膜を形成する。
 これは術者の動きを損なわない柔軟性を持ちながらも、防御力は鋼の鎧を凌駕するようだ。
 おまけに物理攻撃だけでなく、魔術攻撃にもある程度の耐性を持つ。

 ゴーレムが異様に硬い原因の一端はこれだ。
 常時発動していたようで気付けなかった。

 さらに爪を再生させて【魔鋼装甲Ⅰ】の効力を纏わせておく。
 これで劇的に折れにくくなったぞ。
 下手な武器より使い勝手がよさそうだ。

 加えて【洞察力Ⅱ】【魔力感知Ⅱ】【分析Ⅰ】【術式理解Ⅰ】でゴーレムの構造を看破していく。
 ゴーレムの全身を構成するのは魔力で変質した金属だ。
 体内の各所に無数の魔術が仕込まれており、それらが機能することで高い戦闘能力を発揮している。

 破損した片脚を、筋肉のように紡がれた魔力が覆っていた。
 それによって動きに支障がないようにしているようだ。
 大鉈で抉った肘にも、同様の機能が発動していた。
 ダメージを受けるたびに魔力でサポートしているのなら、見かけの割に平然と動いているのも納得である。
 新しい症状の【補填機構Ⅰ】はこの能力が由来となったのだろう。

 ウイルスを異物と判断して排除していたのも、一部の魔術が働いたせいみたいだ。
 ちなみに身体を修復する機能もあるみたいだが、俺のように瞬時に効果が及ぶものではないらしい。
 時間経過で全回復されるような心配はせずに済みそうだ。

 そして、それらの魔術を統括し、魔力の発生と供給を行う装置が頭部と胸部にある。
 ちょうど脳と心臓に該当する位置だ。
 これこそがゴーレムの弱点。
 二つの装置を破壊すれば機能停止――つまりは生物的な意味での死に至る。

(複数の症状を併用してようやく倒し方に目途が立ったな)

 ようするに魔力供給が追い付かないほどの致命的ダメージを与えるか、脳と心臓の装置を破壊すれば倒せそうだ。
 もちろん、ゴーレムの肉体は乗っ取る予定なので完全に殺すつもりはない。
 適度に損傷させることで魔力の枯渇を促し、内部にて機能中の魔術を無力化する。
 そうすればウイルスを仕込んでも排除されない。
 同時に感染行為を繰り返せば、さらにスムーズな勝利が望めそうだ。

 方針が決まったので早速いこうか。
 俺は前触れもなくゴーレムへと突進する。
 その際に【魔力糸Ⅰ】で粘着質な糸を飛ばした。

 ゴーレムはその場から動かず、代わりに魔力濃度を上昇させた。
 その足にほんのりと魔法陣が発生する。
 俺は【術式理解Ⅰ】で土魔術の発動兆候だと判断する。

 ゴーレムの前で地面がせり上がって三メートルほどの壁となり、糸をすべて防いでしまった。
 同時にゴーレムの姿も遮られて見えなくなる。

 俺は前蹴りで土の壁を破壊した。
 すると、崩れ落ちる土くれを突き抜けて、ゴーレムが眼前に飛び出してくる。

 振りかざされた隠し刃が光る。
 俺は全身のバネを使って後ろへ跳ねた。
 かなりの勢いをつけたおかげで、ゴーレムの腕の範囲から抜け出る。

 反撃にて転じようとした俺はしかし、目の前の光景に凍る。

 ゴーレムの片腕が肘辺りで外れて、前腕だけが遠心力に任せてこちらへ振り抜かれようとしていた。
 よく見れば外れた部分には魔力の筋肉が張ってある。
 それが肘から先を本体と繋げているようだ。
 結果として肘が外れた分だけ隠し刃のリーチが伸び、俺の首を狩る軌道で襲いかかってくる。

「くっ……」

 爪を上げて防ごうとした瞬間、水の弾丸が俺の両腕に炸裂した。
 衝撃で行動に遅れが生じる。
 ほんの僅かな隙だったが、現状においてはあまりにも致命的だった。

 冷たい刃が俺の首に触れ、て――。

「止まれ」

 意識が途切れる寸前、凛とした声を聞いた気がした。
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