第44話 新米冒険者の成長

文字数 2,175文字

「やぁッ!」

 鋭い声を発したエレナが、両手持ちの剣を横薙ぎに振るう。
 呼吸に合わせた綺麗な斬撃だ。

 対するリザードマンは木製の盾で防ぐ。
 剣は盾に食い込んで勢いを殺された。
 リザードマンを傷付けるには至らない。
 こちらもなかなか良い反応をしているな。
 的確に防御しながらも、体勢は崩れていない。

 しかし、ここでエレナはさらなる対応を見せた。
 彼女は握る剣を手首で捻ると、そのままひょいと盾を横にずらす。
 相手の力を上手く利用した動きだ。

 虚を突かれてがら空きになったリザードマンの胴体。
 エレナはそこに前蹴りを炸裂させる。

 リザードマンはたたらを踏んで怯んだ。
 間を置かずエレナは空いた手でナイフを抜き放ち、リザードマンの頸部に突き立てる。
 刃は体表を覆う鱗を割りながら肉に刺さり込んだ。
 引き抜くと同時に鮮血が迸る。

 明らかな致命傷。
 驚くべきはエレナの手際の良さか。
 僅かな隙を逃さず、鮮やかな一撃を決めてみせた。

 リザードマンはよろめきながらも短槍を振るう。
 ちょうどエレナの顔面を一閃する軌道だ。
 死にかけとは思えない精度とスピードである。

 エレナはナイフの刃を穂先に添えて攻撃を逸らした。
 金属音に伴い弾ける火花。
 短槍は紙一重でエレナの鼻先を通過する。
 苦し紛れの攻撃を失敗したリザードマンは、首から血を流してあえなく崩れ落ちた。

「やりました! 私、一人で倒せましたよ!」

 事切れるリザードマンを見てエレナは喜ぶ。
 その姿は達成感に満ち溢れていた。
 見ているこちらまで嬉しくなる。
 俺はそれを見て微笑んだ。

 あれからほどなくしてエレナは意識を取り戻した。
 幸いにも体調には何の異常もなく、精神魔術の影響は見られない。
 発症させた症状が上手く働いてくれたのだろう。
 状況が分からず混乱する彼女に、俺はざっくりと経緯を説明した。

 ついでに残しておいた黒妖精を見せたところ、インプという魔物だと判明する。
 妖精の一種で、精神魔術や罠作成が得意らしい。
 その辺りの技能は散々披露されたのでよく知っている。
 実に面倒な魔物だ。

 俺は目覚めたエレナと一緒に宝箱や矢の罠を調べた。
 その結果、壁に小型のクロスボウが何台も仕込まれており、接近した者に打ち込まれるようになっていたことが分かる。
 なかなか凶悪なトラップだ。
 トンネル内にあった冒険者の亡骸も、これを食らった挙句にインプの群れに襲われたのかもしれない。
 同情するしかないね。

 他の冒険者はどうやってこういう罠に対応しているのだろう。
 専用の技能持ちをパーティに入れておくのかな。
 一人でも察知できれば事前に対策が打てるからね。
 彼らが徒党を組むのも納得である。

 同時に、エレナが仲間に入れてもらえないのも理解できた。
 確かにこんな危険なダンジョンに潜るという職業上、取り柄のない村娘を仲間にしたいとは思うまい。
 言葉は悪いけど、彼らだって命懸けで活動しているのだ。
 できるだけ有能な人間を仲間にしたいと考えるのは自然なことである。

 話がやや逸れたが、宝箱に入っている金品はインプがダンジョン内で集めたものらしい。
 中には冒険者の遺品も含まれているのだろう。
 そうして集めた品を、インプはさらなる罠に転用していたのか。
 意外と侮れない奴らである。
 もったいないので残らず貰っておいた。
 街に帰還したら売ろうと思う。

 行き止まりの壁は土を押し固めた粗末なもので、蹴ったら簡単に崩れた。
 つまり、インプが壁を急造して罠を設置していたのだ。
 道理で地図と地形が一致しないわけである。

 ダンジョン内でもインプはかなり賢い部類に入るそうだ。
 まあ、ここまでの所業を見てたら嫌でも分かる。
 油断すると痛い目に遭いそうだ。
 今後は罠にも注意しなくては。


 そして現在の俺たちは、引き続き三階層を探索中だった。
 エレナの希望により、彼女が先頭で進んでいる。

 インプ戦で気絶したままだったのが悔しいらしい。
 少し心配ではあるものの、あまり彼女の意見を拒むのも良心が痛む。
 きっちりと警戒しておけばリスクはそれほど高くないだろうということで、戦いはエレナに任せていた。

 それとエレナにはいくつかの症状を発症させている。
 具体的には【幸運Ⅰ】と【器用Ⅱ】【戦闘勘Ⅰ】に加え、各種耐性系のスキルだ。
 もっと強力な症状もあるが、あまり補助しすぎると彼女のためにならないと判断してこれくらいに留めている。

 どれも戦闘能力を大幅に上げるものではないものの、確かな効果はあるだろう。
 事実、エレナはリザードマンも単身で倒せるようになっていた。
 【器用Ⅱ】と【戦闘勘Ⅰ】の補正で色々とコツを掴み始めているのかもしれない。
 とてもいい傾向だ。
 この調子で地力を底上げしてほしい。

「パラジットさん! どんどん魔物を倒していきましょう!」

「そう、だな」

 エレナもなかなかご機嫌である。
 彼女自身、戦いやすさを実感しているのだろう。

 放っておけば先に行ってしまいそうな彼女を宥めつつ、俺はリザードマンの武具を回収した。
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